第26話 またまた殺人
五日目の朝、スマホのアラームが鳴って、目が覚めた。私と京子は洗面所へ行ったが、水が使えなかった。宇都宮さんと青田さんと赤羽さんが屋敷の奥からホースを繋いで、まるで突貫工事をしているようだった。気になって奥まで行ってみると、非常用の貯水槽の水をホースで洗面所まで引こうとしているみたいだった。しばらくして、その綺麗な水を使用できるようになった。
「お待たせしました。どうぞお使い下さい」
宇都宮さんが臨時の給水器のバルブを捻りながら言った。
「わー、すごいー、水よー」
京子は小学生みたいに嬉しがった。
私たちは客間へと戻った。係長が起きている感じがしなかったので、ふすま越しに呼んでみたが返事がなかった。ふすまを開けて覗いて見ると、布団の上でじっとうずくまっていた。
「小春ー、ちょっと、ヤバいんじゃないー」
「え、まさか。係長!」
私たちは係長の体を揺さぶった。
「んあ? おわっ、びっくりした!」
係長は驚いて飛び起きた。
「何だよ、夜這いか!?」
「あ……朝です……呼んでも返事がなく、もしもの事が起きたのかと思いまして……」
「残念ー、生きてたのかー」
私たちは心配をして損をした。損どころではなく、係長の臭い息を嗅いで不快な思いをした。青田さんが食事の準備が整ったことを知らせに来たので、すぐに食堂へ向かった。
食堂では、予想していたように、弥太郎さんと進次郎さんのコンビは私たちと昭恵さんと豊さんだけでなく、戌井さんと猿渡さんにも怒りを飛ばしていた。その反面、予想できないことも起こった。マリアさんが食堂に来ないのだ。ララさんがげっそりとした表情でポルトガル語でぶつぶつとつぶやいていた。
「ララさん、マリアさんは?」
私は尋ねた。
「……ぶつぶつ……」
ララさんは小声でぶつぶつ言っていた。
「おう、ララさん、マリアさんは?」
係長はララさんの席の隣で肩を抱くような感じで話しかけた。
「はーい、ナンパはやめましょうー」
京子はすぐに係長をララさんから引き離した。心配した青田さんと赤羽さんはマリアさんの部屋を確認しに行った。ララさんは苦しそうにお腹を押さえて、呪文のようなことをぶつぶつ言っていた。
「マリアさんはお部屋にいらっしゃいませんでした」
戻ってきた赤羽さんが伝えた。
「おう、いないって、おかしいぞ」
食堂内の空気が一気に張り詰めた。そしてようやくララさんが重い口を開いた。
「ハハは、夜カラ、戻ってナイです」
「え! 昨日の夜から!?」
係長がまたララさんの隣に駆け寄った。京子は係長よりも速くララさんの隣に走った。
「ねえー、ララさーん、どういうことですかー」
京子が尋ねたが、ララさんは十字架を握りしめて小声でぶつぶつとつぶやくだけだった。
宇都宮さんと青田さんと赤羽さんの三人が屋敷内を探し回ったが、どこにもマリアさんの姿はないということだった。仕方がないので、私たちは朝食を取ることにした。約30分遅れで、仕出し弁当とペットボトルのお茶というもはや定番化した食事を取った。緊張感漂う朝食が終わり、弥太郎さんと進次郎さんコンビは足早に退室していった。
「赤羽さん、池の水をろ過装置に運びましょうか」
「ええ、そうね。水が不足するかもしれないし。やりましょう」
青田さんと赤羽さんは、水道管業者が来るまで、水を汲むために庭の池へと向かった。
「おう、でも、どこ行ったんだ、マリアさんは。また山で迷子になってるんじゃ……」
「係長、とりあえずマリアさん捜索は、海山刑事が来てからにしましょう」
私がそう言うと、派手な色の服がひらひらとしているのが視界の隅に飛び込んできた。戌井さんだった。戌井さんはテーブルの上で、犬占いをしていた。
「おっほっほっ。香崎さん、気になりますか?」
「は、はぁ、まぁ……」
「残念ですが、まだ悪いことは続きますわよ。私の占いは当たりますの。おっほっほっ」
私は少し気味が悪いと思った。
そうこうしていると、海山刑事がやってきた。
「どうも、村田さん。おはようございます」
「あ、海山さん、マリアさんがいなくなったんだけど」
「マリアさんが!?」
「また山で迷子とかならいいんだけど、探すのに人員を借りられます?」
「あ、はい。20人くらいなら、応援を呼べます」
海山刑事がスマホを手に持ち、大南署へ連絡しようと思ったところ、どこかから叫び声が聞こえてくることに気づいた。
「あれ? 誰か呼んでませんか?」
海山刑事は玄関から外へ走った。私たちもついて行った。すると、遠くから誰かが叫んでいる声が聞こえてきた。
「おう、二人だな。青田さんと赤羽さんか!」
係長は声のする方角へとダッシュした。庭の奥の方へと、私たちも続いた。青田さんと赤羽さんが、足腰がふらふらな状態で、私たちを見つけてその場にへたれ込んだ。
「どうしました!」
係長は青田さんを抱え起こした。
「はーい、係長ー、触らないでー」
京子が係長を押しのけて、青田さんを支えた。係長は赤羽さんを抱え起こそうとしたが、私が素早く係長より先に動いて抱え起こした。係長は無念の表情をしていた。
「どうしたんですか!」
私が尋ねると、赤羽さんは無言で震える指を池の方へ向けた。私たちは池の方へと近づいていった。
透き通る美しい水を湛えたその池の中ほどに、着ぐるみらしきものを身につけた人が一切生気を感じさせずにうつ伏せで浮かんでいるのが見えた。着ぐるみの頭部だけ頭から脱げた状態で、水面に垂直に浮かんでいた。猫の顔をしたその頭部は私たちの方を向いていたのだった。
「いやーーーー! 猫の呪いよーーーー!」
「京子、呪いじゃないから!」
「おいおい、マジかよ」
「あれ、マリアさんに貸したままになってる着ぐるみかも……」
豊さんが言った。海山刑事はすぐに署に連絡を入れた。
「あ、豊さん、恵子さんのこと、ほったらかしです」
豊さんはハッとして急いで屋敷へ走った。
「係長、青田さんと赤羽さんも一緒に屋敷へ」
「おう、任せた」
私と京子は猫髪屋敷へと二人を連れて戻った。
2時間ほどして大南署から応援が来た。そして池に浮かんでいる着ぐるみの遺体を引き上げた。
「係長、マリアさんですね」
「おう、マリアさんだ……」
池で亡くなっていたのは、マリアさんだった。額と頭に何かで殴られたような跡があるのを確認できた。
「これで四人目ですね」
「どこまで犠牲者が増えるんだよ……」
海山刑事は頭をガリガリとかきむしった。
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