第17話 猫猫丸祭り

 私と京子は猫髪屋敷から出て、“猫猫丸びょびょまる大明神神社” の方へと歩いた。夜の9時頃だった。猫髪村は家々の明かりが漏れていたのでまだ明るい感じだった。だが村から出ると、一応街灯があるとはいえ、夜道を照らすには不十分な明かりの量だと感じたため、都会暮らしに慣れているせいか不気味だった。途中で着物姿に猫のお面を付けた二人組とすれ違った。

「小春ー、なんかお面付けてるだけでもー、気味悪いーーー!」

「京子、大丈夫よ、村の人たちだから」

 私たちは神社の境内へ着いた。所々に松明が焚かれていたが、薄暗かった。二十人ほどだろうか、猫のお面を付けたり、猫の被り物を身に付けたりしている人を確認できた。全身が着ぐるみの人も何人かいた。

「小春ー、みんな顔が見えないわねー」

「そうね、なんだか仮面舞踏会みたいね」

 一部の人たちは、グーに握った両手首を前に曲げて猫のポーズをしながら見たこともない盆踊り系の踊りを披露していた。ゆる〜い可愛さがあって、怖いという感じはしなかった。しかし、京子はいつでも怖がれる体勢を取っているように見えた。

 とりあえず、私たちはベンチに座って、祭りなのかどうか微妙な祭りを眺めていた。すると、全身猫の着ぐるみの誰かが近づいてきた。

「小春ー、何か来るーー!」

「大丈夫よ、どうせ係長でしょ」

「ミャ〜〜、お嬢さん方、俺とデートしないかミャ〜」

 この着ぐるみの声は、聞き慣れた係長の声以外のなにものでもなかった。

「係長ー、セクハラだけじゃなくー、私を怖がらせたわねーーーっ!」

 京子は係長に正拳突きを食らわせた。顔の部分は厚みのある着ぐるみだったが、首から下はせいぜい毛布くらいの薄い素材だったので、正拳突きは見事にみぞおちにヒットしたようだった。係長は声も出せずに膝から崩れ落ち、その場にうずくまった。

 しばらく、地面に倒れたままの係長を放置したまま、私と京子は境内を行き交う猫に扮した人々を眺めていた。


「あー、あー、皆さん、それではそろそろ “猫猫丸びょびょまる祭り” のシメに移りたいと思います」

 豊さんの声が、拡声器を通して聞こえてきた。

「ご紹介します。今年のタツコ参りを努めます、竹葉恵子です」

 豊さんの紹介で、境内の真ん中にいる、着物を着て猫の仮面を付けた女性にスポットライトが当てられた。そして拍手が起こった。私たちも拍手を送った。係長も地面に倒れながら、着ぐるみの大きな手を叩いているようだった。

「では、皆様、境内よりご退場いただきますようお願いします」

 祭りの参加者たちはぞろぞろと石段を下り始めた。私と京子は係長を無理やり起こして強引に歩かせた。みんな石段を下りきって、神社の敷地内から完全に出た場所に待機していた。

「香崎さん、磯田さん、この方、村田さんですかね?」

 着ぐるみの頭部を外した豊さんが話しかけてきた。地面に倒れている着ぐるみ人間を指差しながら。

「あ、そうです。ちょっと具合が悪いみたいで……」

「大丈夫でしょうか」

「大丈夫ですよー、生きてますよー」

 係長は腕をパタパタと少しだけ動かして、大丈夫だと合図しているようだった。

「あ、村田さん、遅くなりました。懐中電灯です」

 急に駐在の竹葉さんが懐中電灯を持って現れた。

「え、あの、やっぱり、駐在所まで取りに行ってたんでしょうか」

「ええ、着物ですから、疲れましたよ」

 私の質問に笑顔で答える竹場さんのことを、はっきり言って天然だと思った。係長は重い腕を動かして敬礼のようなポーズを取った。

「今、タツコ参りが始まってます。恵子が本殿の裏まで行ってお参りをして、戻って来て、 “猫猫丸祭り” は終了になります」

 豊さんは少し心配しているような感じだった。竹葉さんも同じく。みんな無言のまま、恵子さんが戻って来るのを待っていた。

 すると、遠くの方から何か声が聞こえてきた。徐々にその声は大きくはっきりとしてきた。

「きゃーーーー!!!」

「え! 恵子!」

 豊さんは慌てて石段を駆け上がっていった。私と京子もすぐに後を追った。石段を上がり切ると、境内で恵子さんが腰を抜かして倒れているようだった。 

「恵子! どうした!」

 豊さんが抱え起こすと、恵子さんは震える指で本殿の方を指していた。私も京子も豊さんも彼女が指す方向を見た。

「おう、どうした」

 係長がいつの間にか着ぐるみの頭部を外してすぐ横にいた。

「え!? 係長、動けるんですか?」

「当たり前だ。女性の悲鳴が聞こえてじっとしているのは男じゃねえ、行くぞ」

 係長は若干声を出すのも苦しそうな感じで言った。そして、懐中電灯を持って一人で本殿へ向かって歩いていった。私と京子は、恵子さんから離れないように豊さんに指示して、係長の後を追った。駐在の竹葉さんと数名の村人が付いてきた。

 私たちは本殿の裏へ回り、道なりに進んだ。水が流れ落ちる音が聞こえてきた。係長が明かりで照らすと、そこは小さな滝壺だった。係長は周辺を懐中電灯で照らした。すると、滝壺の中に何かが浮かんでいるのが見えた。私たちはゆっくりと近づいた。そこに浮かんでいたのは、人だった。猫の着ぐるみを着た人間だった。

「おいおい」

「大変だ! みんな手を貸して!」

 竹場さんが率先して滝壺の中に入っていった。

「きゃーーーー! 呪いよーーーー!」

 京子は悲鳴を上げてパニック状態になった。

 係長は懐中電灯で滝壺を照らしながら、スマホで110番通報をしていた。みんなで滝壺からその着ぐるみの人を引き上げた。

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