第19話 休暇終了

 四日目の朝、部屋の戸がノックされる音に気づいて、私は目が覚めた。

「おはようございます。朝食のご用意ができております」

 青田さんが声をかけてくれていた。

「ふぁーい、わかりまひたぁ」

 私は飛び起きて返事をした。時刻は9時だった。爆睡中の京子を起こし、急いで支度した。係長は眠そうな顔でふすまを開けた。

「おう、やかましいな」

「おはようございます、係長。もう9時ですよ」

「おう、ホントだな。寝るの遅かったからな」

 私たちは食堂へ向かった。


 食堂ではいつものように仕出し弁当が置かれていた。そして、海山刑事たち大南署の警官がすでに到着していた。二人の人間が殺されたこともあってか、みんな精神的に疲労しているようで、いつもより遅い朝食になった。恵子さんは昨日の事もあってだろう、部屋の隅の椅子に座ってぼんやりとしていた。駐在の竹葉さんも気疲れしているようだった。みんな無言で食事を終えた。


 私たちが客間へ戻ろうとしていたら、猿渡弁護士が声をかけてきた。

「村田、二人も殺されたな。何なんだよ、この一族は」

「ええ。先輩は、何か気づいたこととかありませんか?」

「んー、そうだな。豊さんが言ってたように、弥太郎さんだ。おかしいぞ。俺と戌井さんが10年前に遺言状作成の依頼でここに来て、その頃に、弥太郎さんに数回会ってるんだけどな、すごく穏やかで腰の低い人だったんだ。それが、久しぶりに会ってみると、人が変わったみたいになってた」

「おっ、先輩もそう思われるんですか」

「ああ、そうだ。人間ってのは、金が絡むと、こうも人が変わるものなのかなぁ」

 猿渡さんは残念そうに話した。

「あのー、ちょっといいですかー。別人をー、整形手術でー、弥太郎さんそっくりにしてー、遺産を盗もうとしてるとかー」

「京子、でもそれだったら、DNA検査でバレるわよ」

「検査結果がー、出る前にー、逃げればいいのよー」

「ん? DNA検査? んー、もし赤の他人を弥太郎さん本人にすり替えて遺産を相続したとして、その後で別人だとバレた場合、銀行口座が差し押さえられたりするから、現金化して持って逃げないといけなくなる。だから別人に相続させるのは、現実的じゃないと思いますよ」

 猿渡さんは京子にしっかりとした意見を伝えてくれた。

「へー、そうなんですねー」 

 京子はギャルっぽく納得していた。

「先輩、相続はもう自動的に行われるんですか」

「まあ、そうだな。“猫猫丸びょびょまる祭り” が終わったから、会社関係のほうは、俺らが持ってる書類に弥太郎さんが必要事項を記入すれば終わる。銀行関係も法的な書類に記入してもらって俺らが提出しに行って終わる。だからまあそうだな、自動的と言えば、自動的だな」

「弥太郎さんが全てを相続……」

「昼食後に、また一族全員に集まってもらうことになる。お前たちも呼ばれるだろ。じゃあ」

 猿渡さんは自分の客間へ戻っていった。

「おう、疑わしいとはいえ、弥太郎さんが偽者である可能性はほぼないんじゃないか」

「そうですね。受けないと思ったDNA検査を受けましたからね」

「おう」

 私たちが廊下で話し込んでいるところへ、海山刑事がやってきた。

「村田さん、大次郎さんとマリアさんがまだ帰って来ません」

「ああ、そうなんですか。しかし、この狭い猫髪村のどこにいるんだ。いや里見村全体でも狭いのに……」

「係長、こんなことは言いたくありませんが、もうすでに殺されているとか……」

「おう、そういう可能性もちゃんと視野に入れておかないとな」

「平和な里見村でこんな事件が起こるなんて……」

 海山刑事は気落ちしながら仕事に戻った。私たちは客間へ戻った。


 私たちが客間でペットボトルのお茶を飲んでると、係長に電話がかかってきた。

「はい、村田です。あ、課長。はい、はい、あーそうですか。今日連絡しようと思っていたんですが、はい。わかりました、はい。香崎と磯田にもそう伝えておきます」

「山崎課長からですか?」

「おう、そうだ。俺らの休暇は、昨日で終了だ。今日からは、ここで起こった殺人事件を捜査しろという命令だ」

「わー、良かったー、無駄に休暇を消費しないで済んだー」

 京子は喜んでいたが、私は先の見えないこの事件に暗澹たる思いでいた。

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