第42話 意味を見出せるのは自分だけ
「汝を我の守り手とすること、受けるか」
「謹んで拝命したします」
クンラートの頭に榊の葉を当てて水を払うように振る。目の前に掲げて礼をしたのち、儀式は完了となる。
ヴェルヘルミナから教わった従者拝命の儀式。簡略化したものだそうで、この場にいるのはヴェルヘルミナと従者。メルケルや他数名の神官だった。
儀式完了後、会食に移り精進料理を振る舞われそれを口にして、なんだか実家の料理が恋しくなってきてしまった。会食が終わり、支度した部屋へと戻れば、戸を閉めたのちにマレイケからお疲れ様でした。と告げられた。
「従者を命じるだけで皆さまと会食だなんて、面倒ねえ。そもそもマレイケには無かったじゃない」
「私めは女ですから」
「女だから儀式がないの? どうかしているわね」
まあ従者と言ってもマレイケは私の身の回りの世話を担当する女性だし、守護を司るクンラートとは立場が違うのかもしれない。そのクンラートもどれほど役立つものなのか今は計りかねるが。
「もうあと二ヶ月もすれば、引き継ぎの儀式が待っています。少々面倒と思われるものも増えてきますから、お覚悟を」
「はあ〜、そうね。確かに面倒だわ」
もう二ヶ月すれば年が変わる。もう今は秋、冬もそのうちやってくるだろう。ヒティリアでは雪が降るのはガルシアに近い北の方のみらしく、冬になると日々雪かきが待っていた前世や、実家の使用人たちを思い出す。雪遊びなんて長らくやっていなかったな。と幼い頃エルマと雪だるまを作っていたことも思い出した。
エルマは国を離れるのが難しい身、そうして私もヒティリアから出るのは困難だ。会えるとしても、女巫の役目を終えた時。国に戻れたとしても既に私の席は無いかもしれない。
まあ、それが本当は当たり前だったのだし、気負うこともないか。と椅子に座って息を吐いた。
「お茶でもどうですか」
「いただくわ」
マレイケが火鉢の上で湯気を上げている鉄瓶から急須にお湯を移し、しばらく置いているのを目にして、マレイケに問いを向けてみる。
「マレイケはもし旅行に行けるのならば、どこに行ってみたい?」
「旅行、ですか。役目を終えるまではどこにも行けませんよ」
「慰霊で遠方へ出向く機会くらいはあるのでしょう? 自由は効かないだろうけれど。で、どこか行きたいところは無いの?」
「……巳の地方へと行ってみたいです」
巳の地方は南に位置する。大きな港町があり漁業が盛んらしい。私は今世に生まれてからは海に行ったことがないのもあり、いいわね。と呟いた。
「巳の地方。わたくしも行ってみたいわね。泳いだり、釣りをしたり」
「……役目を終えたのならば、共に参りましょうか」
共に、との言葉に意外に思った。マレイケにとって私は既に共に居てもいい存在になっているらしい。ふうん、利用しない手は無いわね。と内心ほくそ笑んだ。
「それまで待てるかしらね。わたくし」
「待っていただかねば困りますよ」
「ふふ……そうね」
クンラートも今後は私と共にあることが多くなるだろう。この先二ヶ月でどう懐柔すべきか。と考えていると湯呑みを差し出されて受け取った。
「マレイケの淹れるお茶は美味しいわね」
「茶葉がいいだけです」
「クンラートは今後はわたくしに付くことが多くなるのよね。色々知りたいわね」
「そうですね。同じ従者ですし、私めも色々と知りたいことがあります」
私の知りたいは利用すると言う理由から、マレイケは共に従者になる身としての関係性を抑えたいから、ひとつの言葉で意味が真逆だ。
巳の地方、そのうち調べてみるか。と考えながら茶を飲む。ちょうどいい温度で熱すぎなく飲みやすい。一服したのちに礼装から普段着のセーラー服へと着替えた。結っていた長い髪も解き圧迫感も無くなってひと息吐く。自室へ帰ろうか。とマレイケと部屋の外へと出ると、白の正装に身を包んだクンラートが立っていた。
