05.初配信

「そいつは"集鞘しゅうそう"って言います」


 ==========

【鞘:集鞘しゅうそう

 Lv0

 攻撃:-

 防御:-

 魔力:-

 魔耐:-

 敏捷:-


 効果:無制限納刀

 ==========


「効果:無制限納刀で、複数の刀を持ち運びできるようになります」


「……!」


「まぁ、それが社長が刀を探してこいと言った理由でしょうね。理論上、刀の数だけ選択の幅が広がるってことですよ。あの人が"自分"と"この鞘"を拾って、刀の有用性に気付いてから、ずっと思い描いていた戦略がきっとこれなんでしょう」


「……すごいです……なんか緊張してきました」


 ミカゲは息を呑むのであった。


 ◇


 数日後――


「それじゃ、一応……墨田ドスコイズ所属のパーティ"アース・ドラゴン"による初配信……アンダー攻略、始めていきます……」


 佐正が幾分、気だるげな様子で配信の開始を宣言する。


 撮影ドローン宝物が浮遊を始める。

 撮影ドローン宝物は自動で撮影、録音し配信してくれる。

 揺に提供してもらった高級ドローンならば、イヤホンを通して視聴者のコメントを自動でピックアップして知らせてくれる。

 戦闘に集中したい時などはオフにすることもできる。

 更にはモンスターの名称や危険度も提示してくれるという優れものだ。


『名無し:観てるぞー』

『DB:ミカゲさん、がんばー』


(……お、身内かな?)


 早速、いくつかコメントが耳に入る。

 ちなみにユーザ名を指定していない視聴者の場合、"名無し"となる。


『名無し:プロフ見たけど、レベル6覚醒師とレベル3ってマジ? しかもなんでアンダー? 揺さん、また奇抜なことやろうとしてる笑』


 ミカゲは誰も観てないかもしれないと少し心配していたが、15人程の視聴者がいた。

 揺のファンで配下は全て最初は確認する層と一部の身内だろうと予想した。


 低レベル攻略者については珍しくはあるものの、実のところ過去にそういった攻略者が存在しなかったわけでもない。

 E級攻略者になるための条件は、"事務所チームが攻略者登録する"。それだけである。

 コネや配信のバズり目的で低レベルの攻略者が登用されることは稀にだがあった。

 だが、そのような者は正式な試験があるD級以上になることはできず、結局、一発ネタの域を超えることはなく、視聴者からしても低レベルへの物珍しさに対して、そこまで大きな関心事ということはなかった。

 なおミカゲはアサヒの兄であることは特段、公表していなかった。


「まぁ、社長から配信は必ずやれって言われてるんで、仮に誰も観てなくてもやっていきます」


 佐正は淡々とそんなことを言いながら歩きはじめる。


『捨て身:期待』


「ありがとうございまーす」


(……)


 これまで遊撃者として、誰にも見られることなく活動していたミカゲにとって、嘘でも期待してくれていることがいることは嬉しかった。


「にゃー」


 心なしかおにぎりも嬉しそうだ。


『名無し:猫?』

『捨て身:癒し枠』

『名無し:いや、確かに可愛いけどペット連れてくんかい』


(……)


 早速、同行している猫のおにぎりに対するコメントが来る。


 ミカゲは佐正が何か対応するかと思ったが、佐正は特にコメントに反応することもなかった。


『DB:ってか、覚醒師で自分が攻略者やってるの珍しいな。なんなら初めて見たかも』

『名無し:確かに。鈴雪未束に怒られそう』


「……」


 佐正はコメントにぴくりとする。


(……鈴雪すずゆき未束みさとさんって有名な覚醒師だよな。A級の攻略者にも相当な宝物を提供してたはず)


 などとミカゲが考えていると……


 グエグエグエ


「……!」


 体高1メートルはありそうな巨大なカエルが正面の岩陰から飛び出してくる。


『名無し:妖獣きたー!』


 ドローンが名称と危険度を報せてくれる。


【妖獣 炎蛙えんかわず 危険度51】


 危険度は1~99の数値、それより上の危険度をⅠ~のギリシャ数字で表現する。

 ギリシャ数字の危険度は基本的にA級攻略者以上が挑むことを推奨されている。


 ==========

【危険度:推奨等級】

 70~: D級以上

 80~: C級以上

 90~: B級以上

 Ⅰ~: A級以上

 ==========


「え!? 危険度51!?」


(いきなり強いの来た……!)


