第14話 DNA検査
私たちは、豊さんと昭恵さんとともに、DNA検査の件で弥太郎さんの部屋を訪ねた。弥太郎さんは電子タバコを吸いながら、進次郎さんと将棋を指していた。それを進次郎さんの祖母の照子さんが見ていた。
「あなた、少しお時間をいただけますか?」
昭恵さんの問いかけに弥太郎さんは何の返答もしなかった。
「父さん、聞いてほしい。僕と母さんだけじゃなくて、村の人たちまで、父さんの様子が変だと思ってる。昔の思い出を忘れていたり、しし丸が寄り付かなかったり。このままでは、明日の相続のことに、みんな納得できないかもしれない。村の人たちもだ。だから提案がある。DNAの検査を受けてくれないか」
豊さんは弥太郎さんにお願いをした。
「DNA検査? アホらしい」
弥太郎さんは、ふてくされていた。
「これは、父さんを疑ってるから言ってるんじゃなくて、みんなに納得してもらうために言ってるんだ」
弥太郎さんは聞く耳を持たない感じで将棋の駒を進めた。
「あなた、豊の言ったことに、返事くらいして下さいな」
「そんな検査、なぜ俺が受けなければならんのだ」
弥太郎さんはふてくされて答えた。
「父さん、理由は今話しただろ」
すごく他人行儀な感じがしていた。進次郎さんが、弥太郎さんに何かを耳打ちした。豊さんと昭恵さんが言おうとも、二人は黙々と将棋を指し続けた。それから弥太郎さんは首をゴリゴリと回し始めた。
「仕方ない、受けてやる」
弥太郎さんは面倒くさそうに答えた。
係長は海山刑事に事情を話して、DNAの検査キットを大南署から取り寄せてくれるように頼んだ。
昼になり、また仕出しの弁当が届いた。海山刑事の指示で、使用人を含めた全員が食堂に集まって一斉に昼食を取った。
食後、駐在の竹葉さんが猫髪屋敷へやってきた。
「おお、恵子。人が死んだって聞いて、飛んで来たんだ。お前は何ともないよな」
「ええ、私は大丈夫よ」
「そうか、亡くなった方には悪いが、お前が無事で良かった」
「あ、竹葉さん。お久しぶりです。大南署の海山です」
喜んでる竹葉さんに海山さんが声をかけた。
「これは、海山さん、ご苦労さまです。県警の刑事さんが来られてるだけじゃなく、大南署の方々まで。こりゃ、大変なことになりまして」
「はい、大変です。里見村で人が殺されるなんて、戦後初めてのことです。大南署も殺人の捜査なんて経験ないですからね」
顔見知りだったようで、竹葉さんと海山さんは話し込んでいた。
「あの、缶切り、ありませんか?」
係長はキョロキョロしながら訊いて回っていた。
「何に使われるんですか?」
使用人の赤羽さんが尋ねた。
「あ、権藤さんから缶コーヒーもらったんです。でも、ほら、古いタイプの缶で、つまみが折れてしまって」
「村田さん、厨房にある物は全部、鑑識が調べますので、缶切りは使えません」
海山刑事が言った。
「え、そりゃそうだよな。せっかく缶コーヒーもらったのに」
「村田さん、缶切りだったら、ありますよ」
残念そうな顔の係長に、竹葉さんが言った。
「え、あるんですか、缶切り?」
「はい、私、缶詰が好きなもんですから。ちょっと待ってて下さい」
そう言って、竹葉さんは食堂から出ていった。
しばらく竹葉さんを待っていたが現れないので、私たちは客間に戻った。
「係長、インスタントコーヒー、飲まないんですか?」
「おう、やっぱインスタントだと、もし毒を入れられてたら、ヤバいだろ」
「セクハラばっかしてるからー、毒を入れられるんですよー」
「あのなぁ……」
しばらくすると、大南署の鑑識員がDNA検査キットを持ってやってきた。私たちは豊さんと昭恵さんとともに弥太郎さんの部屋へ行った。弥太郎さんは面倒くさそうに応じてくれた。鑑識員が弥太郎さんの舌から綿棒で粘膜を採取した。
「父さん、ありがとう」
豊さんは礼を言って部屋を後にした。それから私たちは、別の部屋へ向かった。
「刑事さん、これです。父の愛用のブラシです。A県から戻ってきてからは使ってません」
「んー、長い間使い込んだ物ですね。これなら、下手な小細工はできないだろうな。豊さん、お父さんが使った物で間違いないですね?」
「はい」
「主人の物に間違いありません」
鑑識員はブラシに髪の毛がたくさん付着しているのを確認してからビニール袋に入れた。
「じゃ、よろしくお願いします」
私たちは鑑識員が車に乗り込むまで付き添った。
「結果が出るまで、最速で6日か」
「村田さん、弥二郎さんもDNA検査をして血縁関係を明確にしてもいいでしょうか?」
海山刑事が尋ねた。
「うーん、いいでしょう。検視官に任せましょう」
「村田さん、もし父が偽者だった場合、どうすればいいんでしょうか?」
「検査結果は、あなた方よりも、私たちのほうが早く知ることができますので、もし偽者だった場合どうすればいいのか、その時にお知らせします。心配いりませんよ」
豊さんと昭恵さんは少し安心したように見えた。
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