第37話 白いセーラー服も素敵よね

「お〜っほっほっほっ! やっぱりこれが一番キマりますわあ〜!!!」


 私は今、新品のセーラー服に身を包んでいた。全身白を基調としたセーラー服。ラインは青で、リボンスカーフも青。ああ、やっぱりセーラー服って可愛いわよねえ。半袖の上着に長丈のスカート。そういえば作ってくれたばかりだった学園で着ていたセーラー服、もっと着たかったわねえ。と少々残念に思う。まあこの全身白いセーラー服、カレーうどんを食べたら終わるけれども。


 ふふーん。と笑いながらくるくると自室で回る。マレイケはそんな私に呆れていたが気にしない。


「アリシア様、こちらをお返ししてもいいとのことです」

「あらあら、わたくしの可愛い竹刀ちゃん。やっと会えたわ……」


 竹刀と精霊の剣を帯刀ベルトと共に返却される。会いたかったですわ〜! と嬉々として抱きしめて腰にベルトを付け帯刀した。


「後はバイク……馬が必要ですわね」

「……何をなさるか聞きたくはないのですが、何故馬を」

「ワルと言えばとりあえず馬ですわ」

「分かりません。どういう理屈ですか」


 呆れ果てているマレイケは無視して外に出て神殿内部を彷徨こうとするとマレイケが着いてくる。部屋に居てもいいと言うが従者なのだから付き従うべきだ。とのことだ。本音は恐らく私の噂を知っている上で暴走しないように見張りたいだけだろうが、気にしないことにした。


 廊下を歩いていると人と何度かすれ違ったが、皆隅により頭を下げて通り過ぎるのを待っていた。屋敷でもそうではあったが学園を経験すると堅苦しい場所だなと考える。


 神事を行う部屋などあるのかと聞けば、今は今代の女巫が使っているから行くのは寄せと制された。それもそうか。


 しかし女巫の仕事がどう言ったものか詳しく聞きたい。マレイケも教えてはくれるだろうが詳しい話を聞ける人間となると、メルケルが思い浮かんだ。が、メルケルも今は神事の最中らしく会うのなら後にしろと再び制される。


 制限多いな〜と考えたが、そりゃあ女巫も司祭も国教の頂点に位置する立場だろう。下手に邪魔すれば私とて何かしら罰が下る可能性も無くはない。


 何か暇を潰せそうな場所は無いかと問うと、そんなに血の気が多いのならば、守衛たちの鍛錬でも見に行ったらどうだ。と言われる。


 私は今は環境に慣れるべきと判断され比較的自由の身である。何かやらかすなら今のうちに……クク、血が滾る。


 悪辣な笑みを浮かべているとマレイケに引かれたのだった。


 守衛の詰所にマレイケの案内で向かっていると、鍛錬場で鍛錬中だろう者たちが見えた。混ざりたいな〜なんて考えているが、マレイケは何か察しとったのか下手な真似はしてくれるなよ。と言う意の言葉でやんわりと制する。どこまでもサバタに似ている。


 詰所に着き、マレイケが話を通すと恐らく一番のお偉方だろう男性がやって来た。守衛長と名乗ったその男性に守衛たちの訓練を見学したいと申し出ると驚きの表情に変わる。


「女巫様、その、腰に帯刀していますが心得が?」

「実家で稽古を付けてもらっていた程度ではありますが」

「そうですか。守衛たちも次期女巫様の目があれば士気も上がるでしょう。どうぞご見学ください」


 割とあっさりと申し出は通り見学するために鍛錬場へと向かった。私に気が付いた休憩中の守衛たちがざわつき始める。出来るだけ穏やかにつとめた笑顔を向けると、わあ、と声が上がった。


 この神殿内に置いては女巫と言う立場はどのような扱いをされているのだろう。重要な役割を担うわけだが、神聖なものと見られているのならば、ファンサービスくらいしてもいいだろう。心象を良くするのは大事な営業だ。


 しかし、私は誘拐された身な訳だ。ガルシア王国が強硬手段で私を奪還しに来る可能性は無くはない。そうなるとファンサも徒労に終わるが、まあその時はその時だ。


 休んでいたひとりに近づいて声をかける。


「もし、よろしいかしら?」

「はい! いかがなさいましたか!」


 座り込んでいたが勢いよく立ち上がった青年に笑みを浮かべる。


「わたくしと手合わせしてくださらない?」

「…………ええ!?」


 飲み込むのに少し時間を要したらしい守衛の青年は、あの、その、と、しどろもどろになっている。駄目かしら。と上目遣いで見つめると白い頬が少し色づいた。


「え、ええっと、心得はおありなのですね?」

「ええ、あなたには及ばないかもしれませんが動けますわ」

「そうですか。その、許可を取って来ても?」

「許可はいただいておりますわ」

「アリシア様」


 何か言いかけたマレイケに顔を向け人差し指を口の前に立てる。口を噤んだマレイケは呆れた目で私を見た。私と付き合う上でマレイケはこれから何度も呆れるだろう。それに心の中で笑う。


「で、では少し移動をお願いします」

「ええ」


 他に手合わせが行われていない場所に移動して腰から竹刀を抜いた。構えれば青年も木刀を構えて向かい合う。


 青年が先に動く。素早い動きだ。振りを竹刀で受ける。押し返すように弾き距離を取って青年は再び突っ込んでくる。木刀を避けて横っ腹に竹刀を振るとそれは防がれた。竹刀を構え直し両者共に上段から振り下ろしぶつかり合う。


 鍔迫り合いになり力では負けると確信し、足を思い切り踏むと、うぐっ、と青年が声を上げた。その隙に竹刀に力を入れて突き放し、腹に突きを入れるとたたらを踏んで後退した。上段から頭に一発入り、青年は参りました……と頭を押さえて絞り出すような声で告げた。


