第33話 初めて出会う白い人

 国境付近に近づくにつれ、ミリアとラウレンスの口数が少なくなっていった。国境が近いらしい。しかし今は森の中を歩いている。日差しが木々に遮られているが若干蒸し暑い。ローブを羽織れと言われているので余計だ。


 国境警備兵もこんな森の中まで見回りをすることは無いだろう。辺境伯は有能ではあるが、こんなこじんまりとした違法出国を取り締まれるかと言われると否と私は言う。


 ここまで辿り着くまで、ローブに身を包んでいたが、数度職質的なものには遭遇した。しかしラウレンスやミリアが何かを見せると皆去ってゆくのだった。ディーデリックにあれは何だと聞くと、両親が大切にしていたメダリオンの首飾りだと言うこと以外は知らぬと言うことだった。あれがどんな効力を持っているのか。未だ分からない。


 日が落ちてきた。そろそろ森を抜けねば危ないのではと思っていると開けた場所が見えてきた。木々を抜けた先は山道のようだった。


 ここを下ってゆくぞ。とラウレンスが先導し、まだ歩かねばならないのかと辟易した。ラウレンスの背負う荷物からは私の得物の二振りが飛び出しているが、今まで一度取ろうかと思った時は凄まじい眼力を向けられ断念したのだった。


 しばらく山道を下れば、こじんまりとした村が見えてきた。夕食の準備でもしているのか、どの家も煙突から煙が揺らいでいる。村人はこちらに気がつくと、ひそひそと何か話し始め、何となく居心地が悪い。ミリアにこそりと話しかけた。


「ここはどこなの?」

「ここはもうヒティリア国ですよ。国境近くですから実感が湧かないでしょうが」


 もうヒティリアに入ったのか。二週間近く移動を繰り返していたが、ここからはこそこそとする必要もないだろう。ローブに手をかけると、ミリアに制された。


「ヒティリアでもそれは被っていてください」

「まだ被るの?」

「あなたの見目は特別だと言ったでしょう?」


 ……よく考えれば確かにそうか。太陽と星に愛された人、なのだし、この国では特別な意味を持つ見目だ。フードを深く被り直して三人についてゆく。


 ここいらでは一際大きな一軒の家の前でラウレンスが足を止めた。扉を叩いて家主を呼び出すと、あのメダリオンを見せた。それを目にした家主は目の色を変えて家の中へ入ってくれと私たちを家に呼び込んだ。


「ラウレンス、久しいな」

「レクス。お前こそ」


 古い知人か何かか。レクスと呼ばれた家主は、ラウレンスよりも歳高いように見える。どんな関係だったのだろう。


 やがてレクスがミリアとディーデリックの方へと話を向け、最後に私に回ってくる。


「この方が?」

「ああ、太陽と星に愛された方だ」

「どうか、フードを取っていただけませんか。お嬢さん」


 確認にミリアを見れば頷き返してきた。ゆっくりとフードを取ると、おお……、とレクスが声を上げた。


「美しい方だ。やはり、イリス様の?」

「ああ、御息女だ」

「予言は本当だったか……」


 以前聞いた予言。一体誰が降ろした予言なのだろうか。なんとなく見られたくないと思いフードを深く被り直した。


 夕食を出そう。との言葉にラウレンスとディーデリックが手伝うためかレクスの後について行く。ミリアは私の背に手を添えると、こちらへ。とどこかへと案内し始めた。


「この家、来たことがあるの?」

「レクスは私の兄なのです。ここは生家なのですよ」


 それならば勝手を知っていても不思議ではないか。と納得する。一室に案内をされると、しばらくはここに留まるとのことだった。こちらから向かうのではなく、向こうから迎えに来てもらうらしい。何か合図か、魔法のようなもので知らせるのだろう。


「今まで野宿や私と同室でしたから、しばらくはひとりでお過ごしください。食事も持って参ります。家の中ならばご自由にしていただき結構ですので」

「ええ、ありがとう」


 食事の準備が出来ましたら、お呼びいたします。とミリアは部屋を出て行った。久々にひとりになるな。


 部屋を見回す。ベッドと机と椅子。あと小さなチェストなどが置いてある殺風景な部屋だ。長らく使われていなかったのではないかと思われたが、不思議なことに埃などは無かった。定期的にレクスが掃除しているのだろう。


 フードを脱いで椅子に畳んでかける。椅子に座って格子窓から外を見ればもう夜だ。夕暮れはとっくのとうに過ぎ去ってしまった。


「……ここで逃げれば、国境警備兵が見つけてくれる可能性はあるのよね」


 可能性としてはあり得たが、森に戻っても私では遭難する可能性がある。あまりいい策ではないな。と机に頬杖をついた。暗いしランプか何かないかしらん。と見回すと棚の上にランプとマッチが存在していた。マッチを擦って火をつけると、温かな光が灯る。


 ……エルマと、ランプの光の中話したのを思い出す。ダンジョンに入っていた時のことだ。ああ、あんな日常が懐かしい。学園は入学して数ヶ月で行方不明になっている。乙女ゲームの悪役令嬢になったとか以前の問題になってしまった。


 まさか自分が女巫に選ばれるとは思いもしなかった。原作のアリシアは選ばれなかったと言うのに、どこで狂ってしまったというのか。そも、私が前世を思い出してしまったことから間違いだったのかもしれない。


「……誰かとちゃんと話したいわね」


 少々、普通の話題を話せる相手が欲しくなった。出来そうなエーヴァはディーデリックのせいで夢の中でしか会えないし、ミリアもラウレンスも正直話し相手にはしたくない。ディーデリックだって会話内容を両親に秘匿してくれるか怪しいものだ。


 もう寝てしまってエーヴァが来てくれるのを待とうか。なんて思っていると扉を叩く音がする。


 どうぞ、と声をかけると見知らぬ女性が姿を現した。白い髪に、白い肌の女性。つり目気味だが綺麗な顔立ちの女性にどこか既視感を覚えたが、誰に似ているのだったかと自問した。


「お食事を持って参りました」

「ありがとう」

「私はこれで」

「あ、ちょっと待って」


 女性を引き止めると、無表情で何か、と私に問う。


「いえ……あなた、なんだか誰かに似ている気がして。よく顔を見せて」

「ランプの灯りよりも日の光の方がよく見えます。昼間にしてください。見るなら」

「え? あ、ああ、そう……」

「では」

「待って待って! お話相手になってちょうだいよ!」

「……何故ですか」

「人恋しいのよ。皆わたくしを攫った犯罪者集団なんだから」

「……それには私も入ると思いますが」


 少しでいいの! と引き留めて女性をベッドに座らせる。食事をどうぞ。と進められ、食事の合間に話をする。


「ここ、なんて村なの?」

「ミエンの村です。ヒティリアとガルシアの国境付近ですので、数もそう居ないですが」

「あなた名前は?」

「マレイケと」


 マレイケはあまり言葉を好まない人間らしい。私が問うこと以外の余計なことには答えようとはしなかった。


 ここから目的地まではどれほどかかるのか。目的地は首都なのか。目的地の神殿はどんな場所なのか。色々問えば素直に答えてはくれたが、自分のことは語ろうとはしない。やがて私が食事を終えると、今日はお休みください。とトレイを持って部屋を出て行ってしまった。


「誰に似ているのかしら。あの方……」


 なんだかとても身近な人物に似ている気がしたが、夜の闇がそう錯覚させただけの気もしてきた。朝になったら再び会えるとは思うし、その時わかるだろうか。


 寝支度を整え、床に入って鈴虫の声を聞きながら目を閉じた。

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