 アンダーの妖獣の危険度は1~20くらいがほとんどだ。


「ちょうどいい。ミカゲさん、俺にやらせてください」


 佐正が言う。


「え、うん」


「ありがとうございます」


 佐正は前に出る。


 と同時におにぎりが佐正の右肩に乗る。


「にゃー」


 佐正はおにぎりを左手で一撫でする。


「おにぎりはペットじゃなくて、俺の宝物たからものだ」


 同時に、おにぎりの身体がどろっとした流体状に変化する。


『DB:生物の宝物? 前例あったか?』

『名無し:聞いたことないな』


 グエグエグエ


 炎蛙えんかわずは仰け反るような動作の後、口から直径一メートルほどの火球を佐正に向けて放出する。


「おにぎり頼む」


「にゃー」


 佐正は右手を前に出す。


水壁ウォーター・ウォール


 おにぎりは液状の円となり、佐正と火球の間に水のバリアのように立ち塞がる。


 火球はその勢いを失い、落下する。


『名無し:まさかの猫バリア』

『DB:なんだあれ? 水みたいになったぞ』

『捨て身:猫は液体』


「反撃だ、おにぎり」


「にゃ!」


 おにぎりは猛然と炎蛙えんかわずに向かっていく。


水切ウォーター・カッター


 おにぎりが炎蛙と交差するようにすれ違う。


 グエ……?


 炎蛙は何が起きたかわかっていない様子だ。

 が、次の瞬間、炎蛙が上下に切断され、エフェクトと共に消滅する。


『名無し:おー、やるなー』

『DB:猫、強っ』


「……」


 ミカゲも佐正の実戦を見るのは初めてであったが、いとも容易く危険度51の妖獣を仕留めたことに唖然となる。


 事前に話は聞いていたのだ。


 ◇


 揺に呼び出され、事務所を訪れ、佐正とパーティを結成したあの日、応接スペースにて――


「おにぎりは俺の昔からの相棒です」


「え? ということは戦うってことですか?」


「そうです。俺の武器であり、盾でもあります」


「つまり……おにぎりは宝物ほうもつ?」


「いえ……普通の猫…………でした」


「……?」


(……でした?)


「おにぎりは俺が"覚醒"させた液状どろどろゾンビ猫です」


「えっ!? ゾンビ猫!?」


「に゛ゃー」


 おにぎりはミカゲの方を向いて溶けてみせる。


(……うわ、本当に液状だ。ドヤ顔かわいい……)


「え、ってか、宝物でないものを覚醒ですか?」


「はい……それが俺の特徴でもあり、異常性でもあります。恐らく宝物でないものを覚醒させたり、ましてや生物を覚醒させたりした奴は過去に例がないはずです」


「な、なるほど……すごいですね……」


「……ありがとうございます。ただ、実際、覚醒師としては微妙なんですよ。さっき自分は覚醒のコストを全て使い切っていると言いましたが、それがこのおにぎり一匹で占有してるんです」


 この時、佐正はミカゲに覚醒には、制約条件があることを話していた。

 同時に覚醒させられる宝物の数に上限があり、レベルが高い宝物ほどコストが掛かること。

 そして、佐正はすでにその上限に達していて、新たに宝物を覚醒させることができないこと。


「覚醒師ってのはレア職型ではあります。一方で攻略者には不向き……いや、不向きでなかったとしても、攻略者に尽くす方が、その才能を如何なく発揮できるというのが通説なんですよ」


(……覚醒師は宝物を覚醒させることに注力し、攻略者を支援した方が全体としては利益が大きいということか)


