第22話 女巫

 翌日の体術の授業のことだった。担当教師のルーザーに男子組の相手をしろと言われ、その最中のことだった。男子のひとり、タルガが突然謎の文言を言い放った。


「アリシア嬢! 決闘を申し込む!」

「まあ、つまりタイマンですわね。何かご不満が?」

「女子勢の人気総取り問題だあああ!」


 なんつう阿呆な理由なのだろうか。今までの男子組からの意味ありげな視線はそれだったらしい。女子組はルーザー相手をしているエリン以外のほぼ全員がきゃあきゃあと声を上げて、決闘ですって! アリシア様頑張って〜と声を上げ始めた。


 一方授業中だと言うのに男子組は賭け事を始め、この学園の治安控えめに言って終わっていないか? と疑念が生まれたのだった。一応貴族のお坊ちゃんもいると言うのに。


「わたくしは別によろしいのですがルーザー先生にお伺いを立てるべきでは?」

「許可は既にもらっている!」

「あなた一度でもわたくしに勝てたことございますの?」

「うっせー! ねえよ!」

「初めてのタイマン、泣いていらしたものねえ」

「ぐ、……ふん、今回は秘策があるからな」


 タルガは一応実力者ではある。タルガかましたれ〜、と男子組から緩い応援が飛んできたのもあり、両者獲物を構える。


「わたくしが勝ったのならば何をいただきましょうか」

「犬にでもなんでもしろよ!」

「そんな軽率に約束事をしてもいいのかしら? 泣き虫さん」

「うるっせ! 行くぞ!」


 タルガが突っ込んでくる。考えがあるとは言え突っ込んでくる辺りはあるようには見えなかった。上段の振りを交わして脇腹に竹刀を叩き込む。ぐ、と声を上げたと思うと火弾が顔の脇を掠めていった。見れば他の男子が二人、タルガの元居た場所から魔法を放ったようだった。


「あら、ひとりでは勝てないから三人で? 卑劣極まりないですのね」

「バケモンに勝つにはなりふり構っちゃ居られねえんだよ!」


 観戦している女子組から卑怯者〜! なんて言葉が飛んできたがタルガは気にする様子はない。女子組の人気総取りの件で挑んできた割には、卑怯な手を使えば使うほど気が離れてゆくことに気がついていないらしい。まあ勝てば私の株が上がるのだし、良いタイマンだ。


 タルガから離れ魔法を放った二人の元に駆ける。思い切り竹刀を振りかぶり、魔法を至近距離でかわし脳天に叩きつけるとひとり沈んだ。


 もうひとりの元に駆けて雷魔法をかわし腹に突きの一撃を入れるともうひとりも沈む。地面に疼くまる二人の背にそれぞれもう一発竹刀で叩き込むと悲鳴が上がった。


「名前も知らないあなたさまだけになりましたねえ」

「ぐ、う」

「行きますわよ!」


 タルガの元に駆け、横に薙げばタルガが木刀で受ける。鍔迫り合いになり、魔法組の二人が復活しない内に勝負をつけようと思い切り突き放して突っ込む。手首に竹刀を叩き込めば片手が離れ体制を崩し、脳天に一発。


 タルガはひう! と悲鳴を上げてうずくまってしまった。


「犬になってくださるのよねえ」

「ま、まだだ。まだやれる」

「へえ? ……諦めの悪い方って嫌いじゃあないですが、勝ち目の無い戦いを引きずる人間は嫌いですわね」


 魔法組は戦意喪失しているのは遠目に見えた。タルガのみで勝てる道理はなかった。立ち上がって再びタルガは木刀を構えたが、数発打ち込めば涙目になって大人しくなった。


「タルガ如きがアリシア様に勝てる訳ないじゃない!」

「卑怯者のくせに負けるって……」

「うー、お前なんか嫌いだ……」


 女子組から上がる非難の数々にタルガは満身創痍だ。見学している男子勢は賭け金の分配を始め、タイマンは終了するのだった。


 授業終了後女子組に囲まれてきゃあきゃあと黄色い声が上がる。私、ハーレムものの主人公か何かか? 王子様ポジションの洗礼を受けた後、カナンとエリンが更衣室に向かうのを見つけて合流する。


「わたくしもご一緒しても?」

「アリシアさん! いやー、やっぱすごいですね! 剣術じゃあこの学園の一、二を争うんじゃないですか?」

「単にクラスメイトが骨無しなだけで上は居ますわよ」

「私丁度先生に稽古付けてもらっている最中だったんで、あまり見れて居なかったんですけど、カナンさんは見てたんですよね」

「皆さまアリシアさんに骨抜きですよ」


 まあきゃあきゃあ言われて悪い気はしないしな。と考えたが、タルガを犬にしてもいいのならば、どうやってこき使ってやろうかと考える。カナンにどうしたらいいと思う? と聞いてみると、購買で何か使いっ走りでもさせてみたらどうか? と言われる。


「購買と言っても、わたくし特に欲しい物も無いですしねえ」

「まあ、授業サボって板書取らせるとかしてみたらどうですか? ワルっぽそうじゃあないです?」


 エリンの言葉にワルセンサーがピンと反応した。それちょっと良いな。と思いつつ更衣室にたどり着いて着替えをしながら考える。


 授業をサボるなんて、ワル中のワルね。でもサボっても暇を持て余すだけな気もするのでもう少し考えてみよう。いい使い所を見つけたのならば、その時ワンコ権を発動してやろう、とほくそ笑む。


