第40話 国産バイクと言えば
夏が過ぎ去り秋がやってきた。少しずつ過ごしやすい季節に移り変わり、セーラー服も長袖に変わる。今代の女巫、ヴェルヘルミナに教えを受けながら、日常となった変わらぬ日々を過ごしていた。
ガルシアに送った手紙の返事は、早急に私を返すようにとのことだったそうだ。だがヒティリアはそれを無視し、私は未だ神殿へと住まっている。ヴェルヘルミナへ稽古の休憩時間、ふと、聞きたいことがあると言われた。
「そちらに首飾り、どなたからかいただいたものでしょうか?」
「ええ、その、許嫁に」
「そうでしたか……」
「何かありまして?」
いえ、とヴェルヘルミナが俯きながら言い淀むが、顔を上げると隣に座る私の顔を見て、あなたはやはり帰るべきなのではないか。と告げられた。
「帰れるのならばとっくにとうに帰っているでしょうけれど……まあ無理かと」
「……申し訳、ありません。私がもっと力があればよかったのですが」
「この首飾りがどうかしましたの?」
「……とても、温かい、優しい魔法がかけられていたので」
「優しい魔法?」
ヴェルヘルミナが言うには、エルマからもらったこの首飾りには、害あるものから護る以外にも付与魔法があるらしい。それはなんだと聞けば、持ち主に幸福が訪れるようにとの願いだそうだ。魔法というよりも願望に近いらしく、ほんの小さな効果ではあるらしい。
「きっと許嫁の方は、本当に次代様を好いていらっしゃったんでしょうね」
「……そう、なのね」
エルマに会えなくなって久しいものだ。空を見上げると秋空が広がっている。蜻蛉もそこらに飛んで、時が過ぎるのは早い。
「次代様、私やっぱり、あなたは帰るべきだと思うのです。……私は結局、操り人形のようなものだから、力が及ばないけれど。その首飾りに込められた想いを踏み躙りたくない。力になりたいのです」
「ふふ、わたくしは今でも幸福ですよ?」
「それは本当の幸福なのでしょうか」
私の目を真っすぐに見据えたヴェルヘルミナの目を見つめた。
幸福だとも。違う世界を知る機会を得られたことは必ず今後の糧になるはずだ。だがヴェルヘルミナはそうは思っては居ないらしい。エルマの元に居ることが私の本当の幸福だと信じて疑いもしない。
幸福の定義なぞ、そんなの個人により違うものだ。そこのところを分かっていないところは甘ちゃんだとは思うが、しかしながら彼女の真っすぐな心配は、何故だかエルマや、エリンを思い起こさせた。彼らは今どうしているだろう。まあ、元気にしているだろう。私は本来悪役令嬢。居なくても場は回る。どっちみち排除される運命の人間なのだから。
んー、と伸びをして立ち上がり、ヴェルヘルミナに手を差し伸べた。
「幸福とはどんな場所でだって掴み取れるものなのですよ? わたくし如きを憐れんでいては、今後身が持ちませんわよ?」
「あ、憐れむだなんて! そんな」
「いいのです。あなたが本当に私に心を砕いてくださっているのは分かっておりますから。さあ立って! 護身術の続き、いたしましょう」
ヴェルヘルミナの手を取って立ち上がらせる。さあ、と涼しげな秋風が吹いてヴェルヘルミナと私の髪を撫でて行った。広がる自分と同じ色の髪に、何故か鏡でも見ているような感覚にさせられた。
私の髪は腰ほどまであるが、ヴェルヘルミナは肩ほどまでしかない。目元がエリンに似ているとずっと感じていた。アリシアの対の存在と言ってもいいエリンに、色も何もかもが異なるヴェルヘルミナと重ねるなんて、自分を意外に思う。
その後は護身術を叩き込む。その最中にひとりの神官がやって来た。
「次代様、馬の準備が出来たそうです」
「まあ、本当!?」
そういえばここに来た当初から馬が欲しいと打診していたのだ。好みや調教の関係からしばらくかかるとのことだったが、意外に早く用意出来たものだ。
厩舎に居るらしく、見に行ってもいいかと聞き、ヴェルヘルミナと従者の二人を連れ立ち鍛錬場を後にした。体力が付いてきたとは言え、ヴェルヘルミナも疲れては居るだろうと休息がてらの散歩だ。
厩舎にたどり着くと、数名の厩務員が新しく入ったであろう馬の入った馬房の前で話に興じていた。
「ごきげんよう。皆さま」
「次代様。もう来ましたか」
「ふふ、気が急いてしまって」
早速馬を見せてもらう。栗毛に流星が入っている。靴下模様もついている可愛らしい馬だ。名前は決めてあった。
「この子の名前はカワサキですわ」
「カワサキ、ですか」
「カワサキとはコアなファンがいる名馬を生み出した者の名前……きっとこの子もいい走りをしてくれるでしょう」
今日はまだ新しい環境に慣れなければいけないだろう。まだ乗ることは叶わないが、これで神殿敷地内も爆走可能になるわけだ。今からわくわくとしてきた。
「今日から毎日会いに来ますわね。カワサキ」
ああ、なんだかスズキが恋しくなってしまった。あの子は今厩舎でのんびりと草を食んでいることだろうが、幼い頃からの付き合いだったのだしやはり懐かしくはなってしまう。
「いい馬ですね」
マレイケがそう言いながらカワサキを撫ぜている。そわそわと落ち着かなそうな雰囲気をしているのもあり、今日はこの辺でお暇します。と告げて厩舎を去った。
ふふーん。と機嫌良くスキップなんかしているとマレイケのため息が聞こえてきたがもう慣れっこだ。
「私、馬はあまり乗ったことは無いのですが、次代様は乗馬のご経験が?」
「実家では毎日乗っていましたから。ヴェルヘルミナ様は馬は好きかしら」
「厩舎には幼い頃から遊びに行っていたので、可愛らしい生き物ですよね」
「感情豊かで愛着が湧きますわね。今度カワサキで一緒に乗ってみませんか?」
「いいんですか!? ご一緒したいです!」
ヴェルヘルミナは嬉々として返事をしていたが、私の爆走に着いて来られるものだろうか。エリンなんかいつも絶叫していたが。
なんて考えは当たって、カワサキでタンデムした私の爆走にヴェルヘルミナはしがみつきながら泣き叫んで、もう一生馬はいいです。とゲロまで吐いて嗚咽していたのだった。
私そんなに運転荒いのかしら。
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