「でも、自分はおにぎりの覚醒を解きたくもないし、攻略者にも憧れたわけです」


(……)


「まぁ、そんなわけで自分は覚醒師の中で異端者扱いの半端者というわけです」


「いいと思います!」


「……!?」


「なんか……自分なんかが言うのもおこがましいというか……うまく言葉にできないですが……支援職を否定するつもりは毛頭ありません。ただ、全体のために自分の夢を諦めるのはなんか違うと思います。だから……佐正さんは間違ってないと思います」


「……!」


 佐正は目を丸くする。


「……だから、束砂でいいですって」


 佐正は呟くように言う。


「こ、こっちにも心の準備というものが……」


「なんですかそれ。まじめですか? いいじゃないですか。自分、年下みたいなんで」


 佐正はそんなことを言いながら、くすりと微笑む。


 ◇


 現在――


「つ、束砂、ぐ、グッジョブ!」


 佐正の圧巻の活躍に若干、引きつり気味の笑顔となるが、ミカゲはサムズアップする。


「あざっす、残念ながらドロップはなしですね」


「そ、そうだね」


 現在、ミカゲの所持する唯一の刀"重熾じゅうし"は妖獣の棍猪こんしし討伐によるドロップ品から入手した。


 そのため、刀探しの方針としては、基本的にはモンスターのドロップ狙いであった。


「まぁ、ひとまず引き続き探索ですかね」


「了解」


「にゃー」


 佐正の提案にミカゲとおにぎりは同意する。

 そうして二人と一匹は移動を開始する。


 ◇


 アンダーは過去に誰も探索していなかったわけでもなく、実は完成されたマップが存在する。


 二層探索の方針を検討するに当たり、二人は思う。

 完成されたマップがあるのであれば、本当に二層なんてあるのだろうか、さて、どうしたものかと。

 考えた結果、都合よくいい案が思いつくものでもなく、ひとまずマップを埋めるようにくまなく再確認を行うこととした。


 そして、炎蛙えんかわず以降、しばらくは危険度の高い妖獣が現れることもなく、低危険度の妖獣が時折、現れたものの、トレジャーボックスがドロップすることはなかった。


 探索初日はマップの5%程を確認したが、特に変わったところもなく、これといった成果も得られていなかった。


「今日は特に収穫なしっすね」


 配信は垂れ流しにしていた。

 最初に佐正がおにぎりで活躍こそしたが、その後は山も谷もない探索が続き、退屈だったのか当初15人いた視聴者は5人にまで減少していた。


「そうだね」


 少々、残念ではあるもののある程度、想定していた結果でもある。悲観するほどのものでもない。


(今日はそろそろ撤収か……)


 ミカゲがそう思った時であった。


「ミカゲさん」


「あっ」


 二人の眼前に新たな妖獣が出現する。


 ドローンがその黒くて大きな蜘蛛の姿をした妖獣の名称と危険度を報せてくれる。


【妖獣 祟蜘蛛たたりぐも 危険度42】


「……」


(危険度42……だいたい棍猪こんししと同じくらいか)


 ミカゲは息を呑む。


「今度はミカゲさん、やります?」


 と、佐正がひょうひょうとした様子で提案してくる。


「え?」


「危険度40くらいなら、ちょうどお手頃じゃないですか。自分は手出ししないっす」


『名無し:宝物特性レベル3に危険度42はちょっと高いと思うけど、大丈夫かー?』


 佐正の発言に対し、ミカゲを心配するようなコメントが付く。


(……)


 が、しかし……


「わかった。やってみる」


 ミカゲは佐正の提案を受け入れる。


(危険度40前後は遊撃任務で何回か戦ったことがある。深海と二人ではあったけど、なんとか倒せていた。今回は一人とはいえ、できなくはないはずだ)


 ミカゲは覚悟を決め、祟蜘蛛たたりぐもに面と向かって、正面に立ち、刀の柄に手を添える。


「いきます」


 そう呟き、一歩踏み出す。

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