15.ギガント

「と、あんなかっこつけちゃいましたが、実際、ちょっとビビってます」


 リリィは苦笑い気味に仲間達に告白する。


「大丈夫、俺もだ」


 七山も同意し、柳も頷いている。


 危険度96――私らが今まで戦ったのは最高でも危険度88。

 完全に未知の領域だ。


 リリィはそんなことを考え、息を呑む。


「ひとまず俺がギガントを引きつける。二人は周りの二体をなんとかしてくれるか」


「わかった……けど、ななさんは大丈夫か?」


 柳が七山に聞き返す。


「やや不慣れ……かつ不本意ではあるが、この盾で守りに徹すれば何とかなるはずだ」


「……了解、すぐに行くからそれまで耐えてね」


 リリィも合意する。


「あぁ……よしっ、行くぞ! こいつ倒してA級だっ!」


「うん!」「あぁ!」


 ◇


 とは、言ったものの一人でアイロンゴーレムを一体仕留めるのも簡単な話じゃないんだよな……


 リリィは思う。


『ラン:リー姉ちゃん! がんばれぇええ!!』


「っ……!」


 ドローンが弟妹きょうだい達と思われるコメントを拾う。


 こんなところで死ぬわけにはいかないぞ……覚悟を決めろ……リリィ。


 リリィは自分に言い聞かせる。


「よし! 灰輝拳ミスリルフィスト――"驟雨しゅうう"!」


 リリィは担当分のアイロンゴーレムに最短距離で向かっていく。


 ◇


「こんなの聞いてないですよ、ノームさん」


 もう一人、アイロンゴーレムに1対1を挑む柳は呟いていた。


「知らなかった? 知っていたら僕だって流石に怒ります。まぁ、起きてしまったものは仕方ないです。ですが、せめて、魔力、前借りさせてくださいよ?」


 柳は返事を待つかのように一瞬、沈黙し、そしてアイロンゴーレムを見据える。


「土の精霊よ……怒れる姿を示せ……"荒れる怒土"」


 ターゲットのアイロンゴーレム下の地面が振動する。

 そして、地面が四本の大きなとげとなり、アイロンゴーレムに衝突する。


 ゴゴ……


 アイロンゴーレムはふらついている。しかし、討伐には至っていないようだ。


「もっと遠慮せずに、じゃぶじゃぶ貸してください。あ、利率はゼロでお願いしますよ?」


 ◇


 ギガントアイロンゴーレムが右腕を縦に振り降ろす。


「ぬぉおおおおおおおお!!」


 七山は巨大な盾を前面上方に出し、打撃を受け止める。


 激しい衝撃が盾から全身を駆け抜け、脚から地面へ突き抜けていくような感覚だ。


 左腕の薙ぎ払い

 右脚の踏み潰し

 また右腕の振り降ろし……と波状攻撃を仕掛けてくる。


「っ……!」


 その度、七山は盾の方向を修正しつつ、なんとか致命傷を受けずに体勢を維持する。

 しかし、時間が長く……長く感じられた。同時に、長くは続かない、そう感じていた。


「よし! 一体倒したっ!!」


 リリィが叫ぶ。


「……!」


 その言葉は七山が待ち望んでいた言葉であった。


 リリィが来てくれる。

 その事実が七山に大きな安堵と……ほんの少しの油断をもたらす。


「ななさん……!!」


 そのリリィがまた叫ぶ。


「えっ……?」


 七山は上方を見上げる。


 まるで空が落ちて来るかのような感覚だった。


 ギガントアイロンゴーレムによる全身ボディプレス。


 巨体ゆえにゆっくりと落ちてくるような錯覚に陥る。


 直感的にわかる。盾では防げない。すなわち回避しなければならない。

 しかし、脚が動かない。それまでの攻撃の衝撃が知らず知らずのうちに脚に蓄積されていたのだ。


「ななさぁん、ごめん!!」


「っっ……!」


 ズゴォンという衝撃音が響き渡る。


 ギガントアイロンゴーレムが地面と接触した音だ。


「っっ……」


 七山は強い衝撃を受けた。しかし、生きている。


「っ……ななさん、大丈夫?」


「あ、あぁ……」


 リリィが七山に突進してなんとかプレスを避けさせてくれていた。


「ありがとう……リリィ」


 七山は立ち上がる。


「っっ……」


 なんとか立ち上がることはできたが、脚へのダメージは想定を超えており、踏ん張りが効かない。


 リリィもその事実に気が付く。


 と……、付近の地面が微振動を始める。


「……う、嘘でしょ……」


 地中からアイロンゴーレムが一体、生えてくる。


