第23話 セーラー服はやっぱり可愛い

「エンリケ! 覚悟おおおおおお!」

「だから、叫びながら挑んでくるのはおやめくださいお嬢様」


 父の執務室の扉を蹴り開けてエンリケの元へと竹刀を振りかぶり飛びかかると片手で竹刀を掴まれる。呆れた声色のエンリケは、書類片手に父との話を再開した。


「わたくしを無視しないでエンリケ!」

「お嬢様、学園がお休みの時くらい予習でもなさってください」

「学園が休みの時くらいタイマンしてちょうだい!」

「うるさいぞアリシア。話し中だ」

「お父様のお馬鹿!」


 仕事とわたくしどっちが大切なのよ! と面倒な彼女のような台詞を発しながら喚いていると、父が重いため息を吐く。エンリケを呼ぶと少しばかり相手をして来て欲しい。と厄介払いの如くの命を下し、エンリケは大人しくそれに従い私はエンリケ自由権を手に入れたのだった。


 やはり駄々はこねとくものだな。とにんまりと笑うと、その笑い方は外では絶対にしないように! ときつく父に言われた。そんなに酷いか?


「行きますわよエンリケ〜。じゃあお仕事頑張ってね! お父様」

「はいはい、早く行きなさい」


 心底から面倒だと思っているのが見て取れる。動きやすい服には既に着替えてあったので、竹刀片手に庭へと向かう。エンリケ用の木刀もばっちり準備済みだったので呆れられるのだった。


「お嬢様はもう少し淑やかには出来ないのですか。あなたは未来の国母ですよ」

「どんな人間にだって黒歴史となりうる過去は持ち合わせておりますでしょう? わたくしも思い出して喚き出したくなるほどの思い出を作っておきたいの」

「……お嬢様は思い出しても平然としていそうですがね」


 エンリケがぼそと呟いたが無視を決め込む。というか私のような頭の湧いている問題児を王太子の婚約者にすえ続けるこの国、控えめに言っても結構危険な気がしないでもない。まあ、幼い頃から王妃、エルマの母には幾度も会っているので気に入られており、そう言った面では結婚しようが嫁姑問題は回避できるだろうと考えている。


 国王については私の奇行にたまに渋い顔をしていた時もあったが、エルマと王妃によって丸め込まれている。舅との問題が起きるなこりゃ。


「おう、お嬢とエンリケさん。何だあ、また駄々っ子してエンリケさんを引きずってきたのか?」

「あら、ベニグノ。人聞きの悪いこと言わないでよ」

「あながち間違いでもないでしょう。厄介払いの犠牲になったんですよ。ベニグノ」

「ご愁傷様〜、庭で手合わせでもすんのかい? 俺もヤジ飛ばしに行こうかな」


 廊下で出会ったベニグノが後ろから着いてくる。そういえばこの二人、どちらの方が強いのだろうか? と疑問が湧いた。


 エンリケは元傭兵。ベニグノは元冒険者。生業としては多少違うが戦闘で飯を食っていた二人だ。疑問を口にしてみる。


「あなたたちって、どちら方が強いの?」

「エンリケさんに決まってんじゃん。傭兵だぞ傭兵」

「確かに腕としては私かもしれないが、ベニグノも相当腕は立ちますよ」

「ふうん。あなたたちの手合わせ見てみたいものだけれど」


 やだよ〜。とベニグノが嫌そうな声を上げた。負け戦はしたくはないのだそうだ。が、今現在執事に収まっているエンリケ相手なのならば勝てるのでは、と聞くが、俺なんか昼行灯だぞ。と最もな答えが返ってくる。まあそりゃそうか。二人してそこそこ鈍っているということらしい。


 庭に着いて、エンリケに木刀を渡す。ベンチに座ってだらけているベニグノがヤジを飛ばしてくるが、何故か応援しているのはエンリケの方だった。私を応援しなさいよ! とベニグノに叫ぶと、だってお嬢が強くなるにはエンリケさんにも頑張ってもらわんとね。と納得がいかない答えが返ってきた。


「何よ〜、ベニグノそんなこと言うならエンリケと戦いなさい。命令です」

「墓穴掘った〜」


 うええ〜、と脱力してベンチに座っているベニグノを立ち上がらせるために、腕を引っ張った。


「お立ちなさいよお〜」

「やだよ〜。まともにやり合ったらいい方で骨折だっての」

「わたくしは骨なんて折ったことはないわよ」

「だって相手お嬢なんだから加減はするでしょうよ」


 その言葉に少しむっとなった。エンリケは確かに強い。女の身で彼に勝てるかは運が絡むだろう。私が同年代では突飛した実力だったとしても実践を行っていた人物に勝つのはそれこそ骨が折れるだろう。