「なんかアリシアさんすごい笑ってますよカナンさん」

「影のある笑みも素敵ですわね」


 勘違いをされつつ、座学の授業の準備に入る。次の授業は歴史だったなあ。とぼんやりと思い出す。それを終えれば放課後だし、返しそびれていたヒティリア国の本を返しにゆこう。


 授業が始まってガルシアの歴史を学びつつ、教師が横道に逸れた雑談タイムに突入する。そうしてヒティリア国の話に飛んだ。


「ヒティリア国では多神教であり、一神教のガルシア王国とは度々宗教的な対立が起こっていた。ヒティリア国は主神となる神の他にその神に仕える神が十二柱居るとされている。主神は太陽を司る神で、ガルシア王国の女神と古くは同一だったのでは、と考えられてる」


 そういえばそんな話を本で読んだ気がする。ヒティリアには興味があるし、集中して聞く。


「めかんなぎ、女巫と言うのは知っているかな? ヒティリアの神の信託を聞く女性のことだ。主神以外の十二の神の声を聞く女性のことをそう呼ぶ。十二年神の声を聞いた女巫は、使命を果たした後、天へと神の元へと帰るのだそうだ。それが意味するものはなんだと思う?」

「死ぬまでのんびり隠居生活するとかですか?」

「私も事実を知っている訳では無いが、一説によれば生贄になるとも言われている。神殿の奥に幽閉され続けるとも聞いたことがある。まあ、あくまで噂話に過ぎない。十二の神の声を聞き届けたのち力を失った女巫は大体は一般に戻り、その後の人生が保障された暮らしをしているのがほとんどらしい」


 神様の声を聞くだけで一生安泰なら、進んで聞いたと言い出す人間は居ないのか。と生徒が質問を投げた。


「女巫は太陽と星に愛された者にしかなることは出来ないと言われている。そうだな……アリシア嬢のような見目の人間だ」

「わたくし、ですか?」


 教室中の視線が私に集まる。まじまじと見られて少々居心地が悪くなる。


「太陽に愛されると言うのは、小麦色や褐色の肌。星に愛されると言うのは、白や銀の髪を持つ者。アリシア嬢はそのどちらも兼ね備えている。褐色の肌はヒティリアでは然程珍しくもないが、白や銀の髪と共に持つ者は少ない。アリシア嬢も声を聞ける可能性は大いにあり得る」

「……へえ」


 本に書いてあったのはそう言う意味だったのか。と納得がいった。……となると母も女巫だった可能性もあり得るのか。もしや、ヒティリア国のついて話したがらないのはそれが……? いや、もし同じ見目の特徴を持ち得たとしても、全ての人に神託が降る訳でもないだろう。可能性程度にとどめ頭の隅に置いておこう。


 雑談から授業の本筋に戻り板書を取りながら授業を聞く。鐘が鳴り授業が終わったのち放課後に突入する。エリンとカナンは共に教室で予習をしてから帰るらしく、二人とは別れる。


 図書室に入り司書に本を返却する。何か珍しい本は無いかと探しているとエルマの声が聞こえた。


「やあ、アリシア」

「エルマ様。ごきげんよう」

「何か探しているのかい?」

「面白い歴史書でも無いかと思って」

「それならいいのがあるよ。ガルシアとヒティリアの宗教戦争の歴史なんだが」


 エルマについてゆき、本棚から目当ての本を探すエルマを眺める。先程の授業で聞いた女巫の話を振ってみる。


「女巫の話? ああ、歴史の先生から聞いたことがあるかもしれない」

「どのような?」

「アリシアのような見目の女性が神託を受けると。君の母君はヒティリアの方だから親類にもしかすれば女巫がいたのかもしれないと思ったね」

「わたくしの見目、やはりヒティリアでも希少なのですね。この髪が特に」

「その髪は父君の血なのだろう? 母君は絹のような白い髪だし、少しばかり印象が異なるね」


 けれど、もし君がヒティリアで生まれていたのならば、僕は君と出会うこともなかったのだね。とエルマが呟いた。


「何か訳ありだと君からは昔聞いていたが、もしかすればがあるのだろうか」

「さあ……母は何も話したがりませんので、憶測でしか考えられないことですし、的外れだったのならばその方がいい気もします」

「……そうだね。もし君が神の声を聞いてしまったら、僕は君と離れなければならないだろうから、杞憂であって欲しいよ」


 あった、これだ。と本棚から本を取って差し出される。


「異文化を知ると言うのは世界を広げる。誰もが持ちうる差別心を和らげる緩衝材にはなるだろう。必ずしも良い方向へ向かうとも限らないがね」

「ありがとうございます」

「少し話でもどうだい?」

「中庭にでも参りましょうか」


 本を貸し出してもらい、エルマと共中庭へと向かう。木陰のベンチに座って話をすれば、母への疑念は少しは晴れていった。もし母が生贄だったり幽閉だったりの目に遭う可能性があったのならば、母は逃げて父の元へとやって来たのだろう。そうでないことを願うばかりだった。

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