第22話 怪しい一族
係長と豊さんが話しているすぐ向かい側で、猿渡さんと戌井さんの会話が熱を帯びていた。
「ですから! 私は事務員と一緒に来ようと思っていましたのよ!」
「私も依頼を受けた一人ですから! 来る必要がありました!」
「猿渡先生が懇願なさるから! 事務員が遠慮したのですよ!」
「今以上事務員を雇う余裕がないから仕方なかったんですよ!」
二人は徐々にヒートアップしてきた。
「ちょっと、二人とも、落ち着いて下さい」
係長は無理やり会話に入って止めた。
「ああ、すまんな、村田」
「私としたことが、また熱くなってしまいましたわね」
二人は急に冷静になった。
「あのー、お二人ともー、仲悪いんですかー」
「ちょっと、京子」
私はKYな京子を諌めた。
「ええ、仲はよろしくないですのよ」
「犬猿の仲なんですよ」
「私は戌ですの」
「で、私は猿」
戌井さんも猿渡さんも、けろっとして答えた。
「……戌と猿……犬猿の仲……」
私は額に縦線が入りそうなくらいに呆れ顔になっていた。青田さんと赤羽さんは見てみぬふりをするような感じで驚いていた。恵子さんはボーッとしたままだった。そんな恵子さんを見つめて、豊さんは意を決したように両弁護士の隣に座った。
「あの、戌井さん、猿渡さん、お二人を雇えませんか?」
豊さんは二人に尋ねた。
「はい? 我々をですか?」
「おっほっほっ。一太郎さんの依頼は、もうほぼ完了ですので、豊さんの依頼内容によりますのよ。おっほっほっ」
「この書類を銀行や役所に届けて、一太郎さんの依頼は完了しますので、それまではちょっと」
「書類は、郵送できますか?」
「ええ、まあ。可能ですが」
「では、郵送していただいて、僕の依頼を受けてもらえませんか」
「ですから、まだ完全に――」
「父が相続したことにケチをつける気はありません。別件で依頼したいことがあります」
両弁護士は少しうなずいた。私たちは場所を変えるため、客間へ移動した。
「僕は調べてもらいたいのです。弥二郎さんとマリアさん、ララさんの家族について、それと、小次郎さんとフネさんのことを……」
戌井さんと猿渡さんは顔を見合わせた。そして小声で何かを相談し始めた。
「具体的な内容をお聞かせ下さい。依頼をお受けするかどうかは、それ次第です」
猿渡さんが言った。
「はい。まず、弥二郎さんは、本当に父の兄弟なんでしょうか。現れたのが突然すぎました。それと、小次郎さんとフネさんですが、父と母はその二人と面識がないというのです。僕もありません。進次郎と会ったのも今回が初めてでした。なので、偽者を仕立てたりすることが考えられるんじゃないでしょうか」
豊さんは落ち着いて話した。
「弥二郎さんですが、我々はブラジルへ郵便で連絡を取りました。その際、ブラジルの住所を教えてくれたのは、正代さんでした。しかも、10年前にです」
「10年前……」
「はい、返信があって、ブラジルの弁護士から弥二郎さん一家の公的な身分証明の書類が我々の弁護士事務所まで送られてきました。それと、パスポートを見比べて、疑わしいところはなく、本人であると判断しました。それと、小次郎さん一家の件ですが、ご存知かもしれませんが、一太郎さんと正代さん夫妻は、大次郎さんと照子さん夫妻と折り合いが悪く、ほとんど交流がありませんでした。ただ、一太郎さん夫妻は、小次郎さんとは面識があるが、フネさんとは会ったことがないとおっしゃってました。弥太郎さんは、小次郎さんとだけ会ったことがあると我々は聞きました」
「え? 父が小次郎さんと会ったと言ったんですか?」
「ええ、そうですわよ」
戌井さんが甲高い声で答えた。
「いや、父は小次郎さんとは会ったことはないと僕に言いました」
「それは変ですね……」
猿渡さんも戌井さんも、それに豊さんも不思議そうな顔をしていた。私の横で、係長と京子はちんぷんかんぷんな感じだった。ちなみに私もそうだった。
「え、ちょっと待って下さい。小次郎さんが大次郎さんの、あれ? 進次郎さんが? ん? わからん!」
「ああ、村田。これ見ろよ」
混乱している係長に、猿渡さんは半笑いで家系図を渡した。
菊一(故)
‖―――――― 一太郎(96)
とめ(故) | ‖―――――― 弥太郎(67)
| 正代(95) | ‖――――― 豊(34)
| | 昭恵(65)
| |
| ―― 弥二郎(66)
| ‖――――― ララ(26)
| マリア(51)
|
――― 大次郎(93)
‖―――――― 小次郎(67)
照子(95) ‖――――― 進次郎(33)
フネ(67)
私と係長と京子は頭の中を綺麗に整頓できたが、豊さんはあれこれと混乱しているようだった。
「今回、祖父が亡くなり、被相続権は、最大でも大次郎さんと照子さんまでのはずですよね。小次郎さんとフネさん、進次郎には相続権はないはずです。なのに、家系図に載ってますし、進次郎がここに来ています」
「弁護士は、相続の可能性のある人と連絡を取って、直接会って伝達しなければなりません。一般的な相続の場合、妻が財産の半分、残りを子どもたちが分けるというようになります。もし子どもたちが相続を放棄した場合、亡くなった方の親に相続権が移ります。親が亡くなっている場合、兄弟に相続権が移ります。兄弟が亡くなっている場合、兄弟の子どもへ移ります。今回の相続では、一太郎さんの遺言内容が特殊でしたが、弥太郎さんか弥二郎さんが亡くなられることも考えられましたので、その場合は、相続は通常の場合と同じく、正代さんと孫の豊さんに相続権が移ります。もし豊さんが相続放棄する場合は、大次郎さんに相続権が移ります。もし、大次郎さんが亡くなっている場合、その息子に相続権が移ります。つまり、小次郎さんが相続される可能性もあったわけなのです」
「はい、そうですか。難しい話ですが、納得しました」
豊さんは険しい顔つきで言った。
「えー、複雑すぎー」
「京子、法学部出身でしょ……」
私は少し恥ずかしかった。
「あと、基本的に家系図には法定相続人以外の方も載せますよ。進次郎さんがここを訪れたのは、祖父母である大次郎さんと照子さんの世話をするためだから、と私は思います」
「はい、そう言われるとそうだと思います」
豊さんは納得したようだった。
「あ、猿渡さん、今さっき、相続するかもしれない人と直接会って話をすると言いましたよね?」
「はい」
「小次郎さんとフネさんとは会うことができたんですか?」
「いえ、それが、何度かA県にある自宅を訪問したのですが、お二人とは会えませんでした。大次郎さんと照子さんと進次郎さんには自宅で直接会うことはできたのですが。何でも、小次郎さんはマグロ漁船に乗っていて滅多に帰宅しないとか、それにフネさんは流しの歌手をしていていつ帰宅するのかわからないということで、会えませんでした」
「あ、先輩、小次郎さん夫妻は実在する人物で間違いないんですか?」
係長が会話に入り込んだ。
「ああ、そうだな。住民登録と一致していたし、マグロ漁船の会社にも問い合わせたし、電気・ガス・水道代も住所と名前通りで請求されていたし、近所の医療機関の受診履歴もあったし、本当だと信じるに値する証拠がたくさんあったからな」
猿渡さんだけでなく、戌井さんもうんうんとうなずいていた。
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