14.戦闘領域

『名無し:おいおい、やばいんじゃないか、この状況』

『名無し:間違いなくやばいでしょ』


「……っ」


 七山は判断を迫られていた。

 即座に決断しなければならない。

 固まるか、分散するか、はたまたその間か。


 七山が選んだのは――


「あの二体のところを突破するぞ……!」


 最良であるかはわからないが、短時間の判断としては決して悪手ではなかった。


 まずは囲われている状況をなんとかしなければならない。

 七体のゴーレムのうち、比較的密度の低い二体を全員で突破する。


 ミカゲは七山の指示に即座に反応し、二体のゴーレムの方向へ走る。


「"融ける土"!」


 二体のゴーレムはぬかるんだ地面に脚を取られ、バランスを崩す。


(……ナイスです、りゅーさん)


 ミカゲはそのまま二体のうち左側にいたゴーレムに攻撃を加える。


「うぉりゃぁああ! 灰輝拳ミスリルフィスト――"五月雨"!」


 リリィも同じゴーレムに連続した鉄拳で殴打する。


 特に打ち合わせしたわけではなかったが、もう片方のゴーレムを七山と佐正が攻撃している。


 後ろ五体のゴーレムが迫る前に、フル出力で、この二体を潰す。それが共通認識であった。


 ミカゲも自分にできる最大限のことをする。


和温わおん……!」


 ミカゲは新たに入手した温度変化の効果を持つ和温を高温にする。

 和温は暖色にぼんやりと光を帯びる。

 その和温でゴーレムを斬りつける。


 ゴ……!


 重熾を使用していた時より、ゴーレムの体表に深い傷を負わせることができた。


(……よし、いい感じだ)


 初めての実戦投入で少々、不安であったが、目論見通りであった。

 鉄は高温で軟らかくなるものだ。

 和温自体が軟らかくならないか少し心配していたが、それはないようであった。


「いくよ! 灰輝拳ミスリルフィスト――」


 リリィがまるで力を溜めこむかのように、腕を思いっ切り下げる。


「くらえっ……! "夕立"!!」


 ドゴーンという衝撃音。

 地面が震えるほどの鉄拳をアイロンゴーレムに叩き込む。


 ゴゴォ……


「よしっ!」


(……すご)


『名無し:うぉおおおお! 姉さん、かっけえぇええ』

『名無し:パンチ、気持ちよすぎぃい』


 ミカゲとリリィで一体のゴーレムを倒すことに成功した。


 ゴゴゴォ……


(……!)


「うっし……」


 隣りでは七山、佐正、そして合流した柳の三人ももう一体のゴーレムを片付けていた。


 なんとか背後の五体に追いつかれる前に二体を処理することができた。


 これで囲まれるという最悪な状況を回避することに成功した。


 残りは五体……


 そうして五人は振り返る。


(っっ……!)


 そこには三体のゴーレムが佇んでいた。


 二体のゴーレムが消滅していたのだ。


 想定よりも進行しておらず、まだ十分な距離があることも僥倖ぎょうこうではあった。


 だが、それは状況が改善されたわけではなく、むしろ悪化していた。


「おいおいおい……聞いたことねえぞ? ギガントゴーレムがゴーレムが合体した姿なんてよ」


 七山が嘆くように、三体のゴーレムの中央にいるゴーレムが明らかに巨大化していた。


 いつでも冷静なドローンがそのモンスターの名称と危険度を知らせる。


【モンスター アイロンゴーレム×2 危険度79】

【モンスター ギガントアイロンゴーレム 危険度96】


『名無し:えぇええええ、嘘でしょ』

『名無し:逃げてぇえええええ』


「き、危険度96……?」


 リリィがただならぬ様子で呟く。


【コメントのフィルター"強"に自動変更】

【危険度上限オーバー、E級攻略者は直ちに戦闘から退避してください】

【危険度上限オーバー、E級攻略者は直ちに戦闘から退避してください】


(……!)


 ドローンが戦闘からの退避命令を出す。


「そういうことだ、佐正、蒼谷、命令に従え」


「え……」


 この戦いの中で、常に最速で判断し続けていたミカゲであったが、この時はすぐに反応できなかった。


「"戦闘領域"は…………展開されているか……足では逃げられないな」


 "戦闘領域"。

 それは高危険度のモンスターが展開することがある不可思議な領域である。

 その領域は入ることはできるが、領域を発生させているモンスターを倒すまでは出ることはできない。


「佐正、"離脱の魔石"はあるな?」


「はい」


 ==========

【離脱の魔石】

 Lv1

 効果:使用者の半径1メートル以内の最大3名が戦闘領域から離脱する。

 ==========


 上層へ昇るゴンドラの中で、七山から渡されていたものだ。


(使えるのは三人まで……二人分足りない……)


「よし、それを使って、蒼谷と逃げろ」


(……!?)


「……はい」


 佐正は七山の提案を素直に受け入れる。

 だが……


「逃げたくありません」


「ん……?」


「俺達も残った方が生存率が上がると思います」


「おいおい、蒼谷、そういう話じゃねえんだよ。俺達をクビにする気か? 規定ルールだ。履修してるだろ?」


「……っ」


「お前の強さは関係ない。お前はE級だろ? 逃げられる状況でそれを行使しなければ処罰の対象になる」


「ミカゲさん……ここは……悔しいですが……これに時間を割くのも場合によっては迷惑かもしれません」


「……っ」


(束砂の言う通りだ……この時間は作戦を考える時間に当てられたはずだ……)


「ミカゲさん、逃げますよ」


「大丈夫だよ、ミカゲ! ありがとね。でも、こんな奴、ボコボコだからさ!」


 リリィがそんなことを言う。


「…………了解です」


 佐正は離脱の魔石を使用した。

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