第41話 もうひとりの従者
「おーっほっほっほ! おどきになりまして〜!」
神殿敷地内をカワサキでの爆走を始めはや数週間。最初は戸惑っていた神官たちも徐々に慣れてきたのか驚くこともなく隅に避けるようになった。
「あー、暇だわ〜。ここ何にもなんですもの。鍛錬と走る以外に娯楽がありませんのよね〜」
女巫についての勉強は為になることもあったが、それでもやることがなさ過ぎる気がする。また鍛錬場に出向いて守衛たちをぼこぼこにしてやろうかと考えていると、薄藤色の髪の人物が見えた。減速しながら背を追うと、振り返った顔は見知ったものだった。
「あら、ディーデリック。来ていたのね」
「ああ、アリシアか」
遅れて合流するとのことで随分前に別れたディーデリックの姿があった。下働き用の白い服に身を包んでおり、どれほど前に着いたのかとカワサキから降りて尋ねる。
「一週間前に着いた」
「あらそうなの? 挨拶もないだなんて薄情ね」
「君、いつ部屋を訪ねても留守なんだ。雑用の合間に探し歩いていたけれど……その分だと随分と元気そうだな」
「ええ、お陰様でね」
「……雑草みたいだな」
失礼な言葉を投げかけられるが、まあ確かに適応具合で言えば雑草と大差ないかもしれない。どこでだって生きていける方が素敵でしょう? と笑みを浮かべると、ディーデリックも少し笑みを乗せた。
「まあ元気そうで安心した。君父母たちと共にいた時はナリを顰めていたんだな」
「ふふ、あなた方を思って故ですよ」
「どうだか」
肩を竦めて呆れ気味のディーデリックだったが、そういえば、と話を変える。
「今代の女巫に迷惑かけてないだろうな」
「迷惑だなんて失礼ね。素直に教えを乞うていますよ」
「君が大人しく教えを乞うようにも思えないんだが。付き人も今居ないしな」
「マレイケは馬に乗ると酔うらしいから留守番してるわ」
「君の馬の扱い、かなり暴走してるもんな。学園でもそうだった」
私の爆走登校を見かけたことがあるらしい。やだわ恥ずかしい。と頬に手を当てると更に呆れている。
「顔見れたから安心したよ。噂でも流れてきたけれど次代様はじゃじゃ馬だって言われているから、もう少し淑やかにした方がいいんじゃないか」
「ただ淑やかにしていたところでどこかで爆発してもいいのならするけれど」
「……今のままが良さそうだな」
何を想像したかはわからないが、苦虫を噛んだような顔になる。
「顔見れてよかったよ。じゃ、俺は仕事あるから」
「ええ、ごきげんよう」
カワサキに乗り込んでディーデリックと別れる。……次代権限でディーデリックに鍛錬を頼んでみてもいいかもな。利用できるものは利用しなくてはね。とカワサキで離れながら厩舎に向かった。
すると厩舎の前にマレイケの姿があった。何か用があったらしくそろそろ帰ってくるだろうとなっていたそうだ。厩務員にカワサキを預けて話を聞く。
「もうひとり、私めの他に従者が付くこととなります。護衛の役目を担う者です」
「顔合わせをしろってこと? 構わないけれど急ね」
「元々従者は二人付くのが習いですので、前々から決まっていたことではあります」
「ふうん。そ、じゃあ連れて行ってくれる?」
「行きましょう」
マレイケの先導について行き、たどり着いたのは鍛錬場だった。守衛の中から選ばれるらしく既に顔は知っているだろうと言われる。鍛錬中の守衛の中からマレイケがひとりに声をかけた。
「クンラート」
「マレイケ、と次代様」
「あら、あなたなの? 二人目の従者って」
クンラートと呼ばれたのは、サーバルキャットを彷彿とさせる大きな耳を持った獣人の男性だ。手合わせをしていて思ったのは瞬発力が他の守衛よりも秀でており、咄嗟の判断に強いと感じたことだった。
護衛と言うのならば取捨の判断力は必要だろう。私以外の他を切り捨てるか、他をも守るか。その点で言えば適任ではある。
「正式な着任は後日となります。一応知った顔ではありますが顔合わせをと」
