第55話 帰らざる依頼

 年始を過ぎたギルド内は熱気に溢れていた。私よりも幼い冒険者や経験豊富そうな冒険者や

熟達していそうな冒険者まで様々だ。女性の姿も少なからず見られた。


 壁に貼ってある依頼の紙を眺めているパーティらしき一団や、談笑している、と言うよりは情報交換しているらしき冒険者たちなど。私たちパーティは周りの目線を受けながらも依頼板の元へと向かい、眺めながら相談を始めた。


「初心者と言えばどう言った依頼がいいんだ? クンラート」

「薬草なんかの収集とか、下等モンスターの討伐なんかだろうな。あそこにあるのとか。ホーンドッグの討伐。あそこら辺は狙い目だ」

「あ! これがいいんじゃないかしら! 海獣の討伐ですってよ!」

「海獣〜? ……レモラに化け鯨って、アンデッド系は初手は勧めらんねえよ」

「試しみたいことがあるのよ〜お願いですわ! クンラート!」

「失敗しても今は失うものもないだろう。いいんじゃないだろうか」


 ディーデリックの言葉に、クンラートは猫顔をしかめ、馬鹿野郎と舌打ちをした。


「海上での戦闘だぞ。飲み込まれる可能性もあるんだ。こういうのは飛行魔法くらい覚えてから挑まねえと話にならん」

「要は足場があればいいのでしょう? 出来るわよ」

「ほーん、どうやってだい? お嬢様」


 馬鹿にしたような口ぶりのクンラートだが、一応説明をする。私の持つ精霊の剣は魔法の威力を増大させる役割を持っている。私の得意魔法は炎ではあったが、氷魔法を使えば足場を作るくらいは可能だと告げる。現に以前エーヴァにそう言ったことが出来るのかと聞き、可能だと聞いたことがあった。


「だが、足場を作れたとしても水の中を自由に動けるのは敵さんな訳だ。難しいと思うぞ」

「だったら泳いで立ち向かいますわよ」

「お前一回決めたら聞かないタイプだなあ。たあっく……無理って思ったらさっさと引き上げるって約束するか?」

「ええ」

「他メンツは異存は」

「俺は特にない」

「私も構いません」

「このパーティ馬鹿しかいねえな」


 かか、と馬鹿にしたように笑ったが、クンラートは掲示板から依頼状を破り取ると受付へと向かって行った。


 クンラートが受付で対応をしているのを眺めていると、見知らぬ年高の男性冒険者が話しかけてきた:


「君ら、駆け出しか?」

「そうだ」

「ふうん……パーティのバランスは良さそうだが、あの依頼、失敗者が多数出ているものだぞ? 大丈夫か?」

「そうなのか?」


 ディーデリックが冒険者の対応をし始めると、あのな、とこそりと周りの目を気にしながら冒険者が話す。


「レモラや化け鯨ってのは怨霊、アンデッド属性ではあるが対処法はある程度ある。しかし化け鯨の後ろにもっとどでかいものが居るんじゃないかって噂だ」

「どでかいもの?」

「精霊や神霊の類ではないかと言われているんだ。失敗した冒険者が多数ってのは、見て帰ってきた者が少ないからだ。駆け出しで手柄を上げたいのは分かるが、もう少し慎重になった方がいい。まだ断ることは出来るぞ?」


 冒険者は、くい、とクンラートの方を親指で指したが、私が口を開く。


「わたくしども、大きな目標がありますの」

「へえ、そりゃなんだい?」

「国に認知されること、ですわ」

「そりゃでかい目標だなあ。駆け出しは皆夢見るさ。だがあの依頼はハズレだ。辞めておけ」

「それくらい対処出来ねば夢のまた夢ですの。だから、ご助言ありがとうございます。わたくしどもは必ず帰って参りますわ」


 では、と会釈をしてクンラートの元へとゆくと、冒険者はぽかんとしていた。彼なりに心配してくれたのだろうが、どんな依頼だろうが躓く訳にはいかない。失敗から学べることとてあるだろう。クンラートは受付の男性から説明を受けているらしかった。駆け出しには勧めないとも聞こえてきた。


