第23話 郵送
豊さんは納得しているようで、何かを考えてもいるようだった。
「でもやっぱり、力を貸してもらえませんか」
豊さんは両弁護士に頭を下げた。
「んー、豊さん、今お話したことで、豊さんの疑問に思われてることは解決したと思いますが」
「はい、でも、お二人は、様子が変わる前の父を知っていますし、父が小次郎さんと会ったことがあるという言質を取っていますよね。それに、どこかに、法律の落とし穴みたいなのがあって、悪意のある誰かが不正に遺産相続するために、一族の人間を殺しているのかもしれません。僕は法律の素人なのでわかりませんが、お二人なら、何か捜査にも重要な証拠を提示できるかもしれませんし、えーっと、なんと言えば……」
豊さんはどう説明していいのかわからないようで、言葉に詰まった。
「先輩、私からもお願いします」
係長が言った。
「わかりました。豊さん、ご期待に添えるかわかりませんが、依頼をお受けします」
「まあ、猿渡先生がそう言われるのなら、私もまだここに残りますわよ。おっほっほっ」
二人とも豊さんの依頼を受けることをオッケーした。豊さんは少し安堵したようだった。早速、相続の書類を郵送するために、本集落まで戌井さんと猿渡さんを係長の車で送ることになった。
「本集落に簡易郵便局がありますので、そこで引き受けてもらえます」
豊さんは地図を書いてくれた。
「村田、五人乗りの車か。お前はスポーツカーとか乗り回してるのかと思ったけどな」
「先輩、結婚して子どもができたとしたら、これくらいの車がちょうどいいんじゃないかって思うんです」
「係長ー、結婚ってー、100年先のことですかー」
「……」
係長は京子の問いかけを無視して車を走らせた。係長の背中から悲壮感が漂っていた。とても可愛そうな感じがした。
本集落にある郵便局に着いた。
「おやおや、半年ぶりのお客さん。だけど、見たことない人たちだねえ」
70歳かそれ以上の穏やかなお婆さんが出てきた。お婆さんは書類が入った封筒の重さを計って切手と追跡番号のシールを貼った。カーボン紙に受取人と差出人の住所氏名を書いて、そして口の付いた大型の鉄製の箱の中へ封筒を次々に放り込んだ。
「はい、これでおしまい。これが書留郵便の控えね。もう30分ほどで、本局の方が回収に来ますよ」
昭和の匂いのするお婆さんは、ゆっくりだがテキパキと作業をしてくれた。
「ところで、あなた方、猫髪屋敷に来たお客さん方じゃないですかい?」
「そうよー」
「やっぱりね。村の人間はみんな顔見知りだからね」
「猫髪屋敷に私らが来たことなんて、よく知ってますね?」
「そりゃあ、“
「なるほど。ええ、県警の村田です」
係長は手帳を見せた。
「ちょうど良かったわ。これ、渡してもらえるかね」
お婆さんは薄っぺらい紙を係長に渡した。
「宇都宮さんが前に小包を差し出したんやけどね。ラベルの控えを置いて帰ったんよ。ついでだから、渡しといてもらえるかね」
私はその小包の控えを見た。差出人は宇都宮さんで、宛先は「A県◯◯市△△町□□番地、猫田」となっていた。
「その住所、大次郎さんの住所ですわね」
戌井さんが言った。
「頼まれて何かを送ったんだろう。じゃあ、お婆ちゃん、渡しておきますね」
「ありがとね。駐在さんとこの事件、大変やけど、頑張って下さいや」
昭和のお婆さんに別れを告げて、私たちは猫髪屋敷へ戻った。
屋敷に入った途端、ケンカしているような声が聞こえてきた。
「あれ? 戌井さんも先輩もここにいるのに、怒鳴り合ってるのは、誰だ?」
係長が屋敷の廊下を奥の方へすいすいと進んでいくと、昭恵さんがフッと現れた。
「あっ、村田さん。主人が急に、私と豊に、この屋敷から出ていけと言うもんですから、ケンカになりまして……」
そう話す昭恵さんの横を、青田さんと赤羽さんは困った表情で通り抜けて行った。そして弥太郎さんが進次郎さんを連れて偉そうに二階から下りてきた。
「何だ、あんたら、まだいたのか。相続は終わったんだろ? とっとと帰れよ」
「あなた、お客様に向かって、失礼です」
「昭恵、お前もだ。とっとと出て行け」
弥太郎さんはさも自分が殿様のように上から目線で冷たく言った。
「弥太郎さん、そういうことは法律的にはできませんよ。妻である昭恵さんにはこの家に居住する権利があります。豊さんも長年、会社の経営に携わってきて、経営者の一太郎さんの側にいました。突然出て行けというのは合理的な理由ではありません」
「何だと!?」
「おっほっほっ。刑事さん、目の前に法律に反する人がいらっしゃいますが、どうされますか?」
猿渡さんと戌井さんの論理的説明の前に、弥太郎さんは怒りながら無言で自室のある二階へ戻っていった。すれ違いに豊さんが困り果てた顔で下りて来た。
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