「なんなんだここは……? ギガントを倒さないと永遠に増え続ける?」


 真実はわからなかった。ただ、戦闘領域はおそらくギガントアイロンゴーレムを討伐すれば消滅する確度は高かった。

 つまりギガントアイロンゴーレムさえ倒せれば、ここから逃げられる。


「りゅーさん! そいつ、倒さないところでキープして!!」


「わ、わかった」


 へたにアイロンゴーレムを倒して、ダメージを受けていないフレッシュなアイロンゴーレムに切り替わるのはまずい。


「ななさん、かなりきついところ悪いけど、こっちの普通の方はなんとかして……」


「し、しかし……」


 それはつまりリリィが一人でギガントアイロンゴーレムに挑むということ。


「今はそれしかないでしょ……? そろそろギガントあいつも起き上がる」


「承知した……」


 七山は合意する。そうするしかなかった。


 ◇


灰輝拳ミスリルフィスト――"驟雨しゅうう"!」


 リリィの出の速いパンチがギガントアイロンゴーレムにヒットする。


 ゴ……


 ギガントアイロンゴーレムも反撃するように腕を振り回す。


 しかし、リリィはそれを素早く回避する。


 ななさんには悪いけど、動きが遅いこいつには敏捷性アジリティの高い私の方が向いている。

 最初からこうすればよかったんだ。


 ……ななさんが引き受けてくれて、本当は少しほっとしたんだ。


『ラン:リー姉ちゃん! がんばれぇええ!!』


 ありがとう、姉ちゃん、ダメな奴だけど……頑張るね。


灰輝拳ミスリルフィスト――"五月雨"!」


 攻撃後の隙をつくように連続パンチを繰り出す。


 ゴゴゴ……


 連打に圧され、ギガントアイロンゴーレムの上体が僅かに傾く。


 今だ……!


 リリィはギガントアイロンゴーレムに飛び乗ると、素早く左肩口まで駆け上る。


「いくよ……! 灰輝拳ミスリルフィスト――"豪雨"!!」


 リリィの最大出力。

 渾身の右ストレートをギガントアイロンゴーレムの顔面に叩き込む。


 ゴゴ……


「っ!?」


 リリィのイメージではギガントアイロンゴーレムを吹き飛ばすような勢いで殴ったつもりだった。


 しかし、実際には倒れるまでには至らなかった。


 ゴ……


「っ……」


 ギガントアイロンゴーレムは蚊でも叩き潰すかのように右の掌で自身の左肩を叩く。


「きゃぁあっ」


 イメージとの乖離は一瞬の隙を生み出す。

 その攻撃がリリィの左脚をかすめてしまう。


「「リリィ!!」」


 七山、柳が叫ぶ。しかし、二人は二人で、まるで意図的に行く手を阻むかのように立ち塞がるアイロンゴーレムを突破することができない。


 リリィはギガントアイロンゴーレムから落下し、尻餅をつく。


「……っう」


 やばい、脚が……


 ゴォ……


「っっ……!」


 リリィはびくりと肩を揺らし、見上げる。


 空を覆い隠すかのような巨体が自分を無機質に見つめている。


 そしてその右脚を踏み上げる。


 あ、やばい、これ、ダメな奴だ……


『ラン:リー姉ちゃあああああん!』


 弟妹きょうだい達のコメントは途絶えない。


 ごめんね、弟妹達……


 でもさ、仲間を助けるために精一杯やったんだ。

 後輩も助けた。


 リリィは間違ってないよね?


 大丈夫さ……攻略者はさ、死んだらさ……保険金が降りるんだ……また貧しい思いなんてしなくて済むよ……


「幸せにな……弟妹達」


 リリィは精一杯笑ってみせる。


 ギガントアイロンゴーレムの脚が落下を始める。


『ラン:うわぁあああああ


 リリィは反射的に目を瞑る。


 ……


 あああぁああああああ!』


 え……?


 想像以上に弟達のコメントが長く聞こえている。


『ラン:兄ちゃああああん! ありがとぉおおおお!』


 え……? え……?


 そういえば直前に甲高い金属音が聞こえた気がした。


 ギガントアイロンゴーレムの右足は自分の位置からほんの僅かにずれたところに落下している……そしてその間に誰かいる。



 リリィは目頭に少し涙をためながら目を細めて呟く。




「規約違反だぞ…………ミカゲ……」


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