第21話 また殺人

 マリアさんは放心状態だった。私たちはすぐに食堂の椅子に座らせ、ペットボトルのお茶を渡した。マリアさんはすごい勢いでお茶を飲み干した。ララさんがポルトガル語で何か話しかけていた。

「ララさん、マリアさんは、今までどこにいたのですか? 何をしていたのですか?」

 係長はララさんに尋ねた。ララさんはマリアさんに伝え、返答をもらった。

「ハハは、山にいました。マイゴでした」

「おう、迷子になって、山にいた?」

「ん? 祭りに行って、土地勘がないから、帰り道がわからなくなって遭難しかけたってことでしょうか」

 海山刑事は言った。

「そうなのかな」

 マリアさんは脱水状態だったのか、お茶を飲んでかなり顔色が良くなった。


 私たちはすぐに昼食を取ることにした。マリアさんはナイフとフォークを使いながらすごい勢いで仕出し弁当を食べた。正代さんは全く元気がなかった。恵子さんは朝と同じく椅子に腰掛けてボーッとしていた。昼食の時間はまた静かに過ぎていった。


 私たちが客間へ戻ろうとしていると、猿渡さんの部屋から大きな怒鳴り声が聞こえてきた。

「おう、また先輩と戌井さんがやり合ってるのか? 先輩、どうしました!?」

 係長は部屋の戸をゴンゴンとノックした。

「ああ、村田か。すまんな。またやかましかったか?」

「あらあら、すみませんねえ、皆さん。おっほっほっ」

 両弁護士とも和やかに顔を見せた。

「いや、何もなければ問題ありません」

 係長は普通に言った。

「ああ、村田。俺と戌井さん、もうすぐしたら帰る」

「え! そうなんですか。相続も終わったし、そりゃそうですよね」

「ああ、また今度飲みに行こうぜ」

「はい」

 猿渡弁護士は笑顔で部屋の戸を閉めた。

「係長ー、私も呼んで下さいねー」

「おう、呼ばねえわ」

「えー、セクハラ相談窓口に通報ですねー」

「おう、セクハラ、関係ないだろ……」

 またおバカな会話が行われてしまった。このおバカな私たちの所へ、海山刑事が飛んできた。

「村田さん! 駐在所から110番通報があったと、今、大南署から連絡がありました!」

「え! 駐在所から110番通報!」

「はい、人が死んでると話して切れたそうです。すぐに向かいます」

「おいおい、マジかよ」

「もしかしたら、権藤さんが通報したのかもしれませんね」

 竹葉さんが言った。

「あれ? 慌ててましたけど、何かあったんですか?」

 猿渡さんが部屋の戸を開けて帰る準備をして訊いてきた。

「また殺人かもしれません」

「え! 何だって!」

「ん! まあ!」

 弁護士二人はたまげていた。

 私たちは海山刑事と竹葉さんとともに、パトカーで本集落にある駐在所へ向かった。


 駐在所前にはすでに大南署のパトカーが数台停まっていた。近所の人たちが様子を見に集まっていた。竹葉さんのなくなった自転車が入り口横に停められていた。私たちは中へ入った。土間では権藤さんが椅子に座って、警官から事情を訊かれていた。土間から上がって、奥の部屋に入ると、鑑識係が作業をしていた。

 その部屋の真ん中に、全身猫の着ぐるみを身につけた人が倒れていた。胸や腹のあたりに刃物で刺したような跡があり、血が滲んでいて、畳の上で血が固まっているのが確認できた。大南署の私服刑事が三名、被害者の状態を見たり、手帳に記録したりしていた。

「猫の呪いよーーーーっ!」

 京子はこめかみを押さえながら壁の方を向いて震え始めた。

「京子、大丈夫よ。呪いじゃないから」

「おう、着ぐるみかよ。祭りの格好のままだな」

 係長と海山刑事は、被害者のかぶっている着ぐるみの頭部を外した。

「おう、マジか……」

「何ということだ……」

 そこで亡くなっていたのは、断末魔の叫びが聞こえてきそうなくらいの苦悶の形相をして、ライオンのたてがみのようなふさふさした逆立った髪の小柄な老人だった。

「……大次郎さん、ですね、係長……」

「おう」

 私たちは、その場を大南署員に任せて、すぐに猫髪屋敷へ戻ることにした。


 詳細を伝えるために、猫髪屋敷の全員に食堂に集まってもらった。

「皆さん、大次郎さんが駐在所で遺体で発見されました。刃物による殺人だと思われます」

 全員が無言のままで驚愕した。しばらく誰も声を発しなかった。

「……大次郎さんまで……これで三人目……」

 豊さんは顔が青くなっていた。正代さんは力が抜けてへなへなとへたり込んでいた。弥太郎さんでさえ悲痛な表情だった。

「連続殺人か……」

 猿渡弁護士は元警官らしくつぶやいた。

「最初に亡くなった弥二郎さんも、まず間違いなく殺されてます。なので、今回の大次郎さんで三人目です。皆さん、今後ももしかしたら新たな殺人が起こるかもしれません。できる限り、一人にならずに用心して下さい」

 係長は全員に注意喚起した。弥太郎さんと進次郎さんは二人して出ていった。昭恵さんは正代さんの手を引いて自室へ戻っていった。 

「豊さん、正代さんは一人で自室にいる感じですか? こんなに広い屋敷だと、心配になりましてね」

 係長が尋ねた。

「いえ、母が祖母の世話をしていますので、ここ数日は二人一緒にいます」

「なるほど。ということは、弥太郎さんはお一人なのですね」

「あ、それが、父は、僕と母が疑いの目を向けているので信用できないと言って、進次郎のことを用心棒として使っているようなんです」

「用心棒ですか。でもまあ、それならまだ安全ですね。恵子さんは?」

「使用人はみんなそれぞれ自分の部屋があるんですが、照子さんの事件以降は、用心のために恵子と青田さんと赤羽さんの三人で一つの部屋を共同で使っています」

「それは安全ですね。宇都宮さんはお一人で、ということですか」

「はい、たぶん」

「そうですか。マリアさんとララさんは一緒に行動するだろうし」

 係長はみんなの状況を把握しようと努めていた。

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