第50話 知りたいことは夢の中

 次の日、宿場町を発つこととなった。準備を整えカワサキに荷物を積み、宿を出る。今後の予定は次の宿場町へと向かうため森の中を通るのだそうだ。一夜野宿せねばならないだろうとのことで、昨日買った保存食のほかにも町を出る前にディーデリックが食材を買い足していた。


 町を抜けて森に入ると人の往来がある場所なのだろう。道がある程度整備されている。道を進みながらぽつぽつと四人で話をしていた。


「ねえ、クンラート。聞きたいことがあるのだけれど」

「なんだ」

「巳の土地ってどんな場所なの?」


 ヴェルヘルミナからはさらっとした説明しか聞いていなかったので、クンラートに尋ねるとそうだなあ、と少しばかり考え込んだ。


「巳の土地は夏は蒸し暑いな。しかし飯は美味いのは確かだ。海に面しているから漁業が盛んで海鮮なんかの店が多くある。それに活気もあるからな。結構楽しいところだ」

「クンラートは行ったことがあるのか?」

「昔、様々な土地を親父に付いて回ってたんだよ。まあそれにも飽きたから守衛になったようなもんよ。親父は今何してんだか」

「お父上は今も放浪されているのか?」

「あの人、根っからの冒険者だからな。よくもまあクソガキだった俺を連れ回してくれたよ。何度死にかけたか」


 クンラートとディーデリックの話を馬上で聞きながら森を進んでゆく。モンスターの気配は今のところは感じなかったが、それでも気を引き締めねばと警戒はしていた。


 口を閉じていたマレイケが話し出す。


「クンラート、あなたの企みを成功させるには冒険者としてダンジョンに赴かねばなりませんが、巳にはダンジョンは?」

「昔は結構あったな。何ヶ所か潜ったことはある。ダンジョンの種だって植ってる場所は増えてるだろ。まあ違法的なのが多いだろうが、潜れば評価は上がるはずだぜ」

「そうですか。それならば良いです」

「たっく、お堅い女だ」


 クンラートは多少歳上ではあろうが、私やディーデリックを子供扱いしているあたり実年齢は不明だ。そもそも獣人の年齢は外見から測るのは難しいものだ。実家のエンリケだって父と同年代ではあったが、見た目では分からない。


 森を進み続け、日が傾いてきたあたりで開けた場所に出る。ここで今日は野営をしようと言うことになり、各々荷物を下ろし始める。私もカワサキから降りて荷解きをし、ハミを外してやる。近くに水場があると言うのでカワサキを連れてマレイケと共に水場へと向かった。


「ほらカワサキ。お水をお飲みなさいな」


 水場近くにカワサキを誘導すればカワサキが水を飲み始めた。マレイケは木のバケツで水を汲み、食事用の飲料水にするらしい。水場は湖のようでそこそこ大きな場所だ。水面を覗き込めば水の中に水草などが生え、小魚なども泳いでいるようだった。この水ならば飲んでも大丈夫そうだ。と手酌で水を掬って飲む。


「うん、美味しい水ね」

「一応煮沸してから飲んでいただけるといいのですが……」

「あら、ごめんなさいね?」

「……まあここは飲料に適していると宿での情報収集で知っていましたから、構いません」


 カワサキに水を与えた後野営地へと戻る。クンラートが薪木を集めてきたようで火を起こしている。ディーデリックは野菜を丸い切り株のまな板で切っていた。


 カワサキを良さげな木の枝に繋いで草を食べさせ、何かすることはあるかと問うが、黙って座っていろ。とクンラートに指差し付きで指示される。


「お嬢様なんざが料理なんてしてみろよ。ゲテモノが出来るぞ」

「まあ失礼ね。わたくし料理の心得くらいありましてよ」

「どうだか。マレイケ見張ってろ」

「はい」

「まあ! マレイケまで!」


 ちょっと食材切るくらいしたいわ! と声を上げるとディーデリックにまでやめろと制される。人のことなんだと思っているのだろうか。


 確かに私は今生では料理なんぞしたことはない。調理場に立ち入らせてもらえないのもあったが、昔まだ記憶を思い出す前にお菓子を失敗してカチカチの石のようなものを錬成してしまってからやんわり出禁になっていたのだった。


