第46話 今後の方針
夜通し歩き続け、馬上でうとうととしていると、あの街が宿場町だとディーデリックが声を上げた。
「ユウキ様、大丈夫ですか?」
「ええ、少し眠いだけよマレイケ。距離は稼げたかしらね」
「探すにしても大々的に探されやしませんよ。女巫が失踪だなんて、前代未聞だ」
クンラートの言葉のそれもそうだな。と納得する。女巫と言う立場の他に、私は誘拐された身の上なのだ。ガルシアに悟られれば大問題に発展するのは目に見えている。それを加味して大っぴらに探される可能性は薄かった。
宿場町へと入ると、クンラートが宿を確保してくると言い街の喧騒の中へと混ざって行った。小腹が空いたなと思いつつ馬から降りる。マレイケに腹は空いては居ないかと聞かれ正直に答えると、ディーデリックの案内で屋台が立ち並ぶ一角へと案内された。
「クンラート戻ってきて迷わないかしら」
「彼は獣人ですから、私共の匂いを追うくらい訳ないでしょう。それに彼も腹は減っていると思います。こちらへそのうち来るでしょう」
軽食を買って三人で立ち食いしているとクンラートが駆けてくるのが見えた。宿は確保出来たそうで、マレイケがクンラートへ軽食を渡しながらどの宿かと聞いていた。
「厩もあるし、カワサキも休めさせられるだろう。食べ終わり次第行きましょうアリ……ユウキ様」
「ええ。まず腹を満たしてからね」
そういえば路銀は幾ら持ってきたのかと聞くと、大層くすねて来たそうでしばらくは心配は無いらしい。しかし尽きれば困窮することになるだろうし、工面の方法を考えようと宿で話し合うことになる。
四人で軽食を食べ終え、宿へと向かう。厩へカワサキを連れてゆくのをディーデリックに任せて先に宿へと入る。
ふた部屋取れたそうで、私はマレイケと同室になる。戻ってきたディーデリックを加え、私たちの部屋で四人揃いひと息吐いた。
「はあ〜、俺の出世街道も途絶えたなあ」
「あなた出世欲あったの?」
「そらありますわな。神殿の守衛から女巫様の護衛に抜擢なんて、役目を終えれば上でぐうたら出来たのに、アリシア様は残酷だあ」
「あらごめんなさいね? ふふ、まあここに居るヒト全てわたくしの手によって利用された身でしょう。弁明くらい聞き入れてくださるわ」
「だといいっすけど」
クンラートは尻尾を壁に叩きつけながらぶすくれている。一方マレイケとディーデリックはすんと冷静なままである。
「今後どうなさるおつもりなのですか? 多少金はあってもそのうち首が回らなくなってもおかしくはありませんよ」
「ここに居る人間、皆腕に覚えはあるでしょう?」
「……と、言いますと」
「冒険者、やってみない?」
にっこりと微笑むと、クンラートがゲェッ! と声を上げる。
「平穏を求めて神殿の守衛になったってのに、冒険者やれっつーんですか!?」
「あなた、腕はあっても臆病者なのでしょう? 実力はあるのだから見せてもらいたいわ。わたくしとの手合わせでも手を抜いていた時もあったでしょう」
「俺はまあなんとかなるとして、他二人は!?」
「俺は学園で開催される闘技会で推薦される程度だ。あと魔法も多少ならば」
「学園なんぞ甘っちょろい場所で推薦された程度じゃねえ」
「マレイケは?」
「……多少の護身術と、治癒魔法が使えます」
「じゃ、大丈夫ね」
「どこが大丈夫なんですかアリシア様!」
クンラートは今まで随分と猫かぶっていたらしくずけずけと物言いしてくるようになった。まあいい傾向と見ておこう。溜め込まれて爆発されるよりはマシだ。
「わたくしは剣術と魔法が使えますが、バランス的にはいいパーティになるのではなくって?」
「確かにあなた様の実力は知っていますが、学園育ちのお坊ちゃんと侍女を抱える俺の身にもなってください!」
「それに精霊のエーヴァ様もいらっしゃるわ。駆け出しの冒険者としては実力的に見て相応に見えると思うけれど」
「あー、見えないことはないですよ。ないですけどね……」
