第24話 夢って基本忘れるよね

「…………ここは……」


 白く霞んだ視界を寝転んだままぼんやりと眺める。目を開けたまま何も考えずに虚空を見つめた。さささ、と音がして意識が覚醒してゆき、音の正体を探そうと上体を起こした。


 ちち、と鳴き声らしき音が聞こえ見回すと私の膝下に小さな鼠……と言うよりもハムスターのような生物がいた。白い毛並みにくりっとした目、まん丸の体には金色の模様が額に存在していた。隈取りに見えなくもない。


「あらあら、可愛らしい鼠さんね」


 ちち、と私を見つめる鼠に手を差し出すと乗ってくる。顔に近づけるとやはりハムスターに見えた。


『あなたがいいなあ。あなたがいいなあ』

「……?」

『太陽と星に愛されたあなたがいいなあ』


 どこから声が聞こえてくるのかときょろきょろと辺りを見渡す。白んでいてよく分からない、と思うと再び声が聞こえた。


『わたしあなたがいいなあ』

「……もしかして、あなたが喋っているの?」

『そうだよう』

「あらあ……不思議なこともあるものね」


 可愛らしいわね。と微笑むと再び同じ言葉を繰り返す鼠。


『あなたがいいなあ。お話してくれるのあなたがいいなあ』

「お話しているじゃない」

『ちがう。ちがう。わたしたちのお話聞いてくれるひと。特別なひと。太陽と星に愛されたあなたがいいなあ』

「いくらでも聞いてあげますわよ」

『ほんとうに? ほんとうに? うれしいなあ。お話聞いてくれるひと。みんなに愛されるひと。お話また聞いてね。また来るね。ばいばい』

「あら、もう行ってしまうの?」

『みんなに知らせる。お話聞いてくれるひと出来たってみんなに知らせる』

「お友達が沢山いるのね。おゆきなさいな」


 鼠を手のひらから降ろせば、小さな足でちょろちょろと白んだ霧の中に消えて行った。あれは何だったのだろうか。と思いつつ強い眠気が襲ってきた。


「ふあ……寝ちゃいましょ……」


 床に体を横たえて目を瞑る。意識が遠くなって、誰か懐かしい声が聞こえてきた。この声は。


「お嬢様、朝ですよ」

「……サバタ、おはよう〜」


 ふああ、と欠伸をして挨拶をすればサバタは無表情で今日は学園でしょう。と私の目の前に制服を持ってきた。


「まず顔を洗わせて。歯磨きもしなきゃあ」

「そうですね。身支度を整えて朝食を取って、新しい制服に袖を通して、スズキに乗って見せびらかして来るといいでしょう」

「ふふっ、新しい制服ってわくわくするわ」


 サバタの用意した洗面器に張った水で顔を洗い、何か夢を見たよな。と思い出した。何だか朧げだが、鼠が出て来て人語を話していたのだ。ファンシーな夢だなと思いつつ身支度を整える。


「ねえサバタは動物が喋る夢を見たことある?」

「まあありますが」

「今日の夢、鼠が話していたのよね。なんて言っていたかしら? あなたがいいな? とか何とか」

「…………今、何と?」

「えっ? あ、いえ、何だったかしら。愛された人? お話聞いてくれる人? 皆に知らせる? ごめんなさいね。あまりはっきり覚えていないの」

「……そうですか」


 サバタが一瞬動揺を見せた。明瞭に覚えていないが、あれは、……ん? と違和感が湧き上がる。


 何に愛された人だったか。そこがはっきりしない。鼠が話していることの方に意識が行っていたのもあるが、夢って起き抜け直前でも忘れていることが多いので仕方がないだろう。