 前世ではしっかりと自炊だってしていたし、多少腕は鈍ってはいるだろうが記憶を思い出した今ならば多少なりとも食えるものは作れるはずだ。


 が、三人は結託して私に調理はさせたくないらしい。切りたい焼きたい煮たい! と叫んでディーデリックに特攻を仕掛けたがクンラートとマレイケ二人がかりで阻止をされるのだった。


 ひとりで焚き火を前にぶすくれていると料理が出来上がったらしく、ディーデリックに木の椀を差し出される。


「今度ちゃんと教えるから機嫌直せ」

「ふーん。今度っていつなのかしら」

「……さあ?」

「約束出来ないことを言わないでくださいまし」


 ディーデリックは無表情ながらも、困っています。みたいなオーラを発していた。余計ぶすくれて四人で食事を摂り始め、硬い保存の効くパンをちぎってスープに浸してやけ食いのように食べた。


「もう少し上品に召し上がってください」

「何よ。わたくし今はただの一介の冒険者でしかないのよ? 多少荒々しいくらいが丁度いいですわ」

「その言葉使いももっと崩れたら目立たずに済むんだがな」

「ふーん。これはわたくしのアイデンティティですもの」

「見た目全部アイデンティティだと思うけど……」


 ディーデリックの言葉にクンラートが吹き出しひいひい笑っている。確かに私の見目なんて個性の塊甚だしいことこの上ない。なんだか無性に腹が立ってきてクンラートのピンと立った耳穴に指を突っ込んだ。


「ひゃほ!」

「あ、なんだかふわふわしていますわ」

「勝手に耳触んじゃねえよ馬鹿嬢!」

「ほほほ、何を言われても今はわたくし無敵の人ですので」

「こいつ無敵になったら神殿崩壊させそうだな。おいディーデリック、お前早いとここいつに料理教えとけよ」

「……次の宿場町で食材が豊富だったらやろう」

「それ暗にわたくしが失敗すると思って言っていないかしら」

「言ってない言ってない」

「そ、そんなにパンを詰め込みながら言われても説得力がありませんわよ……」


 もがもがとパンを詰め込んでスープを流し込みながら話されると正直複雑な気持ちになってくる。ディーデリックって結構天然入っているのだろうか。今までは無口無表情のクールキャラだと思っていたのだが……。


 その後食事を終えて寝支度を整え、不寝番はクンラートとマレイケに決まる。面倒だと言いながらも先にマレイケを寝かす辺り優しさはあるだろう。


 地面に横になって目を瞑ってはいたが、中々寝付けなかった。国境を越えるまでは度々野営はあったが、そこでも満足な睡眠は取れていなかったのもあり、あまりいいベッドで寝るのも考えものだな、と実家の天蓋付きベッドを思い出す。


 少しばかりクンラートに話し相手になってもらうか。と毛布を体に巻き付けてクンラートの隣に座った。


「なんだよ。どうした寝れねえのか?」

「旅をするのに実家のベッドを持って行きたいわ……」

「持って歩いてたまるかそんなもん」


 声量はお互い小さかったが、クンラートは話に乗ってくれるらしく笑いながら返事を返してくれた。


「ああ、母も連れて来れるなら連れてきたかったわ」

「元とはいえ女巫二人と旅なんざしたくないね」

「ねえ、クンラート」

「何だよ」

「どうして母は任期を全うせず国を出たの?」


 今まで誰も答えてくれなかった質問をクンラートに投げると黙り込んでしまった。


「何か理由があってなのでしょうけれど、クンラートは知っている?」

「……それは、…………神殿の恥部だ。俺が言えることじゃあない」

「神殿の恥部……やましいことが?」

「いや、何と言うか」

「女巫自身には伝えられていないことなのですよね? それは、不都合があると言うことよね」

「……」

「クンラート、答えて」

「……女巫は」

「クンラート、口を慎みなさい」

「マレイケ……」


 聞こえてきた声に後ろを振り向けば、マレイケが上体を起こしてクンラートを睨みつけていた。立ち上がるとマレイケは私の元へと近寄って立ち上がらせた。


「マレイケ?」

「……お許し、ください。我らを」


 目元を塞ぐように手を当てられた。目元が暖かくなったと思えば急な眠気が訪れ、意識が沈んでいった。意識を手放す前に呟いた。


 ……どうして誰も教えてはくれないの。


 胸が一瞬熱くなった。

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