「じゃ、冒険者やりますわよ〜!」
「話聞いてください!」
そうと決まれば、明日にでも冒険者ギルドへと行こう。とクンラートを除くメンツで決める。クンラートはきゃんきゃんと鳴いているが、正直私が絶対的な権限を持っているので逆らうことは出来ない。ここで愛想を尽かして神殿へと戻ることもクンラートには可能だろう。彼がどう行動するかは逐一見ておくべきだ。
「アリシア様、気になったことが」
「何かしら? マレイケ」
「ユウキ、とは、どなたかのお名前なのでしょうか」
前世での名前から取ったそれを聞かれ、そうねえ。と目を細めた。
「遠い昔に出会った友人ね。どこにいるかは定かではないけれど、どこか近くに居るかもしれないわ」
「……そうですか」
「マレイケやディーデリックは冒険者になるのは反対かしら?」
マレイケとディーデリックは顔を見合わせ、少し考え込んでから私の顔を見ると、不満はないとのことだ。
「十二年をこの国で過ごすのならば、冒険者という立場は案外いいものだと思われます。関所での手続きや、立ち入りを禁じられている地もあります。証さえあれば警戒を解くことも可能となるでしょう。下手に根無草のまま放浪しても怪しまれる可能性の方が大きいです」
「俺は冒険者には興味はあったから、やってもいい」
「俺はよかないっすよ〜!」
クンラートは両手を広げて抗議をしている。まあひと言くらい言って釘でも刺しておくか。と口を開く。
「クンラート、別にあなたは神殿へと戻ってもよいのですよ?」
「え」
「でも、戻ってきたあなたを見て神殿の人間はなんと思うでしょうね? わたくしの護衛という立場を放棄してひとり戻って、陰で何を言われるやら。出世なんて夢のまた夢の下っ端守衛に戻りたい?」
「うう」
「陰口を言われるくらいで済めば、よいですけれどねえ?」
クンラートは俯くとふるふると震えている。耳を忙しなく動かした後、ば、と顔を上げて叫んだ。
「わーかりましたよ! お守りしますよ! なんなんだよこの女巫は!」
「クンラート、アリシア様に失礼な言葉を聞かないでください」
「マレイケよお〜、これからは女巫様は同じ立場になるんだぜ。冒険者なんだからあ」
「ええ、気を抜いた話し方で構いませんよ。そちらに慣れていただいた方がいいもの」
「……善処します」
無表情でそう言ったマレイケに思わずくすくすと笑いが漏れた。
「エーヴァ様もお聞きになっていましたでしょう? よろしくお願いしますね」
『はいはい。任されたよ』
エーヴァは声のみでそう答え、とりあえず、明日冒険者ギルドへ! とエーヴァを含めた五人で決めて休息を取ることとなった。
私は神事で寝るためにあまり前日寝ていなかったのもあり眠気が強い。クンラートとディーデリックが出て行ったのを確認した後ベッドに体を倒した。木目の天井を見ながら、そういえば、と再び起き上がってセーラー服の中の首元に手を向かわせる。
「マレイケ、これを持っていて」
「これは……神殿に保管されていた宝石、ですね」
「神事に使うためのものだそうだけれど、路銀の足しにして。結構な額にはなるでしょう」
大ぶりの宝石が装飾された首飾りに金の腕輪。預かっておきます。とマレイケが持ってきていたであろうバックパックから皮袋を出して仕舞った。
再び体を倒して、くふふ、と笑ってみた。
「冒険者だなんて夢のようだわ」
「……あなたは本来の立場だったら、不可能な職でしょうしね」
「そうなの。そうなのよマレイケ。誰かと旅をする。その土地の風を感じて味を感じて、戦って、そうして、そうして……」
眠気が襲ってきて尻すぼみになってゆく。そうして、私だけのあなたと旅を……。呟くように言ったのち意識が沈んでゆく。おやすみなさい。と優しい声が最後に聞こえた。
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