第25話 精霊さんは割と奔放

「受け取ってくれ。君の剣だよ」

「謹んで賜ります」


 エルマから剣を渡される。放課後、中庭にて私はエルマにかしずいて両手で剣を受け取った。細身ではあるがずっしりと重さを感じる剣だ。


「そんなに恭しくする必要はない。あのベンチに座ろう」


 エルマに手を引かれて立ち上がり、ベンチへと連れてゆかれた。座ると、見てごらんよ。とエルマの瞳はまるでプレゼントをもらった時の子供のような輝きが見て取れた。


 鞘からゆっくりと刀身を出せば、日の光に銀の刀身が煌めいた。全て抜いて掲げてみれば、美しい意匠の剣だ。


「その剣、君の持っている竹刀と同じほどの長さだろう。扱いはしやすいんじゃあないかな」

「そうですね。重量はありますが、身に馴染んだ間合いの剣ですから扱いは容易いかと」


 ああ、とても綺麗だ。ほう、と息をついて見惚れていると、エルマから剣の詳細が告げられた。


「エリンが大まかな鑑定をしていたが、Sランク、上級のランクの剣だ。初めて抜いた時は赤く煌めいていたように見えたが、なんでも引き抜いた者の特化属性で刀身の色が変わるらしい。君の魔力に反応したんだろう」

「へえ……確かに炎系の魔法は得意な方です」

「魔力を込めてごらん。色が変わるだろう」


 魔力を意識してみると刀身が煌々と燃えるような色に変わる。実は僕がやったら青く輝いたんだ。とエルマがこっそりと教えてくれた。エルマの得意魔法は確か氷や水だったなと思い出した。


「不思議な剣ですのね」

「精霊が宿っているとのことだったが、調べた者の声には反応しなかったそうだ。僕も何も感じなかったが、君はどうだろう」

「わたくしもこれと言って感じるものはありませんが」

「そうか……、一体どんな精霊なのだろうね?」


 本職の鑑定士にも気配だけで姿を見れなかった精霊か。私如きの前に現れるかどうかは怪しいものだ。まあ持っていていずれ会えたら幸運だし、なんとなく持っているだけで心強い気がする。


「精霊とは気高いものと聞きますが、エルマ様はご覧になったことがあって?」

「一度だけ。宮廷魔法士が話していたのをこっそり見た時かな。気づかれたら顔に炎を吹きかけられて前髪が焦げちゃったんだ」

「気難しいものなのでしょうか」

「そうなんだろう。認めた者の前にしか姿を表すことが無いと聞くからね」


 いつか出会えるのか。それか、精霊が見える者に出会えたのならばこの剣は譲ろう。精霊にとってだってその方がいいだろう。しばらく腰に竹刀と共に居てもらうか。と帯刀ベルトを二本帯刀出来るものに変える算段をつける。


「今日はそろそろ帰りなさい。その剣、大切にするといい。精霊のご加護があるかもしれないからね」

「そうさせていただきます。申し訳ありません。わざわざ一度寮に戻って取ってきていただき」

「いいのさ。厩舎まで一緒に行こうか?」

「いいえ。そこまでしていただかなくても大丈夫ですわ。エルマ様。今日はこれにてごきげんよう」

「ああ、気をつけてね」


 エルマと別れて厩舎に向かう。スズキに再会の挨拶をした後に乗馬の準備をして馬房から出してやる。厩舎の外で乗り込んで軽く走らせながら帰る。たまにはゆっくりでもいいだろう。


 学園を出てから街並みを眺め、もらった剣を見遣る。精霊が宿っていると言ってもどんな精霊なのだろうか。Sランクだと言うし、中々に強力な精霊なのだろう。街を抜けて郊外の屋敷に戻るとスズキの世話を厩務員に託す。自室に向かってひとりになる。ソファに座って再び剣を抜いてみた。


「綺麗なものね」

『そりゃあどうも。俺っち照れちゃうね』

「……?」


 女性の声だ。私以外に部屋に誰かが居る訳でもなくどこから聞こえたのかと不思議に思うと、剣がぱあ、と淡い光を放った。


「え、え?」

『精霊は初めてかな? お嬢さん』

「あなたは……」


 この剣の精霊なのだと理解した。淡い緑色の腰ほどまでの長い髪。白い肌に緑の瞳。柔和な顔つきの少女に見えた。身長は私よりも大きく、しなやかな体つきに深い緑色の動きやすそうだが細かな総レースの衣装に身を包んでいる。


『あー、ひっさびさに人間と話すなあ』

「精霊さん、でいいのよね。あなたは」

『そ。美しいお嬢さん。俺はエーヴァ。以後お見知りおきを』

「まあ……まさか、姿を見せてくださるだなんて……」

『お嬢さん、お綺麗だしい? オトモダチになっとこうかなって』

「なんて軽い理由なの……」


 結構俗な精霊だな。と思いつつ自己紹介をする。


「わたくし、アリシア・ローズレッドと申します。公爵家の令嬢です」

『いいとこのお嬢さんがダンジョンに潜ったのかい? 度胸あんねえ』

「まあ興味本位と言いますか……」

『そーゆー人間嫌いじゃないよ。俺は』


 なんかお嬢さん面白そうだね〜。なんて呑気に言っているが、精霊と話すことが出来る人間は多くはない。自分がその体験をしているのだと自覚すると少しばかり高揚してしまう。


