第34話 サバタ二号
翌日、白い髪と白い肌の彼女を見て、ああ、サバタに似ていたのだと合点がいった。サバタは白い肌に白い髪だった。あれはしらがだとずっと思っていたのだが、元々白の髪だったのかもしれない。そういえば幼い頃から白の髪だった。ずっとしらがなのだと思っていたが、私の想像よりもサバタは若いのかもしれない。
「マレイケさん。あなた、わたくしの付き人によく似ているのよね……」
「……そうでしょうね」
「どう言うこと?」
「前代の女巫、貴方の母君の付き人は私の大伯母ですので」
「……サバタが、付き人」
「その名前、あまり口に出さぬようお願いいたします。忌避する人間もおります故」
マレイケもあまりいい感情を持っては持っていないようだ。何かしら問題が起こったのだろう。ヒティリア国の女巫が何故ガルシア王国へと嫁いだのか。私は何も知らされて居ない身だ。突っつけば出てくる可能性はあったが無理に聞き出すのは今後の信頼関係の構築に阻害が出てくるかもしれない。もう少し時を待とう。
どうやらマレイケは私の付き人となるらしい。この家にいる間だけなのかと問うと、神殿へと着いてからもだと言う。
「太陽と星に愛された女巫の付き人は、夜と星に愛された女が務めるのが習わしです。ですので、私めが」
「ずっとここに暮らしていた訳ではないのね」
「ええ、連絡が入ってから、入国ルートを教えられてこの村に来ました。閑散とした村ですがガルシア側の意識が強く、あなたの見目を気にしない者が多いですから、もし見られたとしても問題にはなりません」
そう言う事情があってこの村へとやって来たのか。わざわざ密入国ルートに選ぶにしても警戒しすぎではとは思っていたが、国内での移動を考えての選択措置だったらしい。
神殿へはあと数日迎えを待ってから向かうとのことだ。久々に移動ばかりせず足を休ませることが出来るな。と呑気に考える。
小さな部屋の中に留まり続けるのも良かったが、この家には書庫などはあるのか。と聞くと案内します。と入り口に向かって私を待つマレイケ。
腰掛けていたベッドから立ち上がり、距離を保ちつつ先導するマレイケの後を追う。一室の前で立ち止まるとマレイケがこちらです。と振り返った。
「この家のものは自由にしてもいいと許可はいただいております故、どうぞご自由に」
「そう、じゃあ中に入るけれど、あなたも入って」
「…………」
なんだか微妙そうな顔をされる。まずいことでも言っただろうか。と考えるが特におかしなことは言ってはいない。
「歴史の本ってあるかしら。ヒティリアの本はあまりガルシアでは流通していなかったから、理解できない場所があったのなら聞きたいの」
「……そうですか。では私も同伴させていただきます」
共に書庫に入れば、日焼けしないようにカーテンで窓は閉められている。ちらちらと日の光によって舞う埃が見えた。
何か見繕ってくれないかと頼むと、本棚に向かったマレイケは一冊の本を持って戻ってくる。
「こちらが史実に一番近いものかと」
「ありがとう。読書机を使わせていただくわ」
「どうぞ」
椅子に座り、マレイケが卓上のランプに火を灯した。かなり良い作りの本だ。皮の表紙にヒティリアの歴史と筆記体で綴られてある。
本を開くと、ヒティリアの始まり、即ち神話から書き綴られている。
『女神イリアドネスが大樹をお造りになられた。他の神々はその大樹の花の蕾から産まれた。神々はイリアドネスを母として愛深く育まれた。神々はイリアドネスに従う。愛すべき母だと。母神の言いつけをよく守っていた神々、選ばれた十二柱の神々は土地を与えられた。その土地を美しいものにした者を年の神にします。と約束された。神々は花を咲かせ木々を芽吹かせ、時に他の神に悪戯に嵐を呼ばれたりしても勤勉に土地を美しいものにした。選ばれた神は年の神として、大切に愛された』
ふうん。ヒティリアではこんな神話が語られていたのかと読み込んでゆく。
『最初に人が花から産み落とされてから数百年経った。人が産まれた時、イリアドネスは十二柱の中から一柱使いに遣るのだ。年の神や他の神々は人に祝福を授ける。一等愛されたのは、イリアドネスと同じ太陽と星に愛された女の子供だった。イリアドネスはその女の子供に神と人の橋渡しを頼み、年の始めに一柱使いに遣る。その柱を崇めるようにと頼み、人々に伝えてもらうのだ』
