27.白蛇

 巨大な白い蛇はゆっくりとミカゲ、揺の正面に来る。


 そして、二人を舐め回すように見る。

 まるでどちらを先にしょくそうか品定めするように。


「うわー、やばいですよー! どうするんですか、お二人ぃいい!」


(……サジオさん)


 揺に隠れていていいと言われていたサジオであったが、二人の危機的状況に居てもたってもいられなくなったのか、祭祀場の脇から現れ、わぁわぁと騒ぐ。


 その間に、白蛇は本日の前菜を決めたようだ。


(……揺さん)


 白蛇は揺を愛おしそうに見つめている。


「ほーん、私から行くか。いい度胸だ……あ、間違えた。私は健気けなげな村娘……この身一つで村の皆を救えるのなら……」


(まだ、やってるのか、この人……)


 ジャァアアアア!!


「っ……!」


 揺が何か言っていることなど、理解していない白蛇がおいしそうな揺にかぶりつく。


 が、当然、硬くてかぶりつくことなど不可能。


 ジャッ……!?


「えっ……」「何が……」


 突然、メタリカルにコーティングされた女性を前に白蛇はその牙に大きな損傷を負う。

 傍から見ていた土和夫達もにわかにざわつく。


 ひゅんという音がして、ミカゲの手枷が外れる。


(お……)


「あ、有難うございます」


「おう!」


 揺がにかっと笑う。


 揺は錬魔球ボイドボールが没収されていない。

 揺は意のままに錬魔球ボイドボールを操ることができる。

 身体検査を逃れることなど難しいことではなかった。


 だから絶対絶命というほどでもなかったのだ。


 ちなみに揺の身体検査は女性の土和夫が行ったため安心されたし。


「ミカゲさん!」


「おっ……」


 サジオがミカゲに何かを投げ、ミカゲはそれを咄嗟にキャッチする。


(……ナイス、サジオさん!)


 それは没収された鞘とドローンであった。


「あ、あいつら、一体、どうやって!?」


 土和夫達は何が何だかわからぬ様子で困惑している。


(……ドローンを起動してっと……)


「お、ミカゲ、エンターテイナーたる攻略者のなんたるかを理解してきたな」


「えっ、あ、はい……」


『名無し:うおぉおおおおお! 帰ってきたー!』

『名無し:心配してたよぉお』

『名無し:おかえり』

『名無し:って、これどういう状況?』

『名無し:再開時、いきなりピンチは基本』


【妖獣 白蛇しらへび 危険度82】


 ドローンが白蛇の危険度を告げる。


「なんだ、危険度82か。洞窟の奴の方が上じゃないか」


【危険度上限ワーニング、E級攻略者は戦闘からの退避を推奨します】


(80オーバーはワーニング。退避勧告……)


「揺さん……」


 ミカゲは責任者ゆらめに確認を取る。


「やってよし……! なるべく派手にな……!」


「はい……!」


 と、1.5m×1.5mの正方形の鉄板が白蛇の直上に発生する。


 ジャ……!?


 鉄板は凄まじい音を立てて落下する。


 ジャアアアアア!


 白蛇はなんとか直撃を回避したものの身体の一部が鉄板の下敷きになり、悲鳴のような咆哮をあげる。


 そして、目の前にゆらりと刀を持つ男性が現れる。


 ジャ……


 気付けばその首は宙を舞っていた。

 今日も愚かな土和夫どもから餌を奪うだけの日々を送るはずだったのに。


『名無し:お、やったな』

『名無し:言う程、ピンチでもなかったのかな』

『名無し:ひょっとしてこれが中断前にドワーフが言ってた生贄と関係あるの?』


 コメントは結果を冷静に受け止め、分析するような雰囲気だ。


「し、白蛇様が……」

「な、なんたることだ……」

「あぁああ゛あああ゛」


 一方で土和夫達の動揺は大きなものであった。

 言葉にならぬ程、狼狽える者もいる。

 一種の神として祀ってきたものの消滅。一方で食糧問題を引き起こす原因であった存在の消滅。

 それは悲しみや怒り、喜びといった一つの感情では表現できない事態であった。


「お前達……!」


「「「……!?」」」


 そんな土和夫達の前に揺はどんと仁王立ちする。


「蛇は死んだ……! そして、とりあえず食糧はあるぞ」


「「「……!?」」」


 揺はそう言うと、大量の菓子パンやポテトチップスなどのお菓子を出現させる。


「なんだこれ? 食べ物……か」

「す、すごい量だ……」

「で、でも……一体、どこから……」


 当然、土和夫たちは困惑する。


 "圧縮巾着"。


 揺の……というか上級の攻略者はだいたい所持している道具を持ち運ぶための宝物だ。

 持ち運び上限はある。加えて、武具系の宝物を入れることはできない。


「ミカゲも食うか?」


 揺は微笑みながら言う。


「……いえ、遠慮します」


 深くは言及しないが、彼はパンを食べない。


「こ、これを私達に?」


「あ、あぁ……外界に行けば、こんなものはいくらでもある」


「……!」


 土和夫達はざわつく。


「だが、ボランティアではないぞ?」


「……!」


交換条件ギブアンドテイクだ」


 揺はにやりと笑う。


 ◇


 その後、揺は人間と土和夫との正式な話し合いの場を設けることを取りつける。


「ひとまず私達の役目はここまでだな。交渉は専門家に任せればいい」


「そうですね」


「お二人……」


「……! あ、サジオ、どこに行ってたの?」


 白蛇を倒した後、サジオは再び、姿をくらませていた。


「あー、規定違反の件か……なんなら、私から街の人達に口添えしようか?」


「いえ、大丈夫です、その必要はありません」


「そうか……」


「お二人、本当にありがとうございました」


「いやいや、利害関係の一致だよ」


「少しだけ……いいですか?」


「おう」


「本当にあなた達に憑いていってよかったです。あなた達からは悪い気配がしなかった。

 外の世界から来たあなた達なら街の現状を打破できるかもと思ったのです。

 あなた達からすると、簡単なミッションであったかもしれませんが、

 私にとっては悲願そのものだったのです」


『名無し:なんか二人の束砂くん人形芸も板についてきたな』

『名無し:利害関係の一致ってなんやねん笑』

『名無し:でも二人ってさ、普段、佐正の呼び方、束砂だよね?』

『名無し:それは私も気になってた』


(え……?)


「揺さん、ミカゲさん……改めて本当にありがとう」


(……)


「最後に……最後に街を一目見れて本当によかったです」


「「っ……!?」」


 そう言うと、サジオは砂のように消えていく。


(ま、まじか……)


 ミカゲは唖然とする。


 そして、なにか隣でカタカタと震えているものに気付く。


「だだだだだダンジョンではななななな何が起きても不思議ではななななない」


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