第24話 参考人
豊さんは階段を見上げて、弥太郎さんと進次郎さんに向けて困った表情をしていた。
「豊さん、弥太郎さんが、豊さんと昭恵さんにこの家から出て行けと、言ったんですか?」
「はい」
「どうして、急にそんなことに?」
「父は、蔵に入ろうとして、でも鍵がないので、扉を壊そうとしたんです。それを僕が止めたら、怒り出して……それが原因みたいです……」
豊さんは険しい顔つきで考えていた。
「蔵ですか?」
「はい、蔵です。屋敷の奥にある、明治時代からある蔵です」
「蔵……そこには何があるんですか?」
「はい。先祖代々のものがあるとは聞いています」
「鍵がなかったのは、なぜです?」
「あ、おそらくですが、権藤さんが持ったままだと思います」
「権藤さんが持っているのですか? なぜ権藤さんが?」
「はい。祖父が権藤さんのことを信頼していましたので、蔵の鍵の管理を任せてあると、聞いています」
豊さんが言うと、昭恵さんがスッと前に出てきた。
「あの、主人と一太郎から聞いたことがあるのですが、一太郎は昔、仕事で、調査のために山深くまで入っていったことがあって、熊に襲われたそうなのです。その時に社員の権藤さんが、命がけで熊から一太郎を助けたのです。その事があったので、一太郎は、権藤さんを単なる社員から、自分の片腕としてこの屋敷に招いたそうなのです。蔵には大事なものがしまってあるそうで、錠前の鍵は権藤さんが肌見放さず身につけていたようです」
「なるほど」
「何があるんでしょうねー、蔵の中ー」
「係長、気になりますね」
「おう、気になるな。蔵の中に入られたことはありますか?」
豊さんも昭恵さんも首を横に振った。
「そうですか。権藤さんに訊かないとなんともならんな」
私たちは困った状況で、どうしようかと考えていた。そこへ、玄関から海山刑事が走ってきた。
「村田さん。権藤さんと竹葉さんを、大次郎さん殺害の件で、署まで引っ張りました」
「え? 大南署まで連れて行った? そりゃまた何で?」
「あ、はい。権藤さんは、第一発見者であり、包丁を厨房から持ち出すことができた一人でもありますので、任意で引っ張りました。それから、本集落の何人かが、猫の着ぐるみを着た人が警察の自転車で山道を下っていくのを目撃しています。おそらく、それは大次郎さんだと思うのですが、竹葉さんは、“
「ええ、たぶん、私のために懐中電灯を取りに帰ったみたいですけど……」
「その後でまた自転車に乗って “
「え、でも、それだったら、どうしてまたその後で自転車がなくなってたんですか?」
「いや、それは……」
「あ、海山さん、竹葉さんを引っ張ったのは、やりすぎかな」
係長に言われて、海山さんは後頭部に手をやり、やっちまった感を出していた。
「皆様、そろそろ夕食のご用意ができますので、食堂までお集まり下さい」
青田さんがにこやかに声をかけてきた。
「あ、もうこんな時間か。村田さん、それではまた明日」
海山刑事は去っていった。
全員が食堂に集まり、夕食の時間が始まった。例のごとく仕出し弁当だった。弥太郎さんは無言の圧力を昭恵さんと豊さんにかけているようだった。場の雰囲気が悪く、美味しい料理も美味しく感じられなかった。正代さんは少し食べて疲れたように目を瞑っていた。恵子さんは隅っこの椅子に座ってボーッとしていた。弥太郎さんと進次郎さんは食べ終わってすぐに退室した。
戌井さんはお碗に木彫りの犬の人形を投げ入れて何かを占っているようだった。
「戌井さん、何を占っているんですか?」
係長が質問した。
「未来ですのよ、おっほっほっ」
すごく怪しかった。弁護士でなかったら真っ先に職質の対象になるような怪しさを醸し出している人だと思った。
「あの、赤羽さん、ダメなのはわかってるんですが、コーヒー入れてもらえませんか?」
「係長、ダメです。例外は認められません。ペットボトルのお茶にして下さい」
「おう、そうか」
赤羽さんは困った顔をして、私が係長にダメ出しすると会釈して奥へ引っ込んだ。
「おう、香崎、じゃあ、俺が自分で入れれば問題ないよな」
「あ、それなら、もし何かあっても自己責任ですから……」
「毒に当たってー、死ねばいいのいよー」
「村田さん、犬たちがやめておけと吠えていますわよ、おっほっほっ」
「大丈夫ですよ。私は占いとか信じてませんから」
係長は自分でコーヒーを入れるために厨房へ行った。しばらくすると、青田さんと赤羽さんが苦笑いしながら厨房から出てきた。
「あー、係長ー、嫌われてるわねー」
10分以上してから、係長が厨房から戻ってきた。すぐに、青田さんと赤羽さんが厨房へと戻っていった。
「おう、見ろ。1リットル以上、ドリップコーヒーをつくったぞ」
係長は大きな魔法瓶を見せて自慢してきた。そしてカップに注いで、砂糖とミルクを入れて飲み始めた。係長は至福の表情だった。
「ワタシも、ほしい。ください、コーヒー」
ララさんが係長に話しかけてきた。
「係長、ダメですよ。自分だけが飲んで下さい」
「おう、いいじゃねえか。警官の俺が入れたコーヒーだ」
係長は厨房からカップを持ってきて、ララさんにコーヒーを分けた。
「アリガトウ、です」
係長はララさんを口説き始めたが、ララさんはそこまで日本語の理解力がなく、二人は幸せそうにコーヒータイムを過ごしていた。
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