第49話 私の家族

 必要なものの買い出しも終え、宿に帰り着き部屋で一時休息を取っていた。私とマレイケの部屋で四人で話をしていた。


「粗方揃ったとは思うが、他に必要そうなものはあるか? マレイケ」

「カワサキの蹄鉄の調整を出来る場所があるのならしたいです。少し歩き方がおかしい気がしました」

「そういえば、乗っていて違和感があったわ」

「年末にやってくれるとこはあるかねえ……」

「俺がやろう」

「ディーデリックが?」


 ディーデリックが名乗り出たが、何でも学園では馬術部に所属しており、策定や蹄鉄の調整を装蹄師に習ったのだそうだ。と言っても素人が本職の真似事をして上手くいくのか疑問ではあったが、現実、早く巳の地域へと向かうためにはなりふり構って居られないだろう。ここに年始まで滞在するのはあまりいい策では無い。


 ディーデリックが宿に道具が無いか聞いてくる。と部屋を出て行った。三人でディーデリックを見送った後、しばらく沈黙が流れた。


「……ディーデリックのやつ、マレイケはどう思う」

「今のところ懸念すべき点は無いかと」

「どういうことかしら」

「あいつが神殿とまだ繋がっている可能性だよ」


 クンラートはディーデリックが神殿に内通している可能性が多少なりあるだろう。と語った。私に忠誠を誓ったであろうマレイケとクンラートと違い、彼は確固とした目的を持っている訳ではない。


 確かに可能性はなくは無いのだろう。しかし彼がそんなことをするような人間にも思えなかった。


「ま、俺ら二人でしばらく監視するから、ユウキは気ままにしてな」


 俺は様子を見てくる。とクンラートは部屋を出て行った。マレイケは無言で私を見つめていたが、しばらくすると目を逸らす。


「わたくし少々眠ってもいいかしら。なんだか、久々に人の喧騒に混じったから疲れてしまったわ」

「ええ、お休みください。夕食時に起こします」

「お願いしますね」


 セーラー服を脱いで下着になり、ベッドに入る。倦怠感が多少あり、疲れが溜まっているらしかった。眠れそうだなと目を閉じた。

 霧の匂いが遠くにした。


 …………。


 鼻腔に霧の匂いが立ち込める。白んだ視界に三毛猫の姿が映り込む。


『随分と大胆不敵な女巫だこと。ヴェルヘルミナはおとなしい子だったけれど、やっぱりイリスの血を引く子なだけはあるね』

「ああ……お母様をご存知なのね……」


 寝ぼけ気味の頭で返事をして上体を起こした。いつもの霧に包まれた世界に、ちょこんと三毛猫が居るのは何故か安心感があった。


『初めての神託、年明けに発表する十二柱の発表だよ。引き継ぎの時も話したけれど、私が次の年の神だよ』

「それだけなのですか?」

『年明けに発表するだけ、初めての仕事なんだからこれくらいでいいんだよ。今は危機も訪れる気配はないからね』

「そうですか……」


 神託の仕事はヴェルヘルミナから聞いてはいたが、少しだけ拍子抜けする。まあ今は平和であると言うことなのだし、幸先がいいことと思っておくべきだろう。


『ねえ』

「はい?」

『アリシアのことを教えてちょうだいよ。皆に話を聞いてきてと言われているんだ』

「わたくしのこと、ですか」

『君が育った家はどんなおうち? 両親はどんな人だった? ああ、イリスのことはよく知っているから、父君について聞きたいな』

「そうですねえ……」


 父は厳格な人間ではあったが、私には時たま甘い顔をして甘やかしてくれることがあった。飴と鞭の使い方が上手いと言うか、子供の扱いに慣れていると言うか。父には歳の離れた弟、私にとっての叔父が居たが、叔父の相手をしていたから慣れていたのだろう。


 しかし叔父は、数年前病を患い、闘病の末亡くなった。叔父は私を猫可愛がりしてくれていた。私も当時はまだ十代になったばかりなのもあり、しばらく沈んでいた時期があった。叔父の寝ていたベッドで布団に包まりながら泣いていた時は、父は何も言わずに頭を撫でてくれたのを覚えていた。


『優しい父君なのだね』

「そうですね。優しい方です。まあ大人気ない時もありはしましたが』


 私がエンリケに稽古をつけてもらうようになった始めの時、父は真剣を持ち出して私を怯み上がらせた。後で聞いた話では、剣を持つことの恐ろしさを知れ。とのことだったが、未だ納得はいっていない。多少くらい手加減をしてほしいものだ。


『イリスは優しいだろう。あの子はお転婆ではあったが心根はいい子だった』

「母はどんな子供だったのですか?」

『君のように神殿を抜け出して、街へと遊びに行くような子だったよ。怒られたと泣きついてきたこともあった。君は街どころか、別の地域に行こうとしているけれど』

「ほほ、母譲りですので」


 私は母の全ては知らない。何故ガルシアへ嫁いだのかも聞けてはいないのだ。この十二年、母を知るいい機会なのかもしれない。


「母について聞いても構いませんか?」

『構わないよ。……ああ、そろそろ起きた方がいい。神託は告げたから、神殿に知らせなさい。イリスのことは、まだまだ話す時間は沢山あるから』


 遠くから私の名を呼ぶ声が聞こえた。霧が強く立ち込めて、次第に猫の姿が見えなくなってゆく。また会おう。と猫の声が最後に聞こえた。


 …………。


「ユウキ様。夕食の時間ですよ」

「……ああ、もうそんな時間……。マレイケ、神託を受けました」

「どのような」

「次に年の神は猫だと、お会いにいらっしゃいました。鳩便だったわね。手配を頼みます」

「承知しました。ディーデリックに頼んで来ますので、クンラートと共に食堂へ」

「カワサキはどうだったの」

「調整は可能だったそうですので、すでに手入れは済んでおります。さあ、服をお召しになってください」


 マレイケに言われた通り、セーラー服を着用して共に部屋を出た。隣の部屋に向かい、ディーデリックに遣いを頼み、ディーデリックを除く三人で食堂へと向かった。


 私は少しばかり頭がぼんやりとしたままだったので、牛乳を差し出されてちびちびと飲む。クンラートに食事の注文を頼んだ後、これから先、知らなかった母を知れることに少しばかり笑みが自然と浮かんだ。


 その後ディーデリックも合流して、神託は既に送ったとのことで四人で食事をし、私の様子を見て休んだ方がいい。と早めに就寝させられたのだった。

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