「あら、クンラートどうしたの?」
「は、護衛ですので、部屋の外で待機を」
その言葉に、神殿内では自由にしていてもいい。と力無く手を振って辞去を求めた。
「しかし……」
「あなたが今後わたくしに付くのは分かりますが、力を抜くのも考えねばなりませんよ。神殿内ではそう危険も無いでしょう。……そうね。何かしなければならないと言うのならば、今後わたくしにあなたのことを教えて頂戴」
「それはよろしいですが」
「マレイケもあなたとは良好な関係を築きたいと言っていたわ。双方仲違いなんてして欲しくは無いし、少しずつ、三人で知っていきましょう」
は! と胸に片手を当てて声を上げたクンラートに、さてはて、今後二ヶ月でどう懐柔してやろうかと考えた。
「今日は疲れたし、明日、わたくしの自室に来てください。そこで話を始めましょう」
「かしこまりました」
「ではわたくしは戻ります。マレイケ参りましょう」
マレイケと共にクンラートに別れを告げて自室を目指す。
「クンラート、何の獣人か知っている?」
「サーバルキャットというネコ科の獣人だと以前聞きました」
「ネコちゃんは気まぐれだし、女癖も悪い。ふふ、本当に懐くかしらね?」
「……さあ、どうでしょうか」
自室に帰り着いて、今日はもう寝てしまおうかと考える。マレイケに寝ると告げて着替えをし寝台へと上がる。マレイケが下がった後、部屋の明かりを消して布団に潜り込んだ。ガルシアほどでは無いが夜も冷えるようになってきた。足を動かしながらもぞもぞとしていると、障子戸に人の影が映り込んだ。
誰だろうかと思っていると、知っている声が聞こえてきた。ディーデリックのものだった。
寝台から降りて障子戸の前で何か用かと問う。
「……君、以前人避けの魔法具をどこからか入手したらしいな」
「……あら、どこから漏れたのかしら」
「同じ下働きの者が入手したものだ。口封じか知らないが金を握らされたと言っていた」
これは部屋に招き入れて話をすべきか。と考える。戸を開けると月明かりに照らされたディーデリックの姿。入ったらどうだと言ったが、ここでいいとのことだ。
「何をするつもりかは、大体予想はつく。ここを抜ける気なのだろう」
「……何かわたくしを脅すのには理由があるのかしら?」
「ここを抜けるのならば、共に連れて行ってほしい」
「あら、あなたは父母に従順だと思っていたけれど、案外そうでもないのかしら」
「……ここは俺にとって知らぬ世界だ。しかし、もっと外を見てみたい。生きてもいい理由を、見つけたい」
「自殺願望でもあるのかしら」
「死ぬように生きたくないだけだ」
月明かりに照らされた薄藤色の君。確かに美しいと思える青年だろう。ここで、神官となる道もあるだろう。平和に死を迎えることが出来る。ここにいる限り、彼は私を拐った罪人では無くなる。それを自ら捨てると言うのだ。
それほどまでに生きる意味を得たいと言うのか。……分からない理由ではない。人間生きる意味なぞ本来存在し得ないものだ。各々がなんとかその意味を見出し生きねばならない。ディーデリックはそれをまだ持っていないのだろう。それは私としても同じようなものだった。ただ死にたくはないからと足掻いていただけに過ぎない。
いいでしょう。とディーデリックに告げる。
「ただし、出る時はそれ相応の働きを期待しますよ」
「分かっている」
「ふふ……そのうち、計画でも練りましょう。あと二人巻き込みますからね」
後日、また部屋を訪ねなさい。と言うとディーデリックはおやすみと言い去って行った。今更抜け出す計画にひとりふたり増えたところで構いはしない。戸を閉めて寝台に上がって目を瞑る。
微かに霧の匂いがした。
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