第35話 お手玉鼠は楽しいの?

 数日の村での滞在はほぼ書庫に入り浸りになって終わりを迎えた。神殿からの迎えの馬車がやってきたのだった。マレイケと共に乗り込むが、ディーデリックたちはしばらく滞在するそうでここで一旦別れることとなった。遅れて神殿に合流するそうだ。


 馬車の中は今までの移動環境からすれば快適なものだった。向かいに座ったマレイケが口を開く。


「噂ではかなりのじゃじゃ馬と伺っておりましたが、随分と大人しいですね」

「あら、意外かしら」

「今までの道中、逃げ出して助けを求めることくらい簡単だったでしょう。憲兵たちが駐在する場所だって通って来たのでしょう。何か考えが?」


 マレイケは裏があるのではと勘繰っているようだが、片手を力無く振ってそんなものはないと告げる。


「時期国王である皇太子の許嫁が拐われた。それも険悪な仲の異国の民に。それが明るみに出た時、二つの国の間ではどうなるでしょうね。外交問題に発展してもおかしくはないわ。別にあの方たちがどうなろうが、知ったことではなかったの。ガルシア国の中では皇太子が襲われた件は伝わっているようだけれど、私が拐われた件については上層部しか知らない事情と見てもいいわ。あることないこと広がって困るのはそちらだけでは無いということよ」

「あの者たちに情があった訳では無いと」

「ええ。所詮同じ学園に通う学生。たまたまルーツを同じとする同胞だっただけ」

「……彼らより国を見た、と?」


 それはそうだろう。時期国王であるエルマの伴侶候補として生きてきて、先を見据えず生きるなど死と同義だ。まあ馬鹿はやってはきたが許容範囲と見られる範囲で暴走していただけだ。あそこは私にとっては箱庭でしかないのだから。


 ふふ、と窓の外を見ながらマレイケに告げる。


「神殿に辿り着いたら暴れてやるから覚悟しておいてくださる? わたくし、ただで起きる気は無いから」

「……そうですか」


 その後しばらく会話は途切れて車内には馬の駆ける音と車輪が回る音、車体が揺れる音だけになった。


 そういえば、私の竹刀と精霊の剣はこの馬車に乗せられているのだろうか。とマレイケに確認すれば積み込み済みだと答えが返ってきた。ああ、あれに触るのが待ち遠しいな。と窓に肘をついて目を瞑る。


 神殿までは二日ほどで着くらしい。早く暴れてやりたいものだ。


 小休止を挟みながら馬車は進み、街へと入ったのを確認し、今日はここで宿を取るのだろうと考える。マレイケにローブを羽織わされて馬車の外へと出れば、かなり温暖な地域らしく少し汗が滲んだ。


 思った通り高そうな宿へと連れられ、一室に案内されれば今までの宿場とはまるで違う落ち着いた調度品や家具などが置かれた品のある空間だった。今までの宿も旅をしている感は感じられたが、やはり十数年あの屋敷で生きてきた身としてはこちらの方が肌に合う。


「食事が運ばれてくるまで少々お待ちください」

「ええ」


 沈む夕日を見ながら、あのセーラー服、また着たいわね〜なんて考える。部屋の隅に待機しているマレイケに問いかける。


「神殿では正装などあるのかしら」

「白の服に身を包むのが習わしです」

「白の服、ねえ……」


 特に型については指定は無さそうな言葉だ。だったら、とマレイケに紙と鉛筆を用意する様に指示をした。


「何をなさるのです?」

「服のデザインを考えるのよ。白の指定だけで型は決まっていないのなら、自由にしても良いでしょう? だってわたくし次代の女巫なのですよね?」

「……お持ちしますので、少々お待ちください」


 マレイケは無表情でそう言って部屋を出た。ベッドに寝転んで気になったことについて考える。時期的に今代の女巫は今年が最後の神託を聞く役割なのだろう。十二年前に今の座に着いたというのならば、前代の母が勤め納めたのは十三年前と言うことになる。私はその頃にはもう産まれていたはずだ。


 空白の期間が存在している訳だが、一体何があったのか。父の元へ嫁いだのを考えると私が今年十六になることを考えればそれ以前になる。考えられるのは臨時措置で代役でも立てていたかだが、神が人間の都合でこの人が代わりになります〜なんて受け入れるとは思えなかった。


 うんうんと唸っているとマレイケが戻ってきた。こちらをどうぞ。と紙束と鉛筆を渡された。


 机を前に座り軽くラフで描きながら、型紙だったりの大体の型を小さく書いてゆく。小さな頃は人形用の服を作っていたこともあったので多少は縫製について知識はあった。


 マレイケは無言で部屋の隅に控えており、まあこのとんちき制服を出しても無表情で受け取って抗議なぞしないだろう。と好き勝手するのだった。


 途中夕食を挟んだのち続きを書き始めた。しばらくかりかりと紙と鉛筆の音が響き、出来上がった紙束をマレイケへと渡す。


「そちら、もし神殿に着いてから採寸なりさせていただけるのなら仕立て屋に渡して相談したいから持っていていただける?」

「かしこまりました」

「はあ〜、早く暴れたいものね〜」

「……程々にお願いします」


 今の大人しい借りてきた猫状態から早く抜け出したいものだ。しかし私の存在を露見させる訳にもいかない。派手に動くには神殿に着いてからはっちゃけてしまおう。手当たり次第に手合わせでも申し込むか。護衛の者だって居るだろうし、次代女巫権限でどうにか引きずり出してやろう。


