第45話 宴にゃ馬鹿騒ぎ
霧の匂いが立ち込める夢の中、私はヴェルヘルミナと向かい合って立っていた。夢の中でエーヴァや鼠以外と出会うのは初めてだった。目の前のヴェルヘルミナは祝詞を言祝ぐ。
「天にまします我らは神よ。今この時をもって、女巫、ヴェルヘルミナより、新たなる女巫に神託を託します。名をアリシア・ローズレッド。太陽と星に愛された女。どうか我らに智慧をお貸しください」
「名をアリシア・ローズレッド。この時より神々の僕として声を聞き、イリアドネスの統べるこの土地を守らん」
さあ、と霧が晴れてゆく。そこに居たのは、周りを取り囲むように十二柱の神々の姿。一歩足を踏み出したのは、猫の姿をした神だった。
『その言葉、聞き入れよう。次期の年の神とし、新たなる女巫へ神託を授けよう。イリアドネスの加護があらんことを』
ふわ、と私の体を光の粒が包んだ。さあ、目覚めなさい。その言葉と共に意識が遠くなった。
…………。
目を開けると、神事を執り行う部屋に私は寝ていた。隣に目を向ければヴェルヘルミナが共に寝転んでいる。体を起こし、儀式は完了したのだろうと猫の神を思い出した。
ヴェルヘルミナが起き上がり、お疲れ様でした。と告げた。
「これにて交代の儀は完了となります。次の年の神は猫の神のようですね」
「そのようですね。ふあ、……神事で眠るために夜更かししましたが、まだ眠いですわね」
「これから宴が始まりますから、もう少し辛抱ください」
「ええ、分かっておりますよ」
ヴェルヘルミナと共に部屋を出ると、メルケルとそれぞれの従者が待っていた。
「無事完了したようですね。ヴェルヘルミナ、十二年、お疲れ様でした」
「ありがとうございます。メルケル」
「アリシア様。色直しをしてから宴に移ります。侍女を用意してありますので別室へどうぞ」
「ええ、分かりました」
お色直しだなんて、結婚式のようだなと思いつつ、マレイケとクンラートと共に別室へと向かった。
侍女に衣装を剥ぎ取られ着替えさせられた頃には疲労困憊であったが、私はこれからこの神殿を抜け出すのだ。今からへばっていては話にならない。
宴の会場へと連れてゆかれ、マレイケとクンラートを下がらせ計画の実行に移ってもらう。この場に従者が居なくなって気にするものは居なかった。
上座に座らされ、食事の前にメルケルの長ったらしい話を聞き終え、食事を始める。来賓が挨拶に来ることもあり大して食べ進められなかったが、花を摘みにと席を外して外に出る。
前もって決めてあった木陰には、ディーデリックとカワサキが居た。
「本当にここを出るのか?」
「もう決めましたもの。マレイケとクンラートは用意は出来ているかしら」
「あの二人は既に馬車に乗せてある。君にカワサキを預け次第、馬車に向かう。宴会場以外の警備は手薄だし、突破は可能なはずだ」
「ふふ、ありがとう。ディーデリック」
「俺は行く。もうしばらく経ってからカワサキに乗るんだぞ」
「分かっておりますよ。それでは後ほど」
ディーデリックを見送り、カワサキを撫ぜてやる。色直しの衣装は動きにくいことこの上なかったが、この衣装ともすぐに別れられることだろう。
しばらく時間を潰して、カワサキに乗り込む。そうしてカワサキを小走りで駆けさせ、宴会場の前で止まる。
「カワサキ、頼んだわね」
カワサキの腹を思い切り蹴って駆け出す。ばりばりばきばきと音を立てて戸を破壊し、宴会場にカワサキで突っ込んだ。悲鳴が方々から上がり、会場の真ん中で馬上から声を張り上げた。カワサキをいななかせ、落ち着かせてから声を張る。
「皆さま! わたくしアリシア・ローズレッドは今日を持ちまして神殿を離れることといたします! わたくしの身はガルシアからの誘拐された身の上。大人しく神殿に従い時間を無為に過ごす気はございません! 女巫としての役目を全うする代わりに、自由をお許しくださいませ! 神託はヒティリアの中で行い、知らせを必ずやお伝えしましょう!」
「女巫様!?」
「あっははっはは!!! それでは皆々様方、ごきげんよう!!!」
カワサキで宴会場から飛び出し跳躍する。正門へと向かい駆け抜け、正門を抜ける。守衛はいたが戸惑いの声を上げ、追っては来なかった。前方に馬車が見えた。マレイケとクンラートが乗り、ディーデリックが御者を務めているはずだ。馬車の横に並び立つ。
「エーヴァ様、姿くらましをお願いします!」
『任されたあ!』
エーヴァの力で私と馬車の周りに幕が覆われた。これで追手を気にする必要は無くなった。街へと入り、馬車とカワサキで郊外まで移動して、四人と精霊ひとりで無事かどうかの確認をする。
「特に怪我もなく出てこれましたなあ」
「馬車はここで乗り捨てましょう。必要なものは用意しましたし、少々カワサキに積みましょう。……アリシア様、どちらへ向かうのですか」
「巳の地域よ」
「巳、ですか」
「ええ、あなたが行ってみたいって言っていたから」
「私め、ですか」
「一緒に行きましょう。神殿なんてあんなところに十二年もだなんてゲロ吐くわよ」
「……ふ、は、あはは」
「何を笑っているのよ。マレイケ」
心底おかしそうに笑うマレイケ。こんなに笑っているのは初めて見た。
「あなた様は本当に、自由な方です。私を、連れ出してくれるのですね」
「だってあなたはわたくしだけの従者なのだもの。当然ではなくって?」
「ふは……なんだか、あなた様と居ると、退屈しないものですね」
「お褒めの言葉と受け取っておきましょう。それに、わたくしワルを目指しておりますもの。これくらいでへばらないで着いてくるのよ? マレイケ」
「ええ、承知しました」
クンラートがカワサキに荷物を積みながらマレイケを呼んだ。マレイケは離れていったが、代わりにディーデリックが近くに来た。
「俺、精霊避けの体質だなんて知らなかったんだけれど、魔法具があれば精霊様はお力を使えたんだな」
「その魔法具、手放さずに持っておくのよ」
「ああ、そうする。……これから夜通しカワサキに乗ってもらうが眠くはないか?」
「気分が上がっているから眠気はどこかへ行ったわね」
「それならいい。なるべく距離を稼ごう。巳までは宿場町は何ヶ所かある。姿くらましで見つかることはないだろうが、朝か昼辺りに着けるはずだ」
「下調べご苦労様。ちょっとクンラート。あなた荷物乗せるの下手ですわね。わたくしに貸しなさいよ」
「女巫様、すんません……」
「これからは偽名を使いましょうか。ユウキがいいわ」
ユウキは前世での名だった。特に思い入れがあるわけでもなかったが、咄嗟に反応できる名前がいいだろうとそう決めた。
ひらひらとした衣装からセーラー服へと着替えてから、まだ朝日も遠い中、四人で巳の地域へと向かうために歩き出した。
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