第36話 異例の女巫
神殿までもう少しだとマレイケが告げた。
馬車に揺られながら都市部に入ったのか人通りが大変多い。建物は和風の作りが多く、なんだか前世を思い出し懐かしくなってしまった。
「ヒティリアは木で作られた建物が多いわね」
「昔から林業が盛んでしたので、ガルシアは石造りが多いと聞いていますが、ヒティリアでは採石するよりも伐採してその木材で建てた方が容易です」
この二日の旅でヒティリアは山などは多くあったが岩山はとんと見かけなかった。確かに林業が盛んならそれを利用した方が手っ取り早いのだろう。
市民が着ているものは洋装が多く見られたが、たまに着物らしきものを身に纏っている市民も見かける。昨晩の食事も和食に近い味付けだった。懐かしい味だと少し懐かしんだのは記憶に新しい。
街を抜けると森の中へと入ってゆく。道は舗装されていたが、木々の合間から大きな建物が見えてきた。遠目で神社のような造りに見えるが、近い国同士でここまで文化が違うか。とマレイケに問うと、元々ヒティリアの人間の多くは海を渡ってやって来た民だったらしい。持ち込んだ文化が定着して和風の装いが多く見られるのだそうだ。
「元々ヒティリアは未開の地で、渡ってきた人間は開拓民だったのです。徐々に領土を広げ国家として成立しましたが、ガルシアからすると元は自分たちの領土だと主張しているわけです。それに加えて宗教戦争もあります」
「険悪な関係になるカードは多くあるってことね」
「宗教に関してだけ申しますと、イリアドネス様を主神として崇める国教は、本来この地の原住民に根付いていた宗教です。それを取り入れ国教としたのですから、主神を同じくするガルシアは譲歩してもいいと私は考えております」
宗教の話と言うものはどんな世界でだって諍いの種となるものなのだな。なんとなく、多神教の日本で生きていた身の自分にとってはヒティリアに肩入れしたくなる気持ちがあった。
日本は無宗教をうたう人が多いと聞くが、生活に根付いた宗教というのは他国よりも多く、割と宗教に関しては寛容な民族ではあったとは思う。それに付け入って悪事を働く人間もいないことはなかったが。
なんて話をしていれば神殿に着いたらしい。鳥居が見える。が、色は青だ。ローブを深く被り馬車から降りれば、神官だろう人間がずらりと並び立っている。若干怯んだが取り繕って平然を装う。
「ようこそお越しくださいました。アリシア様」
「……この度はどうも、大層な歓迎を」
「中でお話をしましょう。長旅お疲れ様でした」
こちらへ。とマレイケが私に着いてくるよう告げる。一層位が高そうな神官が三名マレイケの前を歩いている。入り口の階段前で靴を脱ぐように指示され靴を脱ぐ。靴下で神殿の中に入るが、やはり神社に程近い造りに思えた。大きな違いは朱色ではなく青が使われていることだろう。
一室に入ると、机とソファが置いてある応接間のようだ。ソファに座るように促され座らせてもらう。後ろにマレイケが控える。
机を挟んだ目の前のソファにもひとり座り、残りの二人は後ろに控えている。
「長旅、お疲れ様でした。私めは司祭のメルケルと申します」
「アリシア・ローズレッドと申します」
「この度は私たちの勝手で招くことになってしまい申し訳ありません」
「……拉致誘拐と言っても過言ではない招かれ方でしたわ」
「はい……実は国の方には打診してはいたのですが、要請は通らず、このようになってしまい」
「国教の要なのでしょう? 女巫というのは」
「そうですね。女巫の神託によってその年の国の主神を決めなければまいりませんので、次代の女巫が不在になってしまうのは異例なこともあり、強硬手段に出たこと、お許しください」
メルケルは頭を下げ心底申し訳なさそうな表情をしている。
「そちらの事情は理解していますが、わたくしめも皇太子殿下の婚約者と言う立場がございます。もう少し穏便にことを運ぶことは出来なかったのでしょうか」
「我々もそうしたかったのは山々なのですが、どうにもうまくゆかず……」
ガルシア王国には度々打診してはいたが、それが通ることは一度もなかったとのことだ。そりゃあ私の立場を鑑みて、はいどうぞと差し出せる立場の小娘ではないのだ。両国の関係は芳しくはない。仮に友好的関係を築けていたとしても難しいことだっただろう。私が貴族令嬢でもなく、ただの町娘だったのならまだ話は別であっただろうが。