「だったら相撲なさいな」

「前旦那様とやってたあれ? あれでも骨折れるって、下手すりゃあ内臓破裂」

「そこまで兵器染みているつもりはないぞベニグノ」


 呆れた声色のエンリケに、ちょっとは手加減してくださいよお〜。とベニグノが渋々と立ち上がった。


 私の竹刀を渡そうとすると、スモウにする。と告げてエンリケの前に立つ。


「お嬢様、スモウとは以前旦那様から聞いた武芸ですかな」

「そうですわよ。拳を使わず相手を転がすか押し出すかに限定した肉弾戦ですわね」

「なんだっけ掛け声、ま、いいや。お嬢が審判してくれるんでしょ」

「はい、見合って。はっきよいのこった。と言ったら始めですわ」


 相撲と言うよりもレスリングのような構えを取った二人に、まあいいか。と説明が面倒なのでそのまま始めることとする。


「見合って見合って……はっきよいのこった!」


 勢いよく飛び出した二人が組み合う。二人とも拮抗しているが組み合う二人になんだか少々あちらのお友達が喜びそうな妄想をしてしまうのだった。いやだって、獣人のイケオジに昼行灯のイケオジ。ちょっと妄想が暴走しそうになりながら、のこったのこったと掛け声を上げ続ける。


 結果、意外にもベニグノが勝利したのだった。決まり手は寄り倒し、用は背中を地面につけたのだった。


「私も鈍っているな」

「いや〜、俺も勝てたのまぐれだって。どっちも前線から引いて長いんだしさ。しょうがねえって」

「お嬢様との手合わせをやっているだけマシだな。ベニグノもたまにはお嬢様の相手をしなさい」

「俺〜? 面倒だな〜」

「あなた毎日暇してるなら構ってちょうだいよ」

「そーゆーのはおじさんじゃあなくて、旦那様にも媚び売って頼んでみるといいよ。あの人も実力あるのは確かなんだから」


 お父様は手加減してくれないもの。と顔を背けていじけると、エンリケさんには手加減してもらってる自覚あったのね。と意外そうに言われた。


「そりゃそうですわよ。小娘が傭兵に拮抗した勝負、手加減してもらわなきゃ成立しないわよ」

「そりゃそうよね〜。じゃあサバタさんも巻き込んじゃって」

「私がどうかしましたか。ベニグノ」


 ベニグノの背後にいつの間にかサバタの姿があった。ベニグノは飛び上がって私の背に避難してきた。身を縮こませている。


「な、なんでもないよ。サバタさん」

「…………まあ、不問にします。お嬢様。夏用の制服が仕上がったそうです。届きましたので試着なさってください」

「わあ! 届いたのね! エンリケ、ベニグノ、わたくし行くわ!」

「俺戦い損じゃない?」

「そんなこと言ったら私もだ」


 サバタの背を追いながらそんな会話が聞こえてきた。まあ良い。今は夏用制服だ!

 自室に向かえば机の上に白い箱が置いてある。開いてもいいかとサバタに尋ねると、どうぞと言われる。箱を開けてみれば、紺の襟と白い生地のセーラー服だ。


 早速サバタの手伝いを受けながら服を脱いで、セーラー服を着てみる。


 上の制服は半袖で涼しげな印象を与えるセーラー服だ。下は紺の長丈スカート。胸には赤いリボンスカーフ。


「いいですわ〜! 見た目も涼しげで気分が上がりますわね!」

「……お嬢様がお喜びになるならようございました。仕立て屋にも伝えておきます」

「そうして! ああ、次の通学が楽しみ!」


 お母様に見せてこなくちゃ。と部屋を出てスキップしながら母の自室へと向かった。


「お母様〜見て見て〜、夏服の制服なの!」

「あら、いいわねえ。なんだか涼しそう」

「スカートって結構蒸れますけれど、そこは我慢ですわね〜。まあ可愛いからいいのですけど!」


 若い頃のお母様にもセーラー服着てみて欲しかったです。と母の腕に抱きつくと母が私の髪を撫ぜる。


「……あなたが普通の女の子で良かった」

「? どう言うこと?」

「いいえ? まあお転婆ではあるけれど、元気ならどんな生き方をしても私はいいわ。あなたの幸福が私の幸福です」

「……そう! じゃあもっと幸福になったらお母様ももっと幸福になるわね!」


 母の言葉に何か裏を感じたが、今は考えても無駄だろうと笑顔を作って答えた。母は何かを隠しているのは知っている。母が話してくれるまで待つ他ないのだ。考えるだけ無駄だと思いもする。諦めもあったが、母の言葉は嘘ではないのだろう。私の幸福が母の幸福ならば、母の笑顔を守れるように幸福な道を進むべきだ。


 しばらく母と談笑したのち、自室に戻ればサバタが私の脱いだ服を片付けているところだった。部屋着に着替えて普通の日常に戻る。調べ物をして、家族で食事をして、入浴し、予習をし、そうしてサバタにおやすみを告げてベッドに入った。


 ああ、あのセーラー服で通学するのが楽しみね。なんて考えながらのんびりと寝入った。

 微かに霧の匂いがした。

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