「まだ終わりませんわ」

「え」

「さあさあさあ! まだ足りませんのわたくし! もうひと勝負いたしましょう!」

「アリシア様っ」

「マレイケ、口出ししないで。わたくしお行儀よくここまで来ましたのよ? ちょっと暴れるくらい許していただけますわよねえ? 誘拐犯なのですものあなた方は」

「っ!」


 マレイケは押し黙る。後ろめたさはある辺り根はいい子ちゃんなのだろう。それを利用しない手などないのだ。


「他にやっていただいてもよろしいと言うお方、おりませんか?」


 先ほどから、しいん。と静まり返っているこの鍛錬場に私の声が響く。女巫相手に傷付けたら、なんて考えているのだろうが、ひとりの男性が声を上げた。


「中々のやり手だとお見受けしました。私めが相手を」

「いや、俺が!」

「そんなら俺も!」


 口々に上がる声に口角が上がる。学園なんてなまっちょろい場所とは違うのだと実感する。あの学園の男子生徒はとんと相手にならなかった。まあ、殆どが素人同然なのだから仕方なしだったが、ここならば骨のある相手も居そうだ。


 いつか自分は頭打ちになるかもしれない不安はあったが、今は勝負出来るという高揚感が心を占めていた。


「最初に声を上げたあなた、お相手願います」

「分かりました」


 そうして何度も何度も、私は手合わせをした。


「甘っちょろいですわね。本当に守衛の自覚がおあり?」


 ひとり、またひとりと倒してゆく。


「あはっ! 弱いですわねえ! そんな技量でわたくし共をお守りになられまして?」


 久々に竹刀を握った手には豆が出来て潰れていた。しかしそんな痛みでは止まらなかった。


「平和ボケしすぎなのではなくて? 死地に赴くときに泣き叫んでみっともなく助けを乞うのかしら?」


 気が付けばもう夕暮れ時になっていた。鍛錬場はどんよりとした空気が漂っている。立っているのは二十人ほど居たうちの数名。


 肩に竹刀を担いで腰に手を当てた。エンリケの教育はどうやら本職にも通じるらしい。実技教師のルーザーが規格外だったらしいことを今更実感したのだった。彼、何者だったのかしら。と群れで空を飛ぶカラスを見上げながら学園生活を思い出す。生ぬるい箱庭の一部だったのだ。あそこは。


 遠くから守衛長が駆けてやってきた。この場を見て何事かと声を上げる。


「女巫様! あ、あなたがこれを!?」

「あら、ごめんあそばせ? 久々に昂ってしまいましたわ。やだわ恥ずかしい」


 頬に手を当てて悩ましげな表情をすると守衛長は硬い表情で、そ、そうですか。と戸惑っている。


「もう少し訓練、強化した方がよろしいのではなくて? 女相手に勝てないようでは先が思いやられますわよ」

「そ、うですね。はい、改善出来るよう努力いたします」

「それではわたくし、そろそろお暇させていただきますわ。また来てもよろしくて?」

「ど、どうぞ……またお越しください」

「マレイケ、行きますわよ」

「……はい」


 マレイケと共に鍛錬場を去る。お腹空いたわね〜なんて呑気に考えていたが、先に風呂に入ってきてほしいと告げられ浴場へと向かった。体を清めて湯船に浸かる。手のひらを見ると豆が大層破けていて沁みる。


 風呂から上がってマレイケによって用意されていた服に着替える。自室に戻ればマレイケが箱を前に座っていた。


「こちらへお座りください」


 マレイケの前に座ると、マレイケは箱を開ける。救急箱らしく消毒液と脱脂綿を取り出して手を見せるように言われる。手のひらを見せれば、消毒した後軟膏を塗られ包帯を巻かれる。


「……あなた様は、噂通りのじゃじゃ馬でした。目を離したら大変なことを引き起こしそうですね」

「そんな! 照れてしまうわね」

「褒めていません、照れないでください」

「はいはい。手当ありがとうございます」

「いえ。……またあの鍛錬場へと行くのならば、今度は現地で手当てできるようこれを持っていきます」

「久々だったから手が弱ってただけで、そのうち豆も出来なくなるわ」

「それでも他に怪我をする可能性だって」

「あら、わたくし、そんなヘマはしないわ?」

「……〜! あなた、ご自分の立場を弁えてください!」

「そんな言葉、あなた方にいう権利は無くってよ? ねえ、誘拐犯さん」

「……っ!」


 普段無表情なのに、今は感情的になっているマレイケを意外に思う。こういうところはサバタには似ていない。サバタも若い頃はこんなこともあったかもしれないが、影を重ねていたところで二人は別人だ。……少しホームシックなのかもしれない。サバタを懐かしむだなんて。


 マレイケは落ち着こうとしているのか目を瞑っている。はあ、と息を吐くと理性的な色が瞳に戻っていた。


「兎に角。無理はあまりせぬよう願います。あなた様がどれほど強かろうとも」

「引き際は弁えますわよ。わたくしとて」

「……どうだか。私は夕飯を運んできます。お待ちください」

「ええ、お願いしますね」


 マレイケは立ち上がって部屋を出て行った。手当された両手を見てみる。豆ができるだなんて久々だった。いつも竹刀を振り回していたから。やはり三週間以上も握っていないと鈍るものなのだな。


 夕飯何かしらね〜。だなんて呑気に考えながら自室で寛ぐ。帰ってくる頃にはマレイケも落ち着きを取り戻しているだろう。色々聞きたいこともあるし、彼女の機嫌を取るためにたまにくらい、いい子ちゃんで居ようと考えた。

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