第44話 もうすぐそこに冬の匂い
引き継ぎの儀式が迫ってきた。
もう冬になろうかと言う季節。そろそろマレイケとクンラートに話しておくべきだろう。二人を自室に呼び、座らせるとマレイケは訝しげな顔、クンラートは不思議そうな顔をしていた。
「今日は折りいってあなた方に話しておきたいことがあります」
「何でしょうか、次代様」
「……あまり聞きたくはないのですが」
「おいマレイケ!」
「はあ、……お話ください」
マレイケがため息を吐きながらもそう告げ、私は話出す。
「わたくし、引き継ぎが終わり次第神殿から出ようと思っておりまして」
「……は?」
「はあ……そんなことだろうと思っておりました」
「いやいや、マレイケ何納得してんだよ! どういうことですか次代様!」
マレイケは察していたようだがクンラートは意味を理解出来ていないらしく私に説明を求めた。笑みを乗せながら説明をしてやる。
「わたくし、拐われて来た身の上なのはご存じですよね。クンラート」
「そ、それはまあ」
「そして、そんな神殿に十二年も拘束される謂れも無いわけです。そも、ヒティリア国内ならばどこでも神託を受け取ることは可能だと今代様も申しておりました。ならばどこに居ようがわたくしの勝手だという訳です。神託さえ伝えられればどこぞへ消えようと、ね」
「し、しかし次代様! そのような前例は今まで」
「無かった訳では無いのですよ。クンラート」
「え」
今代のヴェルヘルミナから以前諸事情から神殿外で神託を受け取っていた女巫が居たことは聞き出していた。前例があるのだから可能ではあろうとクンラートに説いたが、クンラートも食い下がる。
「前例があろうと前代未聞です! 自分は納得出来ません」
「あなたは自分が可愛いだけでしょう?」
「え……?」
「あなたは守衛の中でも名誉職である女巫の護衛に着いた。役目を終えた後、あなたはきっと上に登ってゆくでしょうねえ。けれどわたくしにはそんなこと関係ありませんの。拐われた挙句軟禁状態になるのですよ? 可哀想だと思いませんか?」
「そっ、それは」
「あなた方は、私の僕でしかないのよ。右を向けと言えばそれに従ってもらいます。だって、罪を償うならそれが当たり前ではなくって?」
笑みを乗せながらクンラートを見る。気まずそうな顔で私を見つめ、しばらく睨み合っていると、はあ。とため息を吐いた。
「じゃじゃ馬くらいならまだ可愛げはあったが、悪女とまでは俺は聞いてねえぞマレイケ」
「私に言わないでください」
「あーもう! 分かったよ! わかりました! 従いますよ!」
「まあ一応口止めとして脅しておきますが、破ったのならば三日三晩鍛錬に付き合っていただきますね?」
「はー、おっかな」
クンラートは私への態度が一気に雑になっている。これが彼の素なのだろう。変に畏まられるよりはよっぽどやりやすい。
「後ひとり共に抜け出す者がおりますが、まあそれは追々」
「ディーデリックですか」
「誰だそいつ」
「ふふ、まあいいじゃない。手引きしてくれるついでに彼を連れてゆきます」
「しかし次代様、我々だけではすぐに追いつかれるかと……」
「精霊様のお力をお借りしますから、恐らく大丈夫です」
「精霊、ですか」
腰に刺していた精霊の剣を抜く。煌めく刃が光ったと思うと、エーヴァが姿を現した。
『俺っちが協力してやることになってんのさ』
「そ、その剣、精霊が付与されていたのですか!? 自分はてっきりただのお飾りかと……」
『おいおい、そりゃ酷えな。これでも結構高位の精霊なんだぜ。姿くらましくらい簡単さあ』
「姿くらまし……以前用意した人避けと共にお使いに?」
「そう言うこと。ああ、そうそう。精霊避けを遮断する魔法具は手に入った? ディーデリックは精霊避けの性質持ちだから、それが無いと姿くらましが使えないの」
「用意いたしました。ディーデリックに渡しておきますか?」
「お願いするわ」
どっこいせえ。とあぐらをかいて座ったエーヴァに、クンラートはびくりと跳ねた。
『そう怖がんないでちょうだいよ。猫ちゃん』
「じ、自分は猫では」
『ん、まあいいや。で、脱出するのは夜にすんだよな。宴の真っ最中だろうけど警備は薄くなんのかい? 猫ちゃん』
「宴中は来賓が多く集まるので、警備はそこへ集中するかと……、しかしどう抜け出すおつもりなのですか、次代様」
クンラートの問いに、にんまりと笑いながら計画を告げる。
「それは、その、大胆ですね」
「呆れて何も言えません」
「ま、本番でどうなるかはわかりませんけれど、ご協力願うわね? 皆さま方?」
マレイケとクンラートは呆れ顔。エーヴァはにまにまと笑っている。ディーデリックにも話しておかねばならないが、下働きの身故神殿内のあちこちで見かける。マレイケに伝えるように頼み、クンラートとマレイケを下がらせてエーヴァと二人きりになった。
『君は本当に面白いなあ』
「お褒めの言葉と受け取っておきますわ」
寝台に腰掛けてエーヴァを見据える。エーヴァは。私の方に体を向けると、君は本当にいいのか。と問われた。
「何がでしょう」
『神殿を抜け出して十二年ヒティリアで過ごすつもりだろうが、ガルシアへと帰ることだって可能だろう。わざわざヒティリアに残ることはない』
「そうですね。しかし、役目を放棄すれば、それはそれで国同士険悪になる可能性もあり得ますから」
『ふうん。自分より国を取るんだ。十二年経って、帰っても自分の居場所が無くなっていたよしても?』
「ええ、そうです」
『……君って本質的にはお人好しだよな』
「ふふ、何とでも」
少し休みます。と告げるとエーヴァは光の粒となって消えた。寝台で横になり、計画が成功したのならば、あそこへ行こうと決めた。目を閉じると霧の匂いはしなかった。
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