第11話 新しいお客

 翌朝、村に来て二日目、アラームが鳴るよりも早く目が覚めた。慣れないせいか、少し疲れが溜まったままだった。私はスマホの録画を解除して、係長がふすまを開けていないかどうかを確認した。大丈夫だったので安心した。

 青田さんが食事の準備ができたことを伝えに来た。私たちは食堂へ行き、昨夜と同じように、全員揃ってから食事が始まった。大次郎さんはずっと怒りの表情を私たちと弥二郎さんに向けていた。


 食後、私たちは客間へ戻った。豊さんがついてきた。

「村田さん、昨日、弥二郎さんは何時間も祖母と話をしていて、それを母が見ていたんです。母は、二人はごく自然に話をしていたと言いました。弥二郎さんは、僕が小さい頃に、T県を訪れたことがあって、その時に父と会っていると言いました。でも父に訊いたら、そんなことは知らないと言うのです」

「うーん」

 係長は難しい顔をしていた。

「あ、ところで、皆さん、散歩に行きませんか。“猫猫丸大明神神社びょびょまるだいみょうじんじんじゃ” を案内しますよ」

 私たちは大してすることもないので、豊さんについていった。


 猫髪屋敷の庭は手入れが行き届いていて、とても広くて美しい日本庭園だった。私はこの庭でよかったのだが、ぶらぶらとみんなについて行くことにした。

 猫髪村の入口まで来た。豊さんは私たちが来た道とは逆の道へ行った。一応、道は舗装されていて、カーブミラーとかも設置されていた。

「あれ、私たちが通ってきた道は獣道でしたが、こっちはきれいですね」

「はい、この道は下って行くと、里見村の本集落に繋がってます。まあ、三百人くらいしか住んでいない小さい集落ですけどね」

 結構傾斜のある下り坂だった。ぐんぐん下って行くと、右手に坂を上っていく脇道が見えた。

「この道を上がっていくと、“猫猫丸大明神神社” があるんです」

 私たちはそこへ向かった。

「ちなみにどのような祭りが行われるんですか?」

「昔は獅子舞とか、神輿を担いだりとかしてたんですが、ここ最近は、大体夕方から、猫の着ぐるみを着て、ぶらぶらしたり、だべったりするくらいですかね」

「……着ぐるみ、ですか……」

 私はこれまで経験してきた事件を思い出さずにはいられなかった。急な石段を上ると、殺風景だが整備された境内が見えてきた。鳥居から延びている参道の先には、薄暗い雰囲気の中に本殿が置かれていた。

「いやーーー! 怖いーーー!」

 京子は悲鳴を上げた。私も少し不気味に感じた。

「あ、都会の神社とは違って、人もいないし、怖く感じますよね。戻りましょうか」

 私は少し申し訳ない気がしたが、豊さんが京子に気を遣ってくれたのでホッとした。私たちは慣れない山道で少し疲れていた。係長は息がぜえぜえしていた。

「ふう、係長、こういう場所では、警察署も管轄が広くて大変でしょうね」

「おう、だろうな」

「あ、下まで行けば、駐在所がありますよ」

「駐在ですか、今どき珍しいですね。こういう山に――」

 係長が話そうとしていると、前から二人の女性と、自転車を押して上って来る制服警官の姿が見えた。

「あ、ちょうど駐在さんが来ました。でも、あれ誰だろう」

 私たちは自然と立ち止まった。こちらへ向かって来るうちの一人の中年女性は、明らかに顔立ちが日本人とは異なっていた。もう一人の若い女性は日本人っぽい感じの女性だった。二人とも、きれいなブロンドの髪をなびかせていた。

「あ、どうも豊さん」

 50代くらいの男性警官が手を上げて挨拶してきた。

「どうも、竹葉さん。今、うちに来られているお客さんです。村田さん、香崎さん、磯田さん。県警の刑事さんです」

「えっ、県警の! これは失礼しました。私、里見村駐在所の竹葉正です」

 竹葉さんは敬礼した。私たちは一応警察手帳を見せた。

「今日は休暇で来てますので」

 係長が言った。

「ところで、竹葉さん。そちらの方は?」

 私たちも気になっていたことを、豊さんが尋ねた。

「こちらのお二人は、猫田一族の方で、一太郎さんの息子さんの奥さんと娘さんだそうです」

「え?」

「息子さんの名前、何て言ってたかなあ?」

「弥二郎ですか」

「あ、そうそう、ヤジロウさん」

 豊さんと竹葉さんの会話を聞いて、中年の女性がパスポートを見せてきた。竹葉さんがそれを私たちに見せた。

「ブラジルのパスポートだな。こっちが、マリア・ヤマダ。で、これが、ララ・ヤマダ、娘さんか」

「係長、これが弥次郎さんのパスポートですね」

「おう、弥二郎さんの名前、アルファベット表記だな。ヤジロウ・ネコタ・ヤマダ?」

「本当ですね。でも、漢字表記じゃないとなると……」

「おう、このパスポートだけじゃ、本当に一族の人間なのか、わからんな」

 私たちは疑わしそうに彼女らを見たりしていた。

「ワタシは、チチのヤジロウのトコロへ、行きたいデス」

 ララさんが片言の日本語で話した。

「豊さん、とりあえず、私はこちらのお二人を家までお連れします」

 気のいいおっちゃんみたいな竹葉さんは自転車を押して進んで行った。私たちもごく自然に同じ方向へと足が向いていた。

「我々も屋敷へ戻りますね」

 係長は若干息を切らしながら坂を上り始めた。

「あの、竹葉さん、この袋何が入ってるんですか?」

「これですか。こちらのお二人が持ってきたもので、食べ物です。たぶん干し肉です」

「干し肉? ブラジル土産かな」

 係長は物珍しそうだった。

「恵子はどうしてますか?」

 竹葉さんが豊さんに訊いた。

「はい、お変わりなく過ごしていますよ」

「そうですか。結婚式がいつになるのか、もう心配で心配で」

「あ、竹葉って、え、使用人の竹葉さんのお父さんですか?」

「あ、はい、父です」

 人の良さそうな竹葉さんは係長に敬礼しながら返答した。

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