「女巫の役目は神託を受ける。と言うことしか知らぬのですが、普段は何をするものなのですか?」
「神託は日々、夢の中で行われるのです。豊作の知らせや水害の知らせ、特に危険が近づくものを神託として聞いた場合対処が可能になりますので、国民を守る要でもあるのです」
災害の事前予知か。確かにそれは重要なものかもしれない。被害が大きくならぬように神々が伝えてくれるのならば事前に対策を打てるわけだ。祝い事よりもそちらの方が重要に思えた。
「わたくしとしてはすぐにでも国に帰りたいのですが、無理なのですよね」
「はい……申し訳ない」
「手紙だけでも送ることは可能でしょうか? 家族に無事だけでも伝えたいのです」
「それは……」
「そもそも国家の要人を拉致している時点であなた方には負い目がありますでしょう? 多少の無理くらい通していただきたいものね」
メルケルは気まずそうに私を見るが、私は大人しくしてやるつもりは更々なかった。犯罪を犯してまで、彼らは喉から手が出るほど欲しかった人間なのだ、私と言う女巫は。泣き叫んで暴れないことを感謝してほしい。
「国にはわたくしから報告を入れます。あなた方からでは上層部は納得しないでしょう。わたくしの言葉こそ至上のものと思っていただきたいわね」
「……分かりました。こちらとしてもあなたに頼る他ないと思われます。少しでもあなたへの贖罪となるのでしたら」
「ところで、わたくしを拐うよう命令したのはあなたなのかしら?」
「いえ、その、国の方から」
国からの指示だとすると大分腐敗していないか? と思ってしまう。まだ彼らが直接命令を下していれば宗教の腐敗で足止めできたが、国かあ。と少々呆れた。
「長旅でお疲れでしょう。詳しい話は後日にして今日はお休みください。再三申し上げますが、本当に申し訳ありません」
「謝罪くらいで許されるのならば宗教戦争なんて起きないわよ。マレイケ、案内して」
大分態度の悪い立ち去り方になったが、このくらいポーズで取っておかねば舐められるのは目に見えている。マレイケに先導され部屋へと案内された。
障子ばりの戸を開けると畳のいぐさの匂いの香る一室だ。畳懐かしい〜と懐かしさを噛み締めながら中に入る。なんかおばあちゃんちを思い出すのだった。
「そうだ。マレイケ。服を作ってくれる方、呼んでくださる? 昨日描いた図案の擦り合わせをしたいわ」
「少々お待ちください」
礼をして去って行ったマレイケを見送り、懐かしの畳に寝転ぶ。強いいぐさの香りに、ごろごろと転がる。
「畳いいわねえ〜。新しい畳の香りって大好きなのよね」
ふふ、と寝転びながら笑っていると、外から足音が聞こえてきた。マレイケがもう来たのかと上体を上げると戸が開く。覗き込んできたのは、私と同じ褐色の肌に白の髪を首ほどで短く切り揃えた少女だった。歳の頃は私より多少歳上ほどに見える。
「あ! ごめんなさい!」
それだけ言うと戸を閉めて去って行ってしまった。とたとた、と遠くなる足音に、彼女はもしや今代の女巫か? と考える。随分と若かったが、そういえば女巫って大体何歳ほどで選ばれるものなのだろうか? 私結構歳行っている方なのでは?
なんて考えていると戸が開いてマレイケと見知らぬ壮年の女性が入ってきた。
「お連れしました。採寸をお願いします」
「はい。アリシア様。ご要望する服があるとマレイケに伺ったのですが、こちらの服、不思議な服ですね」
女性はミンケと名乗り、マレイケから渡されたであろう、昨日描いたセーラー服のデザイン画の用紙を手にしていた。
「わたくしが国で着ていたものなの。作れるかしら」
「恐らく可能でしょう、細部は多少異なるかもしれませんが出来るだけ再現いたします」
少々聞きたいことがありまして、とセーラー服について話し合い擦り合わせをして、採寸をしてもらいミンケは部屋を去って行った。
出来るだけ早く作ると言うことで、そのうち着れるのだろうとわくわくと浮かれ上がっていた。マレイケはそんな私を呆れた目で見ていたが、舞い上がっている私は気がつくのが遅れるのだった。
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