第51話 使い捨ての供物

 はっ、と目を開けると空が白んでいる。夜明けが来たのだと分かり、やけにはっきりと意識が覚醒したことに疑問が生まれた。私の他の三人は既に起床済みらしく、調理などをしているのを確認した。

 起き上がるとマレイケ気付きが寄ってきた。


「おはようございます。ユウキ様」

「……おはよう、マレイケ」

「朝食の支度のうちに顔を洗ってきましょう。着いて行きます」

「ええ、分かったわ」


 立ち上がって一応セーラー服がシワになっていないかを確認し、湖へとマレイケと共に向かう。水面に顔を映せば、いつもに自分の顔、ではあったがどこか浮かない顔をしていた。顔を水で洗い、マレイケからタオルを受け取る。顔の水気を取ってから立ち上がりマレイケに問う。


「どうして何も教えてはくれないの。マレイケ」

「……どうして、覚えて」


 マレイケが目を見開いた。昨日クンラートに女巫の件を問いただした時のこと、きっとマレイケは何か魔法を使って私を眠らせたのだろう。同時に記憶を消す魔法も。私は胸元からエルマから貰った厄除けのネックレスを取り出した。エルマの瞳の色と同じ赤銅色の石は、ひび割れていた。


「これは悪意のあるものを跳ね除けるものだそうなの。あなたに明確な悪意があったのかは知りませんわ。でも、教えてくれてもいいのではないの? わたくしは、あなたの主人なのですから」

「……それは」


 後ろに後退りして言い淀むマレイケに詰め寄る。マレイケの両の手を取ってもう一度頼み込む。


「どうしても知りたいの。女巫にとってそこまでタブーな話だとは理解しているわ。けれど、それを知れればお母様が何故ガルシア王国へと向かったのかも分かるかもしれないの」

「……アリシア、様」

「お願い、わたくしだけのマレイケ」


 両の手を額に近づけて願うように声を絞り出した。鳥の囀りと草木の揺れる音がしばらく場を満たした。マレイケの強張っていた手は緩慢になり、顔を上げれば諦めが滲んだ表情をしていた。


「……女巫が、昔、供物とされていたのはご存知ですね」

「ええ」

「表向き、その伝統は無くなったとされております。しかし、実際はそうではないのです」

「それはどう言うこと?」

「……女巫は、任期を終えると、……十二柱の神々から、一年ずつ、体から何かを奪われてゆくのです。最初は目を、次は足を、次は内臓をと、順序は違っても体の一部や自由を奪われていきます。任期を終えて十二年経って生きている女巫は、殆ど居ないのです」

「それが、……事実なの?」

「一年の最後に見る夢で神が告げるのだそうです。あれが欲しいこれが欲しいと。実情を知らぬ女巫はそれを鵜呑みにして約束をしてしまう。そうして任期を終えると、死に近づいてゆく。神殿はわざと女巫には何も伝えません。だからこそ別の土地へ移り住むことを勧め、用済みだと、本当の供物にするのです」


 女巫は、結局のところ国にとってただの供物程度の価値しかないのか。私の手が力無く下がるのを見て、マレイケは私を抱きしめた。


「私は本当はあなた様が神殿を出ると言った時、安堵したのです。でもやっぱりあなた様は夢で神に会ってしまった。もしかしたら神殿を出れば追って来ないかもと思った。ごめんなさい。ごめんなさい……。私はもう、あなたが大切だったのに、助けることが出来ずに……」

「母が、ヒティリアを出たのも、それを知ったから?」

「恐らくそうだと……申し訳、ありません……!」


 母は部屋から滅多に出ない人だった。体が弱って居たのだろう。私の前では気丈に振る舞っては居た。しかし、私には苦労は見せまいとしてくれて居たのだろう。動けなくとも、私に精一杯の愛情を注いでくれた。母が神々に奪われたものはなんだったのだろうか。今は分からない。ただ、怒りが湧き上がってきていた。


 エーヴァも知っていたのだろう。だからこそ神々を信用してはならないと言ったのだ。けれどもし、神々の条件に応じなかったのならどうなるのか? 嵐を起こすだろうか? 飢饉を起こすだろうか? もし事情を知っていた女巫が居たとしても、従う他なかったのではなかろうか。


 ヴェルヘルミナも、今後どうなってしまうのか。


「……話してくれてありがとう。マレイケ」

「ごめんなさい、ごめ、なさい」


 マレイケはしゃくりあげながら泣いている。出会った頃のマレイケだったのならば冷静に告げるだけだっただろう。年相応の素のマレイケを見て、私は彼女と絆を結ぶことは出来ていたらしい。それが嬉しい反面、悲しみもあった。


「もう少ししてから戻りましょう。このまま戻っては心配されてしまうでしょう」

「っはい」


 湖のほとりで二人で座り込み、私はマレイケの肩を抱きながら湖面を見つめていた。水鳥が泳いでいる。魚の鱗に反射した光が湖面に映し出される。さわさわと木々の揺れる音。マレイケの嗚咽。


 ああ、私だけのマレイケ。泣かないで頂戴。肩に回した手でマレイケを引き寄せると、マレイケは私の肩に顔を埋めて泣いていた。


 しばらくして落ち着いてきたマレイケに顔を洗いなさい。と告げ、マレイケは湖の水で顔を洗っていた。タオルを差し出して顔を上げれば、目元は少し赤いがいつもの冷静なマレイケに戻ったようだった。


「取り乱してしまい申し訳ありません」

「いいのよ。さあ帰りましょう」


 マレイケと共に野営地に戻れば、クンラートがおせーぞ。と呆れたような口調で告げてきた。


「……マレイケどうした?」

「別に」

「んだよ。心配してやってんのによう」

「ユウキ、シチュー出来た。マレイケも食べてくれ」

「頂きます」


 四人で食事を摂ったのち片付けをし荷造りを終えて野営地を発った。昨日と同じように何気ない会話をしながらも、神々と今後どう接してゆくべきなのか考えあぐねていた。


 いずれ死する運命にある自分が、彼女らに何を残せるだろう。恩義は返せる時に返しておかねば後悔する。神殿からの脱走という私の無茶に付き合ってくれた三人だ。


 ……まだ十二年ある。今から考えてもどうにもならないだろう。前を向いて、笑みを絶やさず、母からそう教わった。だから今は無理にでも笑っていよう。


 有限でも、時間はまだある。

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