「ふふ……」


 思わず笑いが漏れたが、マレイケが居たのを思い出して若干気まずくなったのだった。マレイケは気にする様子もなかったが。


「マレイケ、もう下がっても大丈夫よ」

「しかしまだ起きていらっしゃるのでは」

「いえ、今日はもう寝ます。ずっと馬車に揺られていたから早めに休みたいわ。服の案も描くことは出来たし、特に暇を潰せるものもないでしょう。明日も馬車で移動するのなら体力回復に務めるべきだわ。あなただって疲れているでしょう」

「……承知しました。今日はこれにて下がらせていただきます」


 失礼いたします。とマレイケは退室して行った。私も寝てしまおう。と寝支度を整え床につく。意識が遠くなりながら、誰かの声が聞こえた気がした。


 …………。


『や! お久しぶり』

「……ふああ、寝ても現実みたいな夢を見ると疲れが取れませんのよねえ」

『そりゃ失礼を。やっとこさ精霊避けの坊ちゃんから解放されたよ〜。あー、肩凝る』

「精霊も肩凝りになるのねえ」

『まあ一応生きては居ますので。でさあ。なんか聞きたいことあったっしょ』

「聞きたいこと……?」


 これと言って特には無いが。と言えばまたまたあ! と機嫌が良さそうなエーヴァだった。相当精霊避けの人間は苦らしい。解放されて気が楽なのだろう。


『俺、閉じ込めれていたから最新情報とは行かないけれど質問には答えられるよ』

「んー、何かあったかしら」

『もー、察し悪いね。ある程度近くで観察していたけれど、君の母君のことさ』

「母……ああ、何故任期満了前に父に嫁いだか、ですか?」

『今は知らないけれど、昔は最後まで勤め上げると生贄、人身御供が行われていたんだ。それが関係しているかもしれないね』


 知りたくなかった情報だ。もしやとは想像していたが実際にあったとは。もしやその点でガルシアとヒティリアは険悪な仲なのだろうか。しかし現代で人身御供なんてものをやるだろうか? 精々その後の人生におけるサポートや隠居の手伝いなどではないかと考える。


「そのお話、エーヴァ様が閉じ込められる以前の情報でしたら今の体制は違うものになっている気がいたしますが」

『まあ可能性としてだ。昔数名居たのさ。任期満了を待たずに失踪しようとする女巫がさ。捕まっちゃって結局人身御供にはなったけれどね〜』

「それ、イリアドネス様はどう思っていらっしゃったの?」

『イリアドネスの元に来た女巫は可愛がられていたけどね〜。あんまりいい顔はしていなかったかな。やっぱ罪悪感はあったらしいからさ』


 神が嫌がっているのなら止めるべき風習に思えるが、他十二柱は何も女巫にイリアドネスの意志を伝えて居なかったのだろうか?

 ちち、と聞き覚えのある鳴き声が近くからした。


『あ、クソ鼠だ』

『エーヴァおかえりおかえり』

『はいはい。もうちょいで本拠に行けるから待ってろよ? お前のことお手玉にしてやるからな』

『お手玉たのしいから好き』

「自らお手玉に志願するのね……」


 クソ鼠とか言っている辺りあまりいい感情は抱いていないらしい。ハムスターの見目でお手玉をされると少々心が痛むが、本人が好きと言っているのならば口出しは無用か……。


『もうちょっとでくるねえ。あそぼうねえ』

「ええ、わたくしもお手玉にして差し上げますわ。ついでにエーヴァ様。キャッチボールでも如何?」

『あー、それいいね。キャッチボールクソ鼠』

『びゅんびゅん飛ぶの好き』

「許容範囲が広すぎるハムスターだわ……」


 冗談で言ったつもりだったのだが……。ハムスターはちち、と鳴くと、待ってるからねえ。と霧の中に消えて行った。


『あいつら全員クソだから、誑かされんなよ〜。どうなっても責任は取れないからさあ』

「気をつけますわ」

『ま、魅入られた辺りもう手遅れかもしんないけど。そろそろ退散するよ〜。今度は寝て会うか。起きて会えるか。どっちだろうね』

「ふあ、おやすみなさいませ。エーヴァ様」

『ん、いい眠りを』


 エーヴァが霧の中に消えたのを確認し、私も横になって目を閉じた。明日には神殿に着くのだし、ゆっくり休みましょ。と夢の中で寝落ちた。

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