第32話 同じ夕日を見ていてね
『やあや! 久方ぶり!』
「……もう少し早くお会いしたかったわ」
エーヴァが笑みを浮かべて寝転がる私の顔を覗き込んでいた。白く霧が包むあの空間だった。夢なのだろう。願ったら出て来てくれるだなんて、気まぐれなのにどう言う風の吹き回しなのだろうか。
『出て来れなかったんだよう。ごめんって』
「どう言うこと?」
『精霊避けの体質の人間が居たんだよ〜。あの坊ちゃん』
「ディーデリック? 精霊避けの体質って?」
『まあ有体に言うと精霊にとってあまり好ましくない人間だね。俺も久々だったからちょっとあてられて参っちゃって、ここを介してくらいしか会えないよ』
ディーデリックの体質によって出て来れなかったらしい。そんな体質もあるのだな。と不思議に思った。
「わたくし、これからどうなるのです?」
『神殿に連れて行かれるんだろう。まあ、悪いところではないと言っておくよ。最も俺が捕まる前の知識しかないからはっきり断言は出来んがね』
「三食昼寝付きだといいのですが」
呑気だねえ。なんて言われながら上体を起こす。真っ白な濃い霧に覆われた空間の中、エーヴァは胡座をかきながら座り込んでいる。
「この空間、出口なんてないのかしら」
『探しても無駄さ。どこまで行っても霧の中。試したいなら試してみるといい』
エーヴァに言われ立ち上がってエーヴァから離れるように歩みを進めた。が、どこまで進んでも白い霧。果てにはエーヴァに背を向けて歩いていたと言うのにエーヴァの元へと戻ってきてしまった。
「あらまあ」
『言っただろう? 無駄だってさ』
「どう言う仕組みなのかしらねえ」
結局エーヴァと共に座り込んで話をすることにする。
「ディーデリックが居るのならば、しばらくは出ては来れないのね?」
『難しいね。本人に自覚無しなら尚更だよ。操れるものでも無いから自覚あっても難しいとは思うけれどね』
「そう……力も使えないの?」
『出て来れないだけで能力は使える。何かあったのなら、躊躇無く使うんだよ』
「そうします。……ねえ、エーヴァ。神様って、今も居るのよね」
私の問いにエーヴァが考え込む。
『数百年離れていたからね。実際どうとかは断言出来かねるんだが、君、柱にも会ったのだろう。まだ存命だとは思うがね』
「そう……」
『憎いかい?』
エーヴァの問いに今度は私が考え込んでしまった。憎いかと言われれば、正直拉致真っ最中の身だ。全く憎いと思っていないと言うのは嘘になるだろう。しかし、私を選んだのは彼女ではないのだろう。向ける矛先はあのハムスターに向けるべきだ。
「今は何とも」
『そうかい。俺っちそろそろ行くよ。君は目覚めなさいな』
立ち上がってエーヴァは霧の向こうへと消えてしまった。眠気が襲ってきて、地に体を横たえて目を瞑った。
…………。
がたがたと体全体が揺れている。薄らと目を開けて様子を伺えば、見知らぬ人が数名荷馬車の席に座っている。そういえば乗合の馬車に乗ったのだと思い出す。よくもまあ眠れたものだな。と自分に呆れた。
隣に座っているディーデリックは腕を組んで目を瞑っている。寝ている訳ではないだろうと話しかけてみると反応があった。なんだ。と私に顔を向けて問うと、あとどのくらいで着くのか。と聞いてみる。
「まだ出てから三時間ほどしか経っていないだろう。後もう半分くらいと思っておけ」
「暇だわあ」
「お嬢さん、珍しい見目をしているね」
「? ああ、わたくし?」
「暇なら話でもと思ってね」
向かいに座っている壮年の男性に話しかけられて何だろうかと初めは思ったが、私の暇発言によるものだと理解し、まあ暇つぶしに付き合ってくれるだけディーデリックたちよりはマシそうだな。と男性に話しかけた。