「クンラート、期待していますね」
「は。このクンラート、次代様の剣と盾になれるよう務めさせていただきたく存じます」
クンラートの黄色い猫目を見ていると、実家の庭に住み着いていた猫を思い出す。そう言えばあの子お腹大きかったわよね〜。子猫無事に産まれたかしら。と呑気に意識を飛ばした。
「……次代様、今後ともこのクンラートに手合いの相手になってくださいませ」
「ええ、もちろん」
意識を戻してにこりと笑みを乗せた。周りの守衛たちは今日も暴れるのだろうか。と恐々としていたが、今日はこれにて失礼しますね。と告げると露骨にほっとしていた。まあ馴染んで来られていると言う証左だろう。気にせず鍛錬場を後にした。
並び立ってマレイケと歩いていると、クンラートは。とマレイケが話し出す。
「クンラートは女遊びが激しい人物ですので、少々気をつけてください」
「主に手を出すような者は付けないでしょう。上だって」
「それはどうでしょうか。あまり信用なさらない方がよろしいです」
「……あなたって、たまにヤマアラシみたいな時があるわよね」
気を許しているように思えて、心の底では許していない。むしろ敵対心すら持っている時があるように以前から感じていた。思うところはあったのか無言が返ってきたが、まあマレイケの信用を得られている人間にはまだなれては居ないと言うことか。
主人にくらい心の底を見せてほしいものだが、距離を保つのも人付き合いの上では大切なことなのかもしれない。私のように誰彼構わず巻き込むよりも、ある程度線引きしているマレイケの方が生きるのには向いているだろう。
全てに疑念を持って生きると言うのは長所でもある。私の代わりにマレイケが警戒してくれるのは正直ありがたいことだろう。
「マレイケ、クンラートの女遊びの話、何か噂でもあるの?」
「……あなた様に聞かせるようなものではありませんので」
相当えぐい女遊びでもなければ別に従者が何をしようがどうでもいい。しかししつこく聞くと、複数の女性と関係を持っているとか、どこぞで子供がいるらしいだとかの話をしてくれた。
女は閨では口が軽くなるだろう。情報収集などに今後役立つこともあるかもしれない。私の計画が成功すれば、の話ではあるが。
「ふふ、役立つヒトだといいわね。クンラート」
「……何を考えていらっしゃるのですか」
「あなたにはまだ言うべきことでは無いわね」
その時は来たのならば、お話しましょう。そう告げると深くは聞いては来なかった。言えば反対されるのは目に見えているし、今の自分を信用させるのに力を入れるべきだ。
自室に帰り着き、ちゃぶ台を前に座って頬杖を付く。マレイケは茶を入れてくると出て行った。
私の計画とは、女巫の地位に着いた直後に姿をくらませることだ。今代の女巫、ヴェルヘルミナの話では、地方に慰霊などで出向いた際にも神託の夢は見るとのことだった。ヒティリア国内であれば、どこで十二年を過ごそうが関係なぞない証左だろう。ここに大人しく留まる理由なんざ私には無い。
そも、拉致されて来た身なのだ。姿を消したところで大っぴらに探されるとも思わなかった。この見目は珍しいが、姿眩ませの魔法は存在し、それを付与された魔道具は既に入手済みだ。マレイケの手によって。
マレイケは気が付いているのではないだろうか。気が付いている上で私には何も言ってこないのか、はたまた上に報告しているかは分からないが、周りの反応からその線は薄く感じた。
私に情が湧いているのならば、それを利用しない手はない。
「ふふ、楽しみだこと」
ひとり呟き、鼻歌なんて歌っていると、茶を入れてきたマレイケに何を笑っているのかと問われるのだった。今はまだ、あなたには言えないけれど、私だけの従者さん。あなたに期待していますよ。
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