第18話 殺人
池から引き上げられた人は、全身着ぐるみを身に着けていた。私たちはその場で猫を模した頭部を取り外した。すると、高齢の女性の顔が見えた。生気は感じられず、私たちはその女性を着ぐるみから引っ張り出した。そこへ、後ろから松明を持って村人が数名駆けつけた。
かなり明るくなったその場で、竹葉さんは女性が息をしていないことを確認した。
「きゃーーー!」
突然、京子が叫び声を上げた。
「京子、どうしたの!」
私が京子を見ると、彼女は池の方を指差していた。徐々に明るさに慣れてきた私たちは、その時になってようやく気づいた、池の水が赤く染まっていたことに。
「呪いよーーー!」
京子はぶるぶると震え出した。
「おう、血だな」
その場は凍りついたように誰も動かなくなった。
小一時間して、大南署の警官が到着した。
「おう、海山さん。ホトケさんは猫田照子さん」
「なんですって!」
海山刑事はとても驚いていた。
「猫田豊さんと竹葉恵子さんに確認してもらいました。それと、おそらく刺殺でしょう」
「なんてこった……」
「第一発見者は竹葉恵子さん。その後で、我々みんなで遺体を池から引き上げました。時間も時間だし、竹葉恵子さんに話を聞くのは猫髪屋敷でできませんか。本人はかなり気が動転してますので」
「ええ、そうですね。もうすぐ10時ですからね」
「ついでに私たちも猫髪屋敷に帰っていいですか?」
「ええ」
係長にリードされた海山刑事はこういう事件に慣れていないようで、混乱しているようだった。海山刑事は、村の入り口や本集落への道などに警官を配置するように指示を出した。それから猫髪屋敷へ向かった。
猫髪屋敷では、海山刑事の指示で全員が食堂に集められた。昭恵さんと正代さんは事情を知って腰を抜かした。ララさんも同じく驚いた。弥太郎さんは意味深に何かを考えている感じだった。進次郎さんは力が抜けたようによろけていた。大次郎さんとマリアさんの姿は見えなかった。使用人の権藤さんもいなかった。
祭りの時間に猫髪屋敷に残っていた使用人の青田さん、赤羽さん、宇都宮さんの三人によれば、マリアさんとララさんは着ぐるみを借りて出て行って、マリアさんが戻って来ないということだった。大次郎さんと照子さん夫妻も着ぐるみを着て祭りに行き、大次郎さんがまだ帰宅していないということだった。
海山刑事の調べでは、調理場の包丁が一本なくなっていた。戌井さんと猿渡さんの両弁護士は、夕食後はほぼずっと食堂にいて、食堂に隣接する調理場へ出入りしていたのは、竹葉恵子さんを除いた四人の使用人だけだったと証言した。
「となると、その中の誰かが包丁を持ち出して、それが照子さん殺害の凶器に使われたということになりますね」
「じゃあー、今ここにいない権藤さんで決まりねー」
「おう、香崎、磯田、まだ仮説でしかないぞ」
私は焦って早とちりするところだった。京子は口を尖らせていた。
「あの、豊さん、今日ここに泊めてもらえませんか? 恵子のことが心配で」
「はい、もちろん」
駐在の竹葉さんも豊さんも心配そうだった。
そこへ、権藤さんが何事もなかったようにふらりと帰ってきたのだ。
「権藤さん、どこへ行かれてましたか?」
海山刑事が尋ねた。
「私は、庭をぶらぶらとほっつき歩いてました」
権藤さんはみんなの視線を不思議に感じながら、ぶっきらぼうに答えた。
「こんな時間になぜ庭で散歩をされていたのですか?」
「……そんなことは、別に言うべきことじゃねえです」
「権藤さん、さっき、照子さんが、他殺体で発見されました」
海山刑事の言葉を聞いて、権藤さんは目を大きく見開き、驚きであんぐりと口を開けた。
「……おぁ……」
権藤さんは険しい顔つきになり下を向いて何かを考えているように見えた。
「なぜ庭にいたのですか?」
海山刑事は再度質問した。
「……あ、はい、私が長年手入れしてきたこのお屋敷の庭を最後に回っておきたかったんです」
権藤さんは寂しげに話した。
「え、最後って、どういうことですか?」
豊さんが尋ねた。
「……それは……」
「そいつは、明日でクビだ」
弥太郎さんが偉そうに言い放った。
「え、クビだって!? どういうことだ、父さん!」
「そいつは親父に雇われてた。親父はもう死んだ。俺が明日からここの主だ。だから明日、そいつはクビになるんだ」
「おい、何でクビにしなきゃならないんだよ! 父さん!」
「気に入らないからだ」
「何だって! 権藤さんは昔からずっとここで働いてくれてたのに、それを明日からクビだ!? どうしてそんなことができるんだ!」
豊さんは今にも弥太郎さんに殴り掛かりそうな感じだった。だが、権藤さんがスッと豊さんを止めた。
「私が、旦那様に楯突いたんが悪いんです……」
「皆さん、ちょっと落ち着きましょう。照子さんの件で、いらいらしてるんですよ。落ち着きましょう」
係長がその場を鎮めた。すでに深夜0時を過ぎていたため、みんな解放され、捜査の続きは翌日行われることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます