第56話 釣りキチかんなぎ
船に揺られて海原を漂う。巳の都市も米粒程に遠くに見え、四人で漂流でもしているように思えた。が、今回は初の冒険者の仕事だ。話に聞いていた目的の海域へと辿り着き、何かが居る気配も微かに感じられる。精霊の剣を腰から抜き、魔力を込め船を中心に氷の足場を大きく作り出した。
「よし、戦いの場はこれでいい。が、油断はするな。そのうち出てくるはずだ」
「わかった」
「ええ」
「では、わたくしはもうひと仕事いたしますね」
「……ずっと思っていたんだが、お前何故釣竿を持ってきたんだ」
私の背には釣竿を括ってあった。それを背から抜き、釣り糸の先に精霊の剣を括り、氷の端に向かって海の中へと剣を放る。ぱしゃ、と着水して沈んでゆく釣竿を持ちながら、船に乗せてあった簡易椅子に座って釣り人ムーブに移る。
「おい、こいつは何をしている」
「釣りかと」
「なんでこれから討伐するって時に釣り始めんだ! 馬鹿なのか!?」
「あ、わたくしのことは気にせずどうか戦闘なさって」
「気にするわ馬鹿!」
これでつばつきキャップとサングラスと謎ベストでもあれば完全に釣り人なのだが、生憎昨日行った釣具屋にはおいては居なかったのだ。不承不承で釣り人全開ムーブは諦めてお嬢様釣り人ムーブで手を打った。
水面が波打ち何かが現れようとしていたが、私は釣竿片手に水面を見つめていた。
「あー! ふざけんなよ馬鹿お嬢! 生きて帰ったらお前に奢らせる!」
「わたくしは大物を釣り上げねばなりませんのよ。そう、魚拓を取らねばなりませんので……」
「意味分からないこと言ってるぞクンラート」
「ユウキ様が意味不明なのはいつものことよディーデ」
「くっそがあああ! 構えろガキ共!」
後ろでばしゃあああ! と何かが現れたらしき水音がしてきたが私は心が凪いでいた。釣りって落ち着くな……と前世の父に連れられて行った海を思い出していた。私は延々蟹探しに邁進していたが、釣りの良さが分かる精神年齢になってしまったか。と遠くを見た。ああ、空が青いわあ。
後ろから魔法を放つ音や剣が硬いものを切り付ける音、荒い息遣いが聞こえてきたが、気にせずひたすらに獲物を待った。
私が待っているもの、それは。
『かかったぞ! 引け!』
「きたァ〜!!! きたきたきたァ〜! きましたわ〜!!!」
エーヴァの声が聞こえ釣竿を強く引いた。ぐいぐいと後退しながら獲物を手繰り寄せ、あと一息! と思い切り釣竿を引いた。ばしゃあ! と水面から宙に飛び上がったそれを見て私は叫んだ。
「大物が釣れましたわよ〜!」
「何馬鹿言って……!」
「元凶ですわ!」
「はあ!?」
たも網でびちびちと動く何かを押さえると、何かが声を上げた。
『なんだお前〜!』
「え、いや、なんだそれ!」
『それとか言うな! 獣人風情が!』
「……化け鯨、消えましたね」
「本当だ」
「え、はあ!?」
化け鯨の姿は消え、辺りには静寂が戻っていた。ただその何かの叫びだけが辺りに響いている。
エーヴァが姿を現し、何かに近寄る。
『やあカサンドリス。俺の居ぬ間に人を襲うなぞ堕ちたものだな』
『エーヴァ! やはりお前だったのか……! 久しいがこいつらをどうにかしろ!』
『まずこの人間たちに危害を加えないと約束するか?』
『分かったよ! くそ、なんで私が魚扱いなんぞ……』
エーヴァにたも網を避けるようにと言われその通り網を除けた。大人しく話をする気になったらしいそれは、長い藍色の髪に端正な顔つき、十歳程度の子供のように思えたが足は無く藍色に煌めく鱗に覆われた魚の様な下半身。所謂人魚の様に見えた。
『こいつの名はカサンドリス。水を司る精霊だよ。俺が捕まる前に交流があった精霊のひとりだ』
『お前が人間なんぞの下につくとはな……いや、面白い人間が居たと言うことか、お前のことだから』
『その通り』
「わたくしはユウキと申します。カサンドリス様、何故あなた様は人間なんぞを襲うように?」
落ち着いて話してくれるようになったらしきカサンドリスは、ち、と舌打ちをすると、私が先程まで座っていた椅子に移動して座り腕を組んだ。
『人間を贄にすれば、イリアドネス様に会えぬかと思ったのだ。あの方は長いこと隠れられている。力が弱っているのだ。人間は弱いものだが、多く食えば力は徐々に回復していくものだからな』
「人間を贄としたところで、未だ会えていないのか?」
ディーデリックの問いに、ああ、とカサンドリスが項垂れる。
『あの方に贄を届けるようにと十二柱に頼んでいるが、未だ会えぬ。お前もだろうエーヴァ』
『……ああ』
『何故、あの方はお隠れになってしまったのか。お前久しいがどこで何をしていた?』
『いやはや、恥ずかしい話だがな。ダンジョンの種に込められちまっていたのさ』
『……本当に恥ずかしい話だな。お前程の者が。そこの女巫が出したのか?』
「あら、わたくしが女巫だと何故?」
『腐っても精霊と言うことだ。十二柱に関わっていることは気配を見れば分かるのさ』
『別に腐っちゃいない!』
カサンドリスがいきり立つがエーヴァは気にする様子はない。なあ、とクンラートが話しかけてきた。
「お前が釣りを始めたのは、精霊だとあたりをつけていたのか?」
『精霊だったのなら同じ精霊の気配には気がつくだろうと思ったらしい。まあ結果として俺を餌とした釣りは成功したな。女巫に感謝しておけ。情報があったとて俺が居なければ炙り出せなかっただろう』
「そうですか……、ユウキ、よくやった」
「ふふ、ありがとうクンラート」
気まずそうなクンラートにそう答え、話は戻る。
『精霊たちはイリアドネス様を元気づけようと必死さ。あの方が居なければ我らは存在出来ぬのだから』
『……お前に告げるべきではないとは思うが、贄は恐らく十二柱が喰らっている』
『十二柱がそのような背信をなさるはずはない』
『お前は十二柱を信奉しているいち精霊だとは理解している。だがそうでなければ話が通らん。あいつらは女巫を未だ喰らう奴らだ。信じるべきではない。お前の目は曇っているのだ、カサンドリス』
『……ならば、どうすればいいと言うのか! 十二柱を排除してイリアドネス様が再びお目見えになられるのか!?』
『可能性は無ではないだろう』
「……なんだか、神様も精霊も色々問題があるんだな」
重々しい話故入り辛いが、ディーデリックがそう呟く。そうですね。と女巫が十二柱の贄となる現状を知っているだろうマレイケとクンラートは気まずげに俯いた。
『カサンドリス、お前も共に来ぬか。俺はヒティリアをこの者たちと旅し、現状を打破する方法を探すつもりだ。お前のイリアドネス様への信奉は本物だ。力になってくれるとありがたい』
『……その男の青年は精霊避けの体質だろう。少々不安だ』
『魔法具があれば大丈夫だ。どうする?』
『……共に行こう。何か移れる物は無いか』
精霊が人間と共に共生する場合、依代となる物が必要らしい。マレイケがバッグから何かを取り出す。私が以前渡した金の腕輪だった。それをカサンドリスに見せると、装飾された青い宝石が気に入ったのか、いいな。と呟く。
『しばらく世話となっても構わないか。エーヴァ』
『構わんよ。俺もこの子らも』
カサンドリスが青い光の粒子となり、金の腕輪へと粒子が流れ込んでいった。あーあ、換金出来るものが減ったわね。と少しばかり惜しくなったが、まあこの討伐依頼は成功したと判断されるだろう。そこで金子は入ってくるのだからとんとんだ。
『すまないなお前たち。精霊二人、世話になるよ』
エーヴァも姿を消し、四人の中にしばし無が流れた。
「……あ、魚拓を取らせてもらうのだったわ」
「……精霊釣るやつなんて初めてだよ」
私とクンラートのぽつりと呟いた言葉に四人で笑い、都市に戻るために氷を炎魔法で消して船を漕ぎ出した。
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