「あのっ、エーヴァ様は何を司る精霊なのでしょう」

『俺っちは祝福を授ける精霊かな〜。気に入った子にちょちょいと運が良いことを……。まあ基本なんでもってカンジぃ?』

「はあ、万能な方なのですね」


 Sランクの武器に宿る精霊なのだから、そりゃあ強い精霊なのだろう。確かに精霊を目にしているのだから運が良いのは確かだ。


『お嬢さん、強い力を持ってるね』

「特にそのようなことはありませんが……」

『またまたあ! あいつらに唾つけられてんだから強いって!』

「あいつら……?」

『ま、それは置いといてさ。長いこと種に押し込められてたから暇だったんだよね〜。オハナシ相手にこれからなってくれたら、良いこと沢山あげちゃうぞ!』

「ええ、話し相手くらいならばいくらでも」

『ありがとねお嬢さん! あ、言っとくけど周りに精霊見たってのは吹聴しない方がいいってのは言っとくよ。精霊の使役目当てで捕まるやつ、結構昔は居たからね。今は知らんけど』

「……気をつけますわ」


 これは身内にも隠しておいた方が良さそうだ。なんだか秘密を持ったのが嬉しさ半分、面倒に巻き込まれる可能性があることによる危機感半分だった。


 気分が高揚しているのは確かだったが、一応冷静な部分は残っていてくれたのでなんとか判断出来た。

 こんこん、と扉を叩く音に少しばかり焦ったが、また後でね〜。とエーヴァは淡い光と共に消えた。


「お入りなさい」

「お嬢様、おかえりなさいませ」


 サバタが部屋に入ってきた。私を見るとまだお着替えになっていなかったのですか。と呆れられた。


「着替えますわよ。……サバタ、帯刀ベルトなのだけれど、二振させるものを用意出来るかしら」

「出来ますが、……その剣は?」

「ダンジョンで手に入れたものを殿下より譲り受けたの。加護があるものらしいから竹刀と持とうと思って」

「準備しておきましょう。さあ着替えてください。夕食まで時間はありますが、屋敷ではあまりその姿で出歩かぬよう旦那様の言いつけですからね」

「もう! 分かっているってば!」


 セーラー服を脱いで普段着に着替える。エーヴァのことを考える。夜にでも話を聞いてみるべきだろう。彼女のことをもっと知ってみたい。

 その後夕食を摂り、身を清め、自室にひとりになってベッドに入ってエーヴァを呼んでみる。淡い光と共にエーヴァが現れた。


『よ、さっきぶり』

「エーヴァ様。あなたは種に閉じ込められていたとおっしゃっていたけれども、何年前なのかしら」

『んー、百年以上は経っていると思うけれど、数えんの面倒臭くなって分かんないね』

「古い精霊なのですか?」

『ま、カミサマとはオトモダチだったよ』

「ははあ……すごいですのね」


 思わず感心してしまった。神様と友人だなんて、遠い世界の話のようだ。


『イリアドネスはね〜。あ、女神ちゃんのことね? けっこーなんつーか。人間大好きカミサマだったよ。今は知らんけど』

「女神イリアドネス様ですか。この国の女神ですね」

『あの子一応ヒティリアとガルシアのカミサマでしょ? 昔っから争いあるの悲しんでたね〜』


 やはりヒティリア国の主神と、このガルシア王国の唯一神の女神は同一神だったらしい。割と貴重な話だ。


「この国ガルシアでは唯一神ですが、何故ヒティリアでは多神教なのでしょう」

『ガルシアでは他の神々は小間使いの扱いだからだよ。手下と見るか。同じ神と見たか。古い人間の決め事だからね〜。まあお嬢さんの言い分だと昔と変わってないっぽいね』

「ええ、何百年も小競り合いが」


 ふうん。とベッドに腰掛けたエーヴァは、悩ましげな表情で私を見た。


『……ここ、ガルシアなのに選ばれちゃったんだね』

「え?」

『ん、ま。時が来れば分かるだろうさ。そろそろ寝なさいよ。時間があるときにゆっくり話そう。君ら学生なんでしょ? 疲れているだろうし休日にでも、さ』

「でも、もう少しお話を聞きたいわ」

『んー、じゃ、閨でも共にする? 色々遊んじゃおうかな〜久々だし。ピロートークでもしてあげようか?』

「寝ます!!!」


 くく、とエーヴァは笑うと、おやすみ〜。と緩い口調で光の粒となって消えた。


 あ、危なく操の危機だった……。エーヴァは女性はイケるらしい。……女神といい関係だったのではと勘繰って若干妄想が膨らんだ。


 ……選ばれたという言葉は一体どう言う意味なのだろうか。考えても答えは出なかった。とりあえず休日になったら色々話を聞いてみようとベッドに潜って目を閉じた。

 今日はあの霧の匂いはしなかった。

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