ここら辺は以前本で読んだ事も書かれている。マレイケに質問してみる。
「大樹って神話で書かれているけれど、実際のあったものなの?」
「古くは存在したそうです。跡地は聖地巡礼の名所となっています。そこに神殿も」
神に近い場所に神殿を作り声を聞く。まあ真っ当な宗教だろう。今のところ邪教とは全くとれないものが書き綴られている。一神教と多神教は相容れないところもあるとは思うが、宗教戦争が勃発するほどの理由は見えない。
他人の宗教には口出しするなと前世では言われていたが、新興宗教など怪しげなものでも無い。父が参戦していた私が産まれる前の戦争も、宗教対立で起こったとは聞いてはいたが、そこまで邪険にする理由が見つからなかった。何か裏であったのか。
「先の宗教戦争だけれど、古くから大きいものや小さなものまで度々起こっているわよね。何か理由はあるの」
「古く、大樹を燃やしたのがガルシアの者だったのが発端としてあります。それから度々起こっているのです」
大樹を燃やした……。御神木のようなものだろう。それを燃やせば確かに国家間で諍いも起きるか。それはガルシアに非があるな。と考えたが、これはヒティリアに住まうマレイケの言葉だ。一方の意見だけで判断すべきではないな。と一応注意して出来るだけ公平に見ようと考える。
「イリアドネス様はわたくしと同じ見目なのね。それで女巫に選ばれた理由は分かったけれども、あなたの見目は?」
「イリアドネス様には伴侶の方がいらっしゃったのです。その方と同じ見目が夜と星に愛された者なのです」
「同じ見目なら男性の方も神殿に?」
「近く控える者はそう言った者が多いですが、昔ほど規律正しくと言う訳ではございません。女巫様が共に行動して来た方のように、様々な見目の方がいらっしゃいます」
まあ同じ見目だけで揃えると言うのはかなり難しいだろう。私もマレイケの見目も珍しいものだ。人員確保の点で言ってあまり良い策とは言い難い。縛りプレイというやつだ。
その後ちまちまと質問を繰り返し、サバタに似た無表情を貼り付けるマレイケが淡々と答えると言うのを繰り返す。昼食を挟んだがその日は書庫に篭って歴史などを学んで終える。
夕食の後久々に風呂に浸かり、マレイケに頭を洗われながら、聞いてもいいかしら。とマレイケに質問する。
「サバタはあなたの一族にとって良くない人なの」
「……裏切り者と言われ、家系図からは抹消されたそうです。私の家は代々側仕えを排出しておりましたので、信用を貶めた行いだと」
「……わたくしの母は、イリスは、何故ガルシアへ?」
「……お答えできかねます」
そこで黙秘権を試行するか。やはり信頼関係を必要とするのだろう。まだまだ知れるにしても先のこととなりそうだ。
体を洗われながら、田舎の家とはいえよく風呂場が存在しているな。と不思議に思う。再び質問すれば、何かあった際の女巫の隠れ家と言うのが本来の目的の使い方だったらしい。
それでミリアの一族が管理していた、と言うことなのだろう。表向きには普通の村の百姓と言う位置付けであって、有事の際には神殿の神官なり協力者と言う感じのようだ。
その有事の際で私が世話になることになった訳だが、遠いところ来てもらってすまない。とマレイケに謝罪をすると、妙な沈黙が流れた。マレイケの顔をこそりと見ればまた微妙そうな顔をしていた。
「わたくし変なこと言ったかしら」
「……いいえ。私めの気持ちの問題ですので、無視なさってください」
「そう?」
丸洗いされたのち風呂を出て体を拭く。用意された質の良い寝巻きに着替え、自室で椅子に座り背後で髪を拭かれながら、ランプの灯りを元に歴史書を読み進める。
「暗い中あまり読むと目が悪くなりますよ」
「でも先が気になってしまって」
「神殿にはまだまだ多く歴史書はありますから、神殿で落ち着けば調べ物の時間は多くあります。昼間のみで少々我慢をお願いします」
「そう……、まあ、面白い話を読めるのならいいです。髪が乾いたら床に着くわ。そこまでしなくても大丈夫」
「風邪を引かれては大変ですので」
サバタによく似ているなあ〜。なんて思いながら大人しく髪を乾かされ、目の疲れもあってか早々に寝付いた。
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