第15話 缶切り

 私たちは客間へ戻って、のんびりとしていた。

「係長ー、コーヒー飲めなくてー、残念ですねー」

「おう」

 係長が残念そうにしていたら、戸がガンガンと叩かれ、権藤さんの声が聞こえてきた。

「刑事さん、駐在さんが来てます。お通ししますよ」

 竹葉さんが戸を開けてひょっこりと現れた。

「あ、こりゃ遅くなりました。缶切り、どうぞ」

「あ、すみませんね、わざわざ。でもすごく時間がかかりましたが、何かあったんですか?」

「そりゃ、駐在所まで取りに帰ったんですから、時間かかりましたよ」

「……あ、そうです、か……」

「駐在所にはまだ他に缶切りがありますから、それ、持ってて下さい。では、私はこれで失礼します」

 竹葉さんは敬礼してから帰っていった。

「……おう、取りに帰ってたのか……山の麓まで……」

「なんか、自転車に積んであるのを取りに行っただけのような感じがしましたけど」

 係長は缶切りで缶に穴を開けて、中のコーヒーをコップに移し替えた。

「おう、ちょっくら出かけてくるわ」

 係長はコーヒーを一気飲みして、部屋から出ていった。


「京子、今日の “猫猫丸びょびょまる祭り” 、行く?」

「えー、なんかー、呪われそうよねー」

「いや京子、呪いなんてないから。普通のお祭りよ」

「小春が行くならー、行ってもいいけどー、夕方からよねー」

「たぶん、こんな田舎の祭りじゃ、出店とかもないだろうけど、この屋敷に閉じこもってるよりましよ。そうだ、この屋敷、すごくきれいな庭があるじゃない。行ってみない?」

「そうねー、いいかもー」

 私と京子は屋敷の日本庭園へ行くことにした。


 大きいというより、巨大というほうがふさわしい広さの庭だった。鹿威しや石橋などがあり、松の木がたくさん植えられていて、奥には大きな池が広がっていた。趣向を凝らしたつくりになっていて、私はわくわくしていた。京子と一緒にぶらぶらと歩いて回った。すると、蔦で覆われた屋根のあるベンチで、係長と使用人の赤羽さんが話をしているのを目撃した。赤羽さんは愛想笑いで嫌がっているようだった。赤羽さんは私たちに気づくと、ベンチから立ち上がり、礼をしてから小走りで逃げるように去っていった。

「係長ー、何やってたんですかー」

「おう、缶コーヒーがないか訊いてたんだよ」

「あの、係長、自販機がないので、買えないと思いますが」

「おう、権藤さんは持ってただろ」

「それ、たぶん箱買いして保管してあるんですよ」

「はーい、悪質なナンパでしたー」

「おう、ナンパじゃねえ」

「赤羽さん、嫌そうに逃げて行きましたけど」

「彼女は、俺がダンディすぎるから、照れてたんだよ」

「はーい、バカは黙りましょー」

「……」

 係長は無言でヘコんだ。すると、どこかから怒鳴り声が聞こえてきた。私たちはその方向へ走った。すると、マリアさんがポルトガル語でガミガミと大次郎さんに文句を言って、大次郎さんが杖を振り上げながら、マリアさんを怒鳴っているのが見えた。

「大次郎さん、ダメです、暴力はいけません!」

 係長が二人の間に入り、杖を掴んで大次郎さんを落ち着かせようとした。

「この外人の女! 財産は渡さんぞ!」

「落ち着いて!」

 私と京子はマリアさんを引き離して少し離れた場所まで移動させた。気性が荒そうなマリアさんは後ろを振り返りながら文句を言い返していた。私には何を言っているのか全く理解できなかった。とりあえず、マリアさんを落ち着かせようと試みた。しかし、言葉が通じないのか、マリアさんはポルトガル語で何かを説明するだけで、全く落ち着く感じではなかった。そして、マリアさんは急ぎ足で猫髪屋敷へと戻って行った。それを見ている私と京子の横を、大次郎さんがよぼよぼと足を引きずりながら通って行った。ぶつぶつとぼやきながら。

「あのじじいー、態度悪いわねー」

「あ、係長は?」

 私たちは係長の元へ急いで戻った。係長は額から血を流して地面にへたり込んでいた。

「係長!」

「おう、油断してたら、杖で殴られた」

「弱すぎー」

「暴行罪で現行犯ですね」

「いや、いい、大丈夫だ。こんなことで事を荒立てる気はない」

 私は係長を支えながら屋敷へ戻った。


「救急箱、お持ちしました。あとはご自分でどうぞ」

 赤羽さんは救急箱を客間まで持ってきて、そそくさと去っていった。

「え、自分でやるの?」

「ナンパしたからー、嫌われたんですよー」

「おう、磯田、手伝ってくれよ」

「嫌でーす」

「おう、香崎、頼む」

「私も、なんか……」

「……俺、そんなに嫌われてんのか……」

 係長は合わせ鏡で自分のこめかみの傷を消毒し始めた。少し可哀想な感じがした。

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