第28話 ヒティリアを知りたいの

 翌日放課後、中庭にてエルマと共に木陰のベンチに腰掛けていた。今は薄藤色の君ことディーデリックを待っていた。ちなみにあだ名は女子生徒が裏で呼んでいるもので女子人気が高いらしい。


 ディーデリックがやって来るまでの間、エルマから軽くディーデリックについて聞いていた。幼い頃にヒティリア国から両親と共に移り住んで、この王都で食事処を営んでいるらしい。王都で異国の料理を食べることが出来るのもあり、そこそこ繁盛しているそうだ。


「僕はヒティリアの料理って食べたことが無いから、今度一緒に行ってみないかい? 護衛はついちゃうけれどね」

「いいですね。外食だなんてあまりしませんし、ふふ、エルマ様となら面白そう」


 なんて二人してくすくすと笑い合っていると、待った? と声が降ってきた。ディーデリックの声だ。顔を上げれば褐色の肌に薄紫、いや、薄藤色の髪に、髪と同じ色の薄藤色の瞳。どこか神秘性を感じる中性的な見目のディーデリックがそこには居た。


 かた、と腰の剣が何か動いた気がしたが、エルマの声に二人に意識を戻した。僕の隣に座ってくれ。と真ん中にエルマを挟んでベンチで三人座る。何が聞きたいの。とディーデリックが話しかけてきた。


「そうですわね……。まずなのですが、わたくしの見目ってあまりよろしいものでは無いのでしょうか。この肌の色と髪色の組み合わせは」

「……父母に聞いた話だと、女巫の見目は大抵君と似た見目の女性らしいね。もしかして、保健室で言ったこと気にしてた?」

「ええ、魅入られなければ良いと言っていらしたから」


 成程ね。とディーデリックは呟いて、これはこれで俺の主観なだけなんだけれど、と前置きして言葉を続けた。


「女巫は大抵十二年は神殿に拘束されて神託を聞き続けると父母から聞いていたから、神様に気に入られたら自由は無くなるんだろうと思っていたから、そんなことにならなきゃいいね。って思って言ったんだ」

「だが、ここはガルシアだろう。ルーツはヒティリアでもこの国に住まう者が神託を聞く可能性は殆ど無いのではないか?」


 エルマの疑問にディーデリックは、多分そうだとは思う。と呟く。


「単に見目が珍しいから少し心配になってしまっただけだ。今まで異国の女性が神託を聞いた話を聞いたというのは父母から聞いたことは無かったから、杞憂だとは思う」

「なんだ。そうなのかい。僕ちょっと心配になってしまったよ」


 ふう、と胸を撫で下ろしたエルマに、心配してくれたのを嬉しく思う。私も神託なんて聞いた覚えも無かったし、杞憂に終わるだろう。


「女巫に選ばれる方ってどのような夢を見るのかしら」

「なんか喋る動物に出会うとかなんとかは聞いたかな」

「喋る動物、ですか」


 待てよ。以前夢でハムスターが喋っていたな。なんか、あなたがいいなとか。一瞬で血の気が引いてくる。い、いや、あれが信託な訳はないか。と一旦心を落ち着ける。


「十二柱の神のいずれかから神託が降るそうだ。気まぐれな神々だからどいつが最初とかは無くって、好き勝手にやってくるとか」

「本当に気まぐれな神々だねえ。どんな神々なんだい?」

「十二支って呼ばれている動物だけど、鼠、牛、虎、兎、猫、蛇、馬、羊、猿、鳥、犬、猪。らしい」


 大体前世の十二支と同じだが、辰が猫になっているな。と違いがあることを考える。まあこの世界からすれば辰、ドラゴンはモンスター扱いだ。そのことから猫へと変わったのだろう。


