24.錬魔球

『名無し:いいぞ~、ゆらめ~~!』

『名無し:揺はかわっこいいなぁ!』

『名無し:ちょっと恥ずかしいセリフ言っちゃう揺、それもまた奥ゆかしい……』


 羞恥心をえぐるコメントに襲われ、揺は心なしか頬が紅い。

 が、流石に目の前に危険度Ⅱが居ては返答はしない。


『名無し:来るぞ』


「っ……!」


 開幕早々、大岩蜘蛛だいがんぐもは転がっている岩を、糸を駆使してぶん投げる。


 一発のみならず、五月雨で数個の岩が乱れ飛ぶ。


「揺さん……!」


 ミカゲは思わず叫ぶ。


 しかし、揺はその場から動く様子はない。


(……!)


 ズガン、ズガンと岩が衝突する音が響き渡る。


 揺の目の前には分厚い一枚の鋼鉄の壁が発生しており、岩の進行を阻害する。


『名無し:いきなりCrCoNi合金の壁きたー!』

『名無し:そんな単純な物理攻撃が揺に通るわけない』


 コメントは大盛り上がりだ。


 そんなことはつゆ知らずの大岩蜘蛛は不発であったことだけは理解しており、警戒している。


 と、合金の壁が消滅していく。


 ギ……?


 大岩蜘蛛がそこにいると考えていた獲物ゆらめはすでにそこにいなかった。


 合金を形成していた物質が分解され、大岩蜘蛛の左側方向に向かっていく。

 そこに獲物ゆらめがいたからだ。


「ほいっ……!」


 分解された物質は今度は剣のような鋭い形状に変化し、揺はそれを軽く振り回す。


 ギィアアアアア!


 大岩蜘蛛の左前脚二本が切断される。


 ギギャアアアアア!


 だが、それで戦意喪失するほどやわでもない。


 左前脚が切断され、左前方にいる獲物への脚での攻撃が難しいと判断するや否や全身プレスで叩き潰そうとする。


 しかし、揺はまるで引っ張られるかのように後方に離脱していく。


「わぁあああああああ、あははははは」


 などと、楽しそうな悲鳴を上げながら。


『名無し:バンジー脱出きたー』

『名無し:楽しそうでなにより』

『捨て身:揺の笑い声を聞くと来週くらいから頑張ろうって気持ちになるんだ』

『名無し:いや、今日から頑張れよ』


 コメントも大いに盛り上がっているようだ。


 バンジー……すなわちゴム紐である。


 揺はゴムの力を使い、素早く蜘蛛から離脱したのである。


 全身プレスに失敗した大岩蜘蛛は立ち上がろうとする。


 ギィ……?


 が、しかし、立ち上がれない。


 もう一度、脚に力をこめる。


 しかし、どうしても立ち上がることができない。


 関節を稼働させることができないのだ。


「拘束は君の十八番おはこだったかな?」


 揺は少し意地の悪い様子で大岩蜘蛛をあおる。


『名無し:もう決着ついてた』

『名無し:接着剤べとべと』


 まさにコメントの通りであった。


 大岩蜘蛛が全身プレスをかけたその地面に揺は超硬化接着剤を巻き散らしていたのだ。


 哀れにも接着剤に自ら全身ダイブしてしまった大岩蜘蛛はもはや身動き不能であった。


「悪く思うな……」


 ギ……?


 バンジーで離れていたはずの揺はいつの間にか蜘蛛の近くにいた。

 そして、鋼鉄の刃をストンと頭部に突き刺す。


 ギィィイイイイイ


 断末魔を上げ、大岩蜘蛛は消滅していく。


『名無し:うぉおおおおおおお!』

『名無し:危険度Ⅱ? 揺には危険度2だな』

『名無し:揺はかわっこいいなぁ!』

『名無し:科学は魔法によく似ている』


(知ってはいたけど……強っ……)


 多くの映像アーカイヴが残っているのだ。知らないはずがない。

 ミカゲもその強さを改めて見せつけられ、感嘆する。


 接着剤やバンジーが分解され、揺の両掌の上でふよふよと浮いている流体物質の元へと戻っていく。


「お疲れ様です」


「あぁ、ありがとう……」


 揺はひょうひょうとした様子で言う。


 仁科 揺 A級攻略者、宝物特性レベル9

 職型:科学者……という名の黒魔法師

 宝物:錬魔球ボイドボール 宝物レベル9


 錬魔球ボイドボールは魔力を込めることで、その形態を変化させる不思議物質。


 通常はその性質を使用し、炎、風、氷、水といった自身の得意とする属性魔法に変化させる。


 しかし、自称、科学者……こと仁科揺は本来の得意属性"金"であったのだが、その形質を人間が発見したり、生み出した素材を魔的に模したものに変化させる。


 超合金による防御、切断

 ゴム素材、接着剤によるトリッキーな攻撃

 といったように……


 科学は魔法によく似ている……とは、かつて揺がインタビューで呟いてしまった台詞で、今でもいじりコメントで使われる。


「というか……高レベル環境をぶっ壊せとかいって、自分は特性レベルも宝物もレベル9、職型もフル活用……」


 ミカゲは束砂くん人形を揺に返しながら言う。


「すまん、ただの天才ですまん」


 揺はすんすんと泣き真似をするのであった。


「なんということでしょう。あの岩蜘蛛をたった一人で倒してしまうなんて……」


 サジオも唖然としていた。


 ◇


 空洞の先に出ると、また洞窟が続いていた。

 しかし、これまでの道のりと異なり、いくつかの分岐点があった。

 その都度、サジオの誘導に従い進んでいった。


「いやー、サジオがいて本当によかった」


「いえ……こちらこそお二人のおかげで戻れますので」


『名無し:揺、なんやかんや優しいな』

『名無し:きゅんきゅん』


「や、やめい……!」


 そんなやり取りをしていた。


「揺さん、なんで盾にダイヤモンド使わないんですか?」


 歩きながらミカゲが尋ねる。


「いや、ダイヤモンドが硬いと言われてるのは"傷のつきにくさ"だからな」


「へ……?」


「あれはハンマーで叩けばぶっ壊れるぞ?」


「ま、まじすか……」


「あぁ……硬さの中でも靭性の方が重要なんだよな……そういう意味じゃクロム・コバルト・ニッケル合金が最きょ……」


「そろそろ着きますよ」


 揺がなにやらマニアックな話をし始めそうになった時、サジオが声をかける。


「お……?」


「おぉおおおおおおお!」


 揺はマニアックな話のことなどすっかり忘れて駆け出す。


 そして、振り返り、キラキラと輝く笑顔をミカゲに向ける。


「これがあるから攻略者は止められんっ!!」


 洞窟を抜けた先は小高い丘になっていた。

 そこは地下なのに空がある不思議空間。

 その眼下には和風の街が広がっていた。


『名無し:うぎゃああああああああ!』

『名無し:やりやがったぁあああ』

『名無し:新発見きたぁああああああ』


「なっ、ミカゲ!」


「ダンジョンでは何が起きても不思議ではない……ですね?」


「う、うむ……」


 先読みされた揺は少し悔しそうだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る