第26話 限界への足音

 学園へと二振に増えた帯刀ベルトを腰に携え登校してきた。教室でエリンに話しかけられ、剣を譲ってもらったのだと言えばエリンは良かったですね! とまるで我が事のように喜んだ。


「その剣、かなりの業物に見えますもんね。やっぱり持つべき人が持たなきゃ!」

「そうかしら。ありがとうエリンさん」

「あ、次の実技で見せびらかしてくださいよ! 男子たちにアリシアさんの格好良さ見せつけちゃいましょ!」

「流石に実技でも真剣を抜くのは憚られますわよ」


 はしゃぐエリンにどうしたのかとカナンが寄ってきた。


「カナンさん! あのね! アリシアさんがダンジョンに潜った時に剣を手に入れたんだけれど、これ格好いいんだよ!」

「へえ、それが例の。以前エリンさんからは聞きましたが、確か高ランクの逸品なのですよね」

「そうエルマ様からは聞き及んでおりますわ。使い手の得意魔法の傾向によって属性が変わるのだそうです」

「確かアリシアさんは炎魔法がお得意でしたね。具体的にはどのように?」

「……実技で見せびらかしてみましょうか?」

「やったあ!」


 エリンはわくわくするなあ! とはしゃいでいる。……良好な関係を築けているようで安心した。アリシアルートに行ってもらうのにはいい傾向だろう。


 今日は朝から実技がある。そこで剣の性能を確かめるのもいいだろう。担当教師のルーザーに相手になってもらえるか頼んでみようかと考える。


 じきに予鈴が鳴り席に着き始める生徒たち。私もいつもの席でホームルームが始まるのを待った。担任のショメルがやって来てからホームルームを行い、実技の準備のために着替えにゆく。その道すがら、移動教室だったらしいエルマとすれ違い軽い挨拶を交わす。

 エルマには精霊のことを話しておいてもいいかもなと考える。秘密にしてくれと前置きすればエルマは誰にも漏らすことはない人間だ。それなりに信用はしている。まあたまに突っ走ることもあるが。私への告白なんて最たる例だ。当時周りの人間たちは大慌てだったと父に昔聞いたことがある。


 エリンとカナンと共に校庭に着いて、生徒それぞれ雑談に興じながらルーザーを待っていた。陰気臭い、いつもの姿のルーザーが現れると次第に声は無くなってゆく。


「はい。今日は魔法との連携攻撃の練習だ。お前らにはまだ無理だろうが、武器に魔法を流すことで属性付与をできるのを知っている者は」

「はい!」

「タルガ、お前はやったことはあるのか」

「父が冒険者だったので、見たことは」

「なるほど。……これはそれなりに修練を必要とする術だが、相当才能が無い限りは可能だと考える。今まで担当していた生徒でも使えない者は少数だったからな。まあ使えずとも授業態度で単位は取らせるから肩は張らず」


 属性付与、丁度いい授業かもしれない。エルマから譲り受けた剣には精霊の加護が存在している。ダンジョンでも昨日の中庭でも形は出来ていたし難しいものでは無いだろう。


「手本に誰か」

「はい」

「アリシア嬢か。まあお前は魔法学でも才能はあると聞いているし、前に来なさい」


 生徒の間を縫って前に行く。手本を見せるから……と続きを言わずに、目に留まったらしい私の帯刀ベルトを指差し、その剣は? と疑問が飛んできた。


「ダンジョンに潜った際に手に入れたものを譲っていただき」

「はあん。それ加護があるな。見本には丁度いい」

「お分かりになるのですか?」

「これでも目は肥えている。鞘から抜いてみなさい」


 ルーザーの言葉に鞘から剣を抜く。両手で前に構えると、魔力を込めてみろ。との言葉に魔力を込める。刀身が赤く煌々と煌めいた。生徒たちから声が上がり、ルーザーが説明を始める。


「この剣は特別なもので一般の剣では色は変わらないが、見本として見ておけ。魔力を通すイメージが分かりやすくて助かる。その剣うちの学園に寄付してみないか?」

「ほほ、ご遠慮させていただきますわ」

「ち。まあいい。アリシア嬢。魔力を纏わせるイメージをしてみろ」


 ルーザーの言うように魔力を放つように意識すれば、剣が炎を纏う。おお、と生徒たちから声が上がった。アリシア様〜! すご〜い! なんて女子の声と男子がどよめき始め、生徒たちの注目を集めるためにルーザーは手を叩いた。


「アリシア嬢は才能がある。普通の剣でも同じように出来ただろう。分かりやすい例として私物で行ってもらったが、お前たち剣を倉庫から取ってきなさい。……ああ、アリシア嬢は残って」


 生徒たちが倉庫に向かい始め私も行くべきかと思ったがルーザーに呼び止められる。ルーザーの前に行けば、君は単位はもう取得で良い。とのことだ。


「この剣が特別だから出来たのでしょう? わたくしも普通の剣でやるべきでは……」

「大抵は一度イメージを掴めればどんな剣でも出来るものなんだ。それは加護もあるが魔力を通しやすく出来ているんだろう。感覚はもう体が覚えているはずだ」


 とすると私はやることが無くなる訳だが、どうしたらいいのかと聞くと、一度俺と模擬戦でもしてみよう。との言葉に驚いた。


 だってルーザーはローブのような動きにくい格好をしているし、実技の教師だがあまり戦闘には向いていないように思えたのだ。だが今までの授業、剣捌きは中々のものだったし見目は関係ないかと考えを改める。


