第27話 アリバイ?

 マリアさんの遺体は救急車に乗せられて大南署へと運ばれることになっていた。

「村田さん、弥二郎さんのご遺体ですが、司法解剖の必要はありませんし、死因の特定が終わってますので、ブラジルへ送還されることになりそうです。なので、ララさんに大南署へ来ていただいたほうがいいのではないかと思うんです」

「あ、弥二郎さんは、ブラジル国籍で間違いないの?」

「ええ、警察で調べましたが、日本国籍を放棄しています」

「そうか……遺体は本国へ送還か。ララさんも大南署へ行ったほうが良さそうだな」

「はい。では、そのように手配します。とりあえず、ララさんには救急車に乗って行ってもらいます」

 海山刑事は警官たちに指示した。泣き叫んでいるララさんを乗せた救急車は、警察車両に先導されて走って行った。


 私たちは、ひとまず屋敷の客間へ戻った。

「おう、マリアさんは、昨日の夕食後に殺されているな」

「私が腹痛止めの薬を持って行った時には、部屋にはマリアさんはいませんでした」

「おう、そうだったよな。おそらく、ララさんが腹痛で部屋から出た後で、マリアさんに何かがあった。自分で部屋から出たのか、誰かに誘い出されたのか」

「ララさんに訊いてみないとわからないところもありますね」

「ああ、それは私がまた訊いておきます」

 海山刑事はメモを取りながら話した。

「おう、昨日の夜は、宇都宮さんたちが水道設備に異常があるから、外に調べに行ったよな」

「はい」

「えっと、村田さん、誰がですか?」

「宇都宮さんがたしか、水道の元栓を調べるために屋敷の外へ出た。それから、青田さんと赤羽さんも水道管の調査のために、外へ出た」

 係長は記憶をたどりながら話した。

「おう、でも豊さんが屋敷の中で見当たらなかったんだよな」

「はい、そうですね。青田さんが探したけど、屋敷にいなかったと言ってました」

 私が言うと、海山刑事は手帳にメモしていた。

 部屋の戸がノックされ、豊さんが入ってきた。

「あの、どなたか、しし丸を見ませんでしたか? 見当たらないんです」

「えー、しし丸いないんですかー」

「おかしいな、どこに行ったんだろ」

 豊さんはすごく心配そうに見えた。

「あの、豊さん、昨日の夜はどちらに? 青田さんと赤羽さんが探してましたが」

 係長は豊さんに尋ねた。

「え、昨日の夜ですか。えっと、実は、父と進次郎が蔵の方に行くのが見えたので、後をつけて、何をするのか見張ってました」

「え? 蔵ですか。それで、どうなりましたか?」

「はい、二人は入り口の錠前をさわったり、蔵の周りをうろうろして、窓から侵入できないかどうか調べてるようでした。結局中には入れずに、また戻っていきました」

 豊さんはごく自然に話した。

「なるほど、そうですか」 

「では、失礼します。しし丸を探さないと」

 豊さんは出ていった。

「おう、弥太郎さんと進次郎さんも屋敷の外へ行ってたのか。しかもなぜ夜に……。んー、ということは、マリアさんを殺すことができたのは何人もいるな」

「係長、豊さんもその中には入りますね」

「おう」

 そうこうしている内に、昼食の時間になった。


 宇都宮さんに呼ばれて、食堂へ集まった。テーブルに並ぶのはいつもの仕出し弁当だ。周りを不快にさせる無愛想な弥太郎さんと進次郎さんのコンビを、私と係長はチラチラと観察していた。それと、テーブルに付く人数が減ったこともあってか、弁当の味を感じなくなってきていた。大人数で楽しく食べたほうが料理は美味しいことを私に思い出させてくれた。

 弥太郎さんと進次郎さんのコンビは食べ終わるとすぐに無愛想に退室していった。


 私たちは、全員に昨夜のアリバイを尋ねるために、各々の部屋を回ることにした。

 昭恵さんは正代さんの世話をしながら話をしてくれた。特に怪しいところはなかった。弥二郎さんの遺体がブラジルへ送還されることを何とか伝えてもらった。正代さんも立ち会うほうがいいだろうと、正代さんは早速警察の捜査車両で大南署へと行くことになった。

 豊さんは、弥太郎さんと進次郎さんが蔵に行った時の様子をより詳しく話してくれた。特におかしな点はなかった。

 弥太郎さんと進次郎さんは、すごく無愛想に、蔵に行ったことを話してくれた。怪しさ満点だったが、特にボロは出なかった。

 宇都宮さんは他の三人が働けない分、フル稼働で奮闘していた。行政が派遣してくれた水道工事業者が来たので、故障箇所を説明したりと、業者に応対しながら、事情聴取に応じてくれた。実際の故障箇所まで来て昨夜の状況を話してくれたので、内容が具体的だった。特に不審な点はなかった。

 恵子さんと青田さんと赤羽さんの三人はまだ遺体を発見したショックから立ち直れずにいた。私たちは穏やかに話を聞いた。特に気になることはなかった。


「おう、アリバイを調べるっていってもよ、全員が同じ建物内にいたなんて、こんな珍しいシチュエーションは普通ないぞ」

「そうですね、係長。調べるのは難しいですね」

「同感ー」

「あ、そうだ、海山さん、権藤さんと竹葉さんは、マリアさんを殺すことは無理だから、参考人リストから外してもいいんじゃない?」

「ああ、そうですね」

「いや、係長、共犯がいるかもしれませんよ」

 私が言うと、係長も海山刑事も小刻みに首を縦に振った。

「じゃあー、係長がー、代わりに参考人になればいいのよー」

 京子が普段の口調で言い切った。私は思わず小刻みに首を縦に振った。

「……俺の扱い……」

 係長はしょんぼりとしていた。

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