 クンラートの隣に立って受付に微笑むと、ぽかんとしている。


「この依頼は受けさせていただきますわ。クンラート、よろしいでしょう?」

「あーあ、断ろうと思ってたのに余計なことしてくれたよあのオッサン」


 クンラートには冒険者の話が聞こえていたのだろう。大層いい耳を持っている。


「で、ですが危険な依頼でして」

「勝ち目が無いと判断すればすぐに戻って参ります。負け戦だなんて今はまだ分からないでしょう? 無謀とも、実力を見ても居ないのに思わぬことですね」

「しかし、我々ギルドとて最下位のランクの冒険者に無理な依頼を勧めるのは良しとは出来ません」

「……ごめんなさいね。今回はこちらのわがまま、お許しいただきたいのですが」

「まー、こうなったらテコでも動かねえので、お願いしますよ。無理だったらさっさと退散してきますんで」

「……自己責任でお願いします」


 受付の男性は諦めたのかクンラートに水晶に触れるように告げる。水晶に触れると淡く光り、受付を完了しました。と言われた。


「どうかご無事に」

「どーも」


 クンラートがひらひらと手を振って、その手で私の背をばん! と叩いた。


「おら行くぞじゃじゃ馬お嬢様」

「もっと丁寧に扱ってくださる?」

「お前はこんなもんで充分だよ」


 クンラートが、まず情報収集をしよう。とギルド内で話を聞くことになる。ギルド内一角はバーのようになっており、飲食する冒険者が多く見えた。巳の都市のギルドだからだろうが、随分と大きなギルドだ。


「ちょいと失礼〜」


 クンラートがある一角の冒険者パーティに目を付けたらしく、その一団に話を聞くようだ。


「見ない顔だなあ。どこか来た?」

「クソ田舎からね。オハナシ聞きたいんだがいいかね」

「酒人数分」

「ねーさん! エール五つとなんかジュース三つくれよ」

「クンラート、俺は酒は飲める」

「ガキはジュース飲みな、ディーデ」


 駆け出しか〜。と同じ席に着いていた冒険者パーティはからからと笑う。


「で、何が聞きたいんだ?」

「化け鯨」

「お前ら駆け出しなのにあの依頼受けたのか!? 命知らずだな〜」

「そこまで危険なモンスターなのですか?」


 マレイケの問いに、そうさなあ。と冒険者のひとりが考え込む。


「やっぱり海の上でしか戦えないからな。そいつがいる海域は一年前までは漁場だったんだが化け鯨が出るようになってからは寄り付けなくてな。うちのパーティのこいつ、魚人なんだがこいつでも近寄りたくはないそうだ」


 冒険者が指差したのは女性らしかったが、フードを深く被っており魚人かどうかは判断しかねる。覗き込もうとしているとフードを外してくれた。顔つきは人間のものと大差はないが、耳のあたりにひれのようなものが付いている。顔色も少し緑色に見えた。


「魚人は初めてかい? 嬢ちゃん」

「ええ、わたくしの出身は内陸ですので……」

「まあ、魚人でも危険と判断する海域になっちまっている。金払いはいいだろうが、駆け出しには危険だ。今から断るのもありだ」

「それは嫌なんだとよ」

「なんだ、獣人のお前が年長に見えるがリーダーではないのか?」

「このじゃじゃ馬お嬢様だよ」

「もっと言い方があるでしょう? クンラート」


 へえ〜とまじまじと私を見てくる一団に少々居心地が悪くなったが、酒が運ばれてくると嬉々として酒を飲み始めた。私もジュースに口を付ける。


「そうだな。お前らの中で治癒魔法を使える者はいるのか?」

「私が」

「化け鯨は機動力は無いそうだが、後ろに何か居るって噂だ。そいつをどう倒すか、だな」


 先程の男性も言っていたな。と思い出す。化け鯨を操っている何か。何故漁場に突然現れたのか? 寄り付けないということは近づく人間を襲うということだ。何か恨みでもあるのか。


「帰ってきた人間でも記憶が抜けているとか、怯えて廃人寸前とか多いそうだ。かなり危険だと思った方がいい。お前たち、受付で辞めたほうがいいと言われなかったのか?」

「こいつが邪魔をね」

「とんだリーダーを持ったもんだな。そうだな……確か、精霊の声を聞けるやつには何か聞こえるそうだが、精霊はそう簡単に出てくるものでもない。あまり役立つ話を持ってなくてすまないな。こんなもんだ、話せるのは」

「充分だよ。ありがとうよ」

「いいさ。エールありがとう。成功するように祈ってる。帰って来れたら話聞かせてくれ。俺たちのパーティ名はクラーケシュトリヒだ。いい旅を」


 飲み物を飲み干したあと席を立ちギルドから出る。この後は一旦船を借りれるかどうかの交渉に向かうそうだ。お前は余計なことを言いそうだから、とクンラートひとりで向かうらしい。マレイケとディーデリックに両脇を抑えられて宿へと引き摺られて帰るのだった。


 まあ途中クンラートに内緒で買い食いを三人でするのだが。三人の秘密となる。そうして宿へと帰る前に二人を説得し、ある店へと足を向けた。

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