「真剣での模擬戦だ。怪我はさせないよう努めるが、本気でかかって来なさい」

「だ、大丈夫なのですの? わたくしの腕で勝てるとは思ってはおりませんが」

「まあ鈍っちゃいるが、動けはするよ。生徒が来る前に準備運動をしておきなさい」


 ルーザーにそう言われ、まあ従う他無いかと言われた通り柔軟体操を始める。ぽつぽつと生徒が戻ってきたタイミングで、ルーザーも準備が整ったのか、腰から真剣を抜いた。


 私とルーザーの模擬戦に気が付いた生徒が声を上げ始め注目を集める。殆どの生徒が既に戻ってきていた。


「そちらから動きなさい。ある程度合わせる」

「はい」


 二人で距離を取って真剣を構えた。私から動きルーザーに切り掛かる。上段の振りを瞬時に見抜いて無駄の少ない動きでかわしたルーザーに横に薙ぐ。それもかわされルーザーが切り掛かってきた。剣でそれを防いで鍔迫り合いになる。歓声が聞こえてきたが構っている暇は無い。ルーザーの近づいた顔を見つめた。目にいつもとは違う煌めきが宿っている。


 押し返して距離を取り体勢を整えルーザーに向かう。剣に魔力を通せば剣が赤く燃えあがった。懐に飛び込んで下から振り上げると、ちり、と前髪が漕げるのを確認した。追い縋ろうと上段の振りを叩き込もうとした時、ルーザーの剣に光がほとばしった。まずい、と気が付いた時には剣を弾き落とされた。そうして剣を反転させ柄を向けて私の腹に一撃を叩き込むと、体が浮き上がってスローモーションかのように感じた。


 どさ、と地面に投げ出され、腹に痛みが襲ってきた。


「大丈夫か」

「……う、お強いのですね」


 腹を抑えながら上体を起こして、差し出されたルーザーの手を掴んで立ち上がった。きゃあきゃあと女子と男子の甲高い声が聞こえて来て初めて周りを取り囲むように観戦していたのだと気が付いた。


「お前たち! 実践はそう甘くは無いぞ! この世界はいつ自身が襲われるか分かったものではない。自分の身は自分で守れるよう、今後とも指導していく。とりあえずアリシア嬢にまだ勝てない男子勢は頭に入れておけよ」


 男子組から覇気のない返事が聞こえたところで、保健室に行ってきなさいとルーザーに告げられる。


「割と思い切りやったからな。一応アザにならないか先生に見てもらって来なさい」

「そうします……」


 ルーザー、強いなあ。なんだか女の身なのが若干嫌になった。まあ男だったら男で家督を継がされて自由なんざ夢のまた夢だろう。どっちにしろ変わらない。


 ルーザーに腹が痛むようならこの時間は休ませてもらえ、とひと言もらい、剣を鞘に納めた後、校庭を離れて保健室を目指した。


 校舎に入れば授業中だからだろう。誰ひとり廊下にはおらず、静まり返っている。教室の前を通れば中から教鞭を取る声が聞こえて来る。しばらく歩いて保健室に辿り着けば、女性教師が見えた。私に気が付くとどうしたの? と優しい声色で話しかけてきた。


「実技でお腹を殴打されまして」

「あら〜そりゃ痛いわね。椅子に座って見せてもらえる?」


 言われた通り教師の前の椅子に座って服を捲った。赤くなってはいたが、もしかしたら青あざが出来るかもしれないから。と薬草の軟膏を縫ってもらう。ガーゼを貼り付けて包帯を巻いて、この時間は休んでおきなさい。とベッドを指差した。それに従ってベッドへと向かう。


「あなたアリシアさんよね。この時期に一年が大きな怪我で来ることあまり無いのだけれど」

「そうなのですか。少々はしゃぎすぎてしまったようです」

「あまり無理はしないのよ。私一旦席を外しますね。教員室に行ってくるから」

「はい、ありがとうございます」


 引き戸を弾く音を聞きながらベッドに潜り込んだ。ふう、サボれる。


 ああ、もっと強くなれるのだろうか。私は女の身だし、どこかで頭打ちにはなってしまうだろうとは分かっている。けれど、やはり死にたくないと思ってしまうのだ。


 アリシアはゲームのルートによっては殺される場合がある。抵抗できるよう力を付けたいし、追放されてもひとり生きれる力が欲しいのだ。今現在追放の可能性は薄くはあったが、しかしながら力はあるに越したことはない。


 ちょっと寝ちゃおうかな。と目を瞑ると引き戸が開く音がした。先生が帰ってきたのかと思ったが、全く知らない人物が立っていた。


 ベニグノに似た色素の薄い紫色の短めに切り揃えられた髪に、私に似た褐色の肌の男子。恐らく生徒だと思われた。何故か見覚えがある見目だ。


 あれ、そう言えばなんかエリンの攻略対象にヒティリア国出身の生徒居なかったか? と気が付く。


「先生は」

「今教員室へと」

「そう……」


 彼はそう言うと私の隣のベッドに寝っ転がって寝始めようとしていた。具合が悪いのだろうか。


 まあ私が個人的なことを聞くべきでは無いな。と意識を自分に戻す。が、話しかけられて再び彼に意識を戻すことになる。


「君、太陽と星に愛されてるね」

「……ヒティリアの方……ですの?」

「両親が」

「そうですか。わたくしも母がヒティリアの者でして」

「ふうん。魅入られなきゃいいね」

「……?」


 それだけ言って彼は頭まで布団を被って寝始めてしまった。聞きたいことがあっても無理に聞けない状況になって悶々とした。


「あまり、この見目、良いものでは無いのかしら……」


 私の呟きが空を舞って誰に聞かれるでもなく消えて行った。

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