おい、とディーデリックに言われたが、ディーデリックの顔を見た後、つんとして顔を逸らして見せる。下手なことは言うつもりはない。ディーデリックたちを危険に晒すような真似は流石にやるつもりはなかった。ただのポーズだ。
「ふふ、お嬢さん、どこからいらっしゃったんだい? ご家族かな? あなた方は」
「ええ、そうなの。ちょっとおばあちゃんが具合が悪いらしくて、様子を見に家族で向かっているところなのよ」
「心配だねえ。何事もなければいいがね」
「おじさまはどちらから来たの?」
「一応王都から来たんだがね。出立前ちょいと小耳に挟んだことがあるんだよ」
「それはなあに?」
「なんでも、皇太子がどこぞで襲われたとか。護衛は何をやっていたんだかねえ。皇太子殿下が襲われるだなんて王都も治安が悪くなったものだ」
「……皇太子殿下は、ご無事だったのかしら」
「ああ、命に別状は無かったそうだよ」
その言葉にほっと胸を撫で下ろす。エルマは無事だったのだ。あの後どうなってしまったか不安だったが、よかったと心の底から思う。私に巻き込まれてしまったことに対し、申し訳なさが湧き立った。
「ご家族はどちらから?」
「私共も王都です。その噂を聞く前に出たので、皇太子殿下がご無事でよかったです。あなたのお仕事は?」
「私は一応行商の者だよ。まあひとりでやっているから規模なんて小さなものだんだがね」
エルマの無事を知った後は、ディーデリックやミリアやラウレンスなども混じりながら雑談をしていた。心なしかディーデリックにも安堵が見てとれたのもあり、気にしていたようだ。
その後は三、四時間ほど乗合の馬車に揺られて街へと着いた。宿を探すラウレンスたちに着いて歩きながら街の様子を伺う。出店が多くあり、腹が減ってきたな。と腹を押さえた。
「お腹空いた?」
「わ!」
急に話しかけてきたディーデリックに驚き声を上げる。驚いた私の様子にディーデリックは顔に薄く笑みを浮かべた。
「何か食べたいものがあるのなら買ってくる」
「え、ああ、じゃああのケバブを……」
「父さん母さん、ちょっと待ってて」
ミリアたちに声をかけると出店の方にかけて行った。しばらく様子を見守っていると無事買えたらしく戻ってくる。
「はい、これ全員分あるから皆で食べよう」
「ありがとう、ディーデリックさん」
ラウレンスとミリアは後で食べるから、と紙袋を受けとって胸に抱えながら歩みを再開する。私とディーデリックは食べ歩きをし始める。あ、美味しいなこれ。
街に様子は白い石造りの建物が多い。王都も石造りではあるが色は様々だったなと思い出す。白い建物が多いのは近場の採石場で採れる石がそう言う性質のものだったからなのだろう。
宿が決まり、腹も一応膨れ、ミリアと共に部屋に入る。窓から外を眺めていると日が沈みそうになっていた。煌々と輝く夕日に、エルマもこれを見ているだろうか。とぼんやりと考えた。
「ミリアさん」
「何でしょう」
「エルマ様に盛った薬、わたくしに盛ったものと同じかしら」
「……少しばかり多く盛りましたが、命に関わるほどではありません」
「そう……よかった」
それだけ呟いて沈む夕日を眺め続けた。……考えることは、エルマや母や父たちはどうしているか。拉致されてからそればかり考えていた。夕日が沈み切れば、どんどん夜の帳が下っていった。去来するのは寂しさだったが、今から寂しいだなんて感じていたらこの先どうなるんだ。と見て見ぬふりをした。
「夕食を食べませんか? アリシア様」
「……そうね。いっぱい食べて元気にならなきゃね!」
「ええ。おかわりもしてください」
ミリアと共に部屋を出る。一度窓を見て夜に包まれた様を見てから扉を閉じた。
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