「旦那様とイリス様と朝食をおとりになってください。私は少し外します」

「そう。じゃあ朝食をいただいてくるわ。サバタも落ち着いたらちゃんと食べるのよ」

「ええ、言われずとも」


 サバタと共に自室を出て朝食をいつも摂っている広間に向かう。父と母の姿は既にあり、おはようございます。と挨拶をした。


「アリシア、その制服、やはりとても良いわねえ。私も着たいくらい」

「あら、お母様ならきっと似合いますわ」

「素行の悪い行いをするんじゃないぞ」

「あらあらあらあら、娘を碌でなしみたいに」

「実際そうじゃあないか?」


 父に突っ込まれて笑顔で流す。

 そういえば、と父と母にも夢の話をしてみた。


「今日の夢、まんまるふわふわの可愛らしい鼠さんが出て来たのよ。お話したの」

「ファンシーな夢だな」

「なんだか金色の模様が体にあってね。隈取りみたいだったわ」


 がちゃ、と母が滅多に立てない音を立てた。見れば皿を凝視して固まっていた。嫌いなものでも入っていただろうか。


「……その鼠さんは、何かお話したのかしら」


 母が少しばかりいつもより硬い声で疑問を投げてきた。


「お話聞いてくれる人を探していたみたい。お話聞いてあげるわねって言ったらお友達にも知らせるんですって」


 母の表情が硬い。というか血の気が引いているのか青ざめている。


「お母様、お加減悪いのかしら。大丈夫?」

「……ええ! 大丈夫ですよ!」


 少しばかり硬い笑顔の母に、無理して笑っているのだと分かる。愛された人。愛された……。何だったか。靄がかかったように思い出せない。


「まあ夢なんて様々ですわよね。ね! お父様」

「…………」


 父に話を投げると、父も思い詰めたような顔をしていた。

 何か、良くないことだったのだと今更気がつく。たかが夢だと思っていたが、私は思い出そうにももう忘れてしまっている。朧げで断片的にしか覚えていない。


 私は、何か凶夢を見てしまったのだろうか?


 その後は二人の口数も少なく会話も弾まず、朝食を終える。登校の準備をしてスズキを厩舎から出して鞍やハミを付けて屋敷を出た。


 何か、私はまずいことを言ってしまっただろうかと悶々と馬上で考えたが答えは出ず。やけになって来たのでスズキを爆走させ始め、いつもと変わらぬ登校風景になった。途中私を呼ぶ声が聞こえ、スズキを止める。


「アリシアさん!」

「エリンさん、おはようございます」

「おはようございます! その制服! 夏服ですか?」

「ええ、どうかしら?」

「お似合いですよ! 黒地もよかったけれど、白も似合いますねえ」

「ありがとう、エリンさん」


 えへへ、と照れるエリンに気分が多少は上昇した。褒められて悪い気はしないのだ。スズキを引きながらエリンと並んで歩いて登校する。学園に着いて一旦別れて厩舎にスズキを預けた。


 教室に向かえば女子組からちやほやとされるのだった。私、ワルを目指しているけれど、どこで方向性間違えたかな。なんか王子様ポジションに収まっている気がしないでもない。そのポジションはエルマで間に合っているのだ。やはりちょっとばかし誰かからカツアゲでも……いや金には困っていないし、いじめとかやる以前の問題だし。


 このまま王子様ポジションに居座って男子組からの嫉妬に耐え続けるしかないのか?


 隅の椅子に座りながら考え事をしていると、悩ましいアリシア様も素敵だわ。とこそこそと聞こえて来たのでこれは……高校デビューの想定していたポジションの構築に失敗したな。とちょっと頭を抱えるのであった。


 登校して来たカナンが加わり、エリンとカナンと共に雑談に興じていたが、男子の目は痛い。ええい、格好いい人ポジションを狙うのならば研鑽して来なかった己を呪え!


 そういえば制服だが、ぽつぽつと夏用らしい服に身を包む生徒もちらほらと見られた。やっぱり夏は涼しげに感じる格好がいいわよね。長丈スカートのことは棚に上げた。


 ホームルームや授業をこなして昼食時、エルマに出会った。相変わらずきらきらしてんな〜と呑気に思いながら声をかける。


「アリシア、その制服も似合うね。白も黒も似合うだなんて流石だよ」

「なんでも着こなしてしまうわたくし、ワルでしょう?」

「それはどうかな。君、根は純粋だから」


 根っこは根腐れ気味だが野暮なことは言わない。そうだ。とエルマが思いついたように声を上げた。


「ダンジョンで手に入れた剣だけれど、僕の元に来たから放課後渡そうか?」

「よろしいんですの?」

「粗方調べ終わったらしいからね。確か複製のデータは取れたらしいから、正式に君のものだよ」

「では放課後、伺わせていただきます」


 エルマと約束を交わして昼は別れた。あの剣! 返ってくるのか! とわくわくと心が躍り、夢のことなんて綺麗さっぱり忘れていたのだった。

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