第12話 殺人?

 猫髪屋敷へ戻り、マリアさんとララさんは弥二郎さんに会うことができた。ララさんは、片言ではあるものの、日本語でコミュニケーションを取ることに不自由はないレベルだと思われた。

「何だ、お前らは!」

 大次郎さんは弥二郎さんの客間へ勝手に入ってきて、マリアさんを叩こうと杖を振り上げた。

「はーい、暴行罪で逮捕しますよー」

 京子が咄嗟に杖を取り上げて警察手帳を大次郎さんの顔に近づけた。

「ふん! 女の分際で!」

 大次郎さんは怒り心頭な感じで部屋から出ていった。

「もーう、昭和のじじいねー」

「おう、俺のことか?」

「あーもー、親父ギャグはいいですー」

 場違いなお馬鹿な会話がなされて、私は少々恥ずかしかった。その時、大次郎さんのよりも大きな怒鳴り声が部屋の外から聞こえてきた。私たちは慌てて部屋から飛び出た。すると、廊下の奥の方の部屋の前で、宇都宮さんが聞き耳を立てていた。戌井さんの部屋だった。前日と同じようにまた戌井さんと猿渡さんが言い合いをしているのかと思った。

「あ、宇都宮さん、また弁護士同士がケンカしてるんですか?」

 係長が声をかけると宇都宮さんは、怒鳴り声が恐ろしかったのか、少し驚いているようだった。

「先輩、どうしました!?」

 係長が戸をドンドンと叩くと、猿渡さんが出てきた。

「あ、すまんな、村田。またうるさかったか」

「これはまたお騒がせしたみたいで、すみませんねえ、皆さん。ああだこうだと言い合うのが職業病なんですのよ、おっほっほっ」

 二人ともとてもケンカしているようには見えなかったので、私たちは自分らの客間へと戻った。


 昼食時、大次郎さんは髪型のように怒髪天を衝く感じだった。だが、私たちが大次郎さんに睨みを効かせていたため、平和に食事が終わった。そして食後に私たちはティータイムを満喫していた。

「全く、あのじじい、顔見るだけで胸糞悪いぜ」

「刑事さん、大次郎さんは散歩に行きました」

 権藤さんが教えてくれた。大次郎さん夫妻と孫の進次郎さんは三人で外出するといって出ていったそうだ。

「あー、あのじじいがいねえと、コーヒーが美味いなあ」

 係長は急に勇ましくなったようにコーヒーをがぶ飲みしておかわりした。

「豊さん、今年の “猫猫丸びょびょまる祭り” でタツコ参りをする女性はどなたなんでしょうか?」

「香崎さん、タツコ参りをご存知なのですか。今年は、恵子なんです」

「え、恵子さんですか」

「はい、去年は青田さんが、その前の年は井上さんという方が、その二年前は、赤羽さんが努めました。で、今年は恵子です」

 豊さんは嬉しそうというよりはむしろ心配そうな表情をしていた。


 夕食の時間になり、私たちは全員食堂に集まった。使用人の方々が、ワゴンに食事を載せて運んできた。

「今日は、エビのスープ、ポークソテー、ライス、サラダの順でお運びいたします。それではお楽しみ下さいませ」

 順に配膳して回った後、宇都宮さんがメニューを紹介した。娯楽がなく退屈な中、私は食事だけが楽しみだった。京子も係長も私と同じだったようだ。二人とも、いきなりスープをがぶ飲みしたからだ。だが、その楽しみを奪うことが起こった。弥二郎さんが突然苦しみ出したのだ。

「……ぐ、ぅぐぁ……」

 マリアさんがポルトガル語で何か言っていたが、私たちは理解できなかった。係長と豊さんが背中をさすったりしたが、弥二郎さんは嘔吐して、テーブルに突っ伏したまま動かなくなった。

「おう、救急車!」

 係長は弥二郎さんを仰向けにして床に寝かせた。そして心臓マッサージを始めた。マリアさんは弥二郎さんの手を握り、叫んでいた。ララさんは真横で十字架のペンダントを握りしめて祈っていた。しかし、弥二郎さんは口から泡を吹いて動かないままだった。


 約30分してから救急車が到着した。

 救急隊員は、弥二郎さんがすでに亡くなっていることを告げた。マリアさんとララさんは悲しみのあまり泣き叫んでいた。それを見て、正代さんがようやく状況を理解したようで、弥二郎さんの元へ来て顔を触って涙を流した。

「弥二郎ぉぉぉぉっ……」

 弥二郎さんは、ふさふさとした髪を逆立て、カッと目を見開いた状態で亡くなっていた。担架に乗せられ運ばれていく弥二郎さんを見て、猫の呪いを想像せずにはいられなかった。

 私たちは事件性があると考え、すぐに現場を保全するために動いた。私と京子はすぐに厨房へ行き、使用人たちに待機するように命じた。係長は食堂で全員を見張っていた。

 1時間ほどして、地元の大南署の警官たちがやってきた。

「大南署の海山です」

 30代の男性の私服刑事がテキパキと指示を出して、みんなの前で名乗った。

「あ、県警の村田です」

「香崎です」

「磯田でーす」

 私たちは手帳を見せて挨拶した。

「え! 県警の方ですか」

「ええ、休暇で来てます」

 私たちは詳しい経緯を伝えた。その後で、全員から聞き取りが始まった。


 夕食をまともに終えていない中、夜の11時になった。ここでようやく鑑識係の作業が一区切りついたようだった。

「村田さん、おそらく食べ物の中に毒が入れられていたのかもしれません」

 海山さんは私たちに話した。

「ということは、料理を担当した使用人の誰か、ということか……」

「今日はもう遅いので、これで失礼します」

 海山さんたちは引き上げていった。

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