「主神はイリアドネス様ですよね。確か」

「知っているんだ。このガルシアではイリア様って呼ばれているけれど、ヒティリアではイリアドネスって名前なんだ」

「僕もそれは書物で読んだな。確か古くは同一神と考えられているんだろう。今は別の神と考えられているらしいが」

「そうなんだ。うちの父母は確か、神様ってのは和と荒って二面性を持ってるって言っていたかな」

「ニギとアラ、ですか」


 前世でも聞いたことがある。神には人々を守る善性と人々に害なす悪性が存在すると。ディーデリックも同じような説明をして、このガルシアでは善性のみを信仰しているようだね。と言う。


「良いだけの神様なんているものなんだろうか」

「僕にとっては二面性がある神の方が意外だけれどね」


 ガルシア出身のエルマからすればヒティリアの神への信仰は意外なものに感じるのだろう。私の前世でだって国によって国教というのは様々だった。それを育ってきた常識で見れば違和感を感じるというのは確かなものに思えた。


「なあディーデリック。今度君のご両親の営む店へと行っても良いだろうか? 僕はガルシアの常識しか知らない。見聞を広められたらと思っているんだ」

「……まあ、俺の聞き齧っただけの話よりは、ヒティリアで育った父母の方が詳しい話は聞けるだろう。それにうちの店に皇太子殿下が来たとなれば、もっと繁盛するかもしれないからな。今度正式に招くよ」

「ありがとう、ディーデリック!」


 他に聞きたいことはあるか? と問われ、ヒティリアの人間は皆この肌をしているのかと問うてみる。


「皆ってわけじゃあないけれど、大体こんな肌の人間が多いとは聞いている」

「わたくしの母はこの肌だったのだけれど、付き人の二人はこの国の人々と大差ない肌だったのよね」

「この国は肌によっての差別が若干はある。あっちの国ではほぼ無いそうだが」

「……君もその肌を揶揄されたことがあったのかい?」

「幼い頃はな。温室育ちの殿下様には馴染み無いだろうけれど、一般ではある」

「そうだったのか……。アリシアも、あったのかい?」


 不安げな目を向けてきたエルマに昔を思い出す。確かに裏でこそこそと何か言っている屋敷の人間は居たが、そう言った人間は父によって淘汰されてきた。故に現在屋敷では私や母の肌を揶揄する人間は存在しない。


 昔少しだけあったのだと言えば、なんだかエルマがしょんぼりとしてしまった。


「僕は何も知らずに生きて来たんだな……」

「し、仕方ないですわよエルマ様。だって異国の文化を知るというのは、今のガルシアでは難しいことですもの」


 国境近辺では未だ緊張状態が続いている。そんな状態で異国の文化を知ろう理解しようというのは難しいものだ。


「……やっぱり、僕はヒティリアについて知る必要がある。ディーデリック、今度の休み、ご両親に伺ってもいいかな」

「構わないけど……、ま、未来の王様に外交問題解決したいって意思があるなら、うちの父母も喜ぶよ」


 ふわ、とディーデリックが控えめに笑った。今までは無表情気味だったが、確かにこの笑顔なら薄藤色の君と呼ばれている意味も理解する。


 その後私とエルマが今度の休みにディーデリックの家を訪ねると言う話になって解散した。ディーデリックが去った後、エルマと二人ベンチに座って端が赤くなってきた空を見上げた。


「僕ら何も知らないんだな」

「そうですわねえ」

「……は。アリシア、そろそろ帰りなさい。ご両親が心配なさる」

「え、ああ、そうですわね。今日は失礼いたします」


 エルマに急かされて家路に着く。スズキを走らせながら、ぽわ、と腰の精霊の剣から声がした。


『行くべきではないよ』

「え?」

『訪ねるべきではないよ』

「エーヴァ様? どうしたの?」


 馬上で、精霊エーヴァの声に、どうしたのかと聞き返したが答えが返ってくることはなく。家に着いて自室で問い詰めても応えることはなかった。行くべきではない? ……ディーデリックの家に、と言うことだろうか。だが彼には害意は感じられなかった。……何故なのだろう。少しだけ胸騒ぎがした。

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