第25話 水道管
係長のコーヒータイムが終わり、私たちは客間へ戻った。
「係長ー、ララさんにコーヒーあげてましたけどー、変な薬入れてないですよねー」
「おう、俺、警官だぞ……」
係長は魔法瓶から、何度も洗ったマグカップにコーヒーを注いでまた飲み始めた。
「係長、小次郎さんとフネさん夫婦に関してですが、弁護士よりも、警察が調査するほうがより良い情報が得られるのではないでしょうか」
「同感ー」
「おう、そうかもしれんな。じゃ、高木に、A県まで行ってもらうか」
「高木先輩、昇進試験、大丈夫なんでしょうか」
「おう、大丈夫だろ」
「えー、残酷ー」
「おう、嶋村が両手ケガしてるから、高木しかいねえ」
係長は高木先輩に電話連絡し始めた。
「おう、高木……おう……。……。……。……。おう、じゃ、A県まで、よろしく頼む」
「かわいそー」
私も京子と同じく高木先輩のことを可哀想だと思った。
捜査のことを話し合っていると、係長のお腹からギュルギュルという音が聞こえてきた。
「……う、やべえ、腹がやべえ……」
係長は部屋からダッシュで出て、トイレへと猛ダッシュした。
「あの、失礼します。豊さんは、こちらにいらっしゃいますか?」
青田さんが係長と入れ替わりに私たちの客間へとやってきた。
「いえ、いません。何かありましたか?」
「はい、私と赤羽さんで、屋敷の外の水道管の点検に行くのですが、その間、恵子さんを豊さんに見てていただこうと思って探していました。ですが、豊さんの姿がどこにも見当たらないのです」
「変ですね。もしよければ、豊さんの代わりに、私たちがやりましょうか?」
「あ、それは願ってもないことです。刑事さんなら安心できます。では恵子さんを連れてきますので、お待ちいただけますか」
「いえ、私たちが行きましょうか」
「では、すみませんがお願いします。こちらへどうぞ」
私と京子は青田さんについていった。
青田さんたち三人が使用している部屋に案内された。恵子さんはまだ照子さんの遺体を発見したことの衝撃が頭から離れないでいるようで、無気力な感じで椅子に腰掛けていた。
「では、刑事さん、よろしくお願いします」
青田さんと赤羽さんは肩掛けを羽織って出ていった。
「あ、恵子さん、お父さんのこと、気になるでしょうけど、気を強く持ってね」
恵子さんは少しうなずいた。
「豊さんはー、どこ行ったんでしょうねー」
「……たぶん、宇都宮さんを手伝っているのかもしれません……」
恵子さんは小声でボソっと言った。
「宇都宮さんの手伝いですか。宇都宮さんは、何をされているんですか?」
「水道栓に何か異常があるかもしれないので、外に修理に行っています」
「水道ですか。そういえば、青田さんが水道管を点検するとか……」
「はい、ララさんが急な腹痛になって、おかしいと思って厨房の水道を調べたら、水の中にサビと泥が混ざっていたのです。それで、水道の元を調べに行くことになったみたいです」
「へー、メイドさんもー、大変ですねー」
京子は全然大変だと思ってないような口調で言った。
「そうなんですか。で、ララさんの具合は?」
「宇都宮さんが薬を渡したみたいです。なので、たぶんすぐに良くなるのではと思います」
「小春ー、係長もー、急にお腹が痛くなったよねー」
京子に言われてそのことを思い出した。
「あ、そうだったわね」
「そうですよね、村田さんもですよね。なら薬をお渡ししないと。薬は食品貯蔵庫に置いてありますので、取りに行きます」
恵子さんは真面目に使用人としての職責を果たそうとしていた。
「いえ、いいです。係長はほっておいても大丈夫ですから」
「そうよー、放置しとけばいいのよー」
私と京子は少々残酷になってしまった。
「でも――」
「大丈夫。元はと言えば、係長が悪いんですから。恵子さんは気にしないで下さい」
恵子さんは申し訳無さそうにうなずいた。
1時間は経っただろうか、青田さんと赤羽さんが戻ってきた。水道管に亀裂が入っていたらしく、素人では修復できないので、翌朝に役場に連絡することになった。直るまでトイレの水以外は使えないということだった。
「あー、シャワーできないー、最悪ー」
「ちょっと、京子」
「大変申し訳ありません」
青田さんと赤羽さんが頭を下げた。
「いえ、全然大丈夫です。全然気になさらないで下さい」
「あー、言い過ぎちゃったわねー、ごめんなさーい」
京子は普通に謝った。私たちは自分らの客間へと戻ることにした。
客間では係長が畳の上に倒れていた。
「え! 係長! 大丈夫ですか!?」
「おう、生きてる……」
「死んでもいいいですよー」
京子は冷たく言い放った。
「係長、お腹が痛いんですよね。水道管に穴が開いて、水道水に泥とサビが混ざってたそうなんです。係長がその水でコーヒーを入れて飲んだのが腹痛の原因みたいですね。だから、ララさんも同じく腹痛だそうです。一緒に薬をもらいに行きましょう」
「おう……」
「戌井さんの占いー、当たってましたねー」
私は係長に肩を貸して、食品貯蔵庫へ向かった。
「あ、ララさん」
ちょうど廊下でララさんがぐったりとしていて、私は声をかけた。
「どうしました? お腹が痛いの治りましたか?」
「コレ、くすり、飲んだ、まだイタイ……」
ララさんは服のポケットから箱ごと薬を取り出して渡してくれた。
「ん? これって、下剤ですよ」
「おう、マジか……」
そのクスリは下剤だったのだ。
「ララさん、薬、間違ってもらってますよ」
「マチガイ? ううう……」
ララさんは苦しそうに壁を伝ってトイレの方へ歩いて行った。私と係長は食品貯蔵庫まで向かった。
「宇都宮さん、ララさんにこのクスリを渡しましたよね。これ、下剤なんです」
私がクスリを渡すと、宇都宮さんは箱を裏返してよーく見て驚いた。
「まあ、どうしましょ。腹痛を止めるお薬は、えー、これでしたわね。どうぞ」
「ありがとうございます。ララさんにも渡しておきます」
その場で係長は腹痛止めの薬を飲んだ。そしてララさんとマリアさんの客間へ行った。
「こんばんは。薬を持ってきました」
戸をノックしても返事がなかったので、私は戸を開けてみた。部屋には誰もいなかった。係長のお腹が急にゴロゴロと音を立てた。
「うぐっ、うごっ、うげげ……」
係長がヤバそうだったので、私は薬を部屋の入り口の目立つ所に置いた。そして係長の肩を担いで、客間へと急いだ。
係長はその後も何度もバタバタと部屋を出入りしていたが、私と京子も疲れていたので、途中からそんなことも気にならなくなり、いつの間にか眠りに落ちていた。
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