第21話 性癖が汚泥の如し
「おどきになりまして〜!」
謹慎明け、スズキで爆走しての久々の登校であった。所々からアリシア嬢だ。ローズレッド久々に見たな。などなど声が上がる。
ふふん。わたくし、謹慎だなんてワルね。なんて澄まし顔でスズキで厩舎まで駆ける。厩務員にスズキを預けて教室へと向かい、おはようございます。と入り口で声を上げるとアリシア様! と駆けて寄ってきた女子組と遠目に私を探るような目で見る男子組。わあわあきゃあきゃあと群がる女子組に挨拶をして後ろの席を陣取る。隣にはエリンの姿があった。
「おはようございます。エリンさん」
「お、おお、おはようごじゃいます!」
かみかみの挨拶であったが、同じく謹慎を受けていただろうエリンは元気そうで安心した。笑みを浮かべると、エリンはあのう。とおずおずと何かを差し出した。
「あら、何かしら」
「これ、お礼と言いますか。両親に渡すよう言いつけられ……」
ラッピングされた小さな袋と手紙のようだ。読んでもよろしくて? と聞けばぶんぶんと頭を縦に振るエリン。それに再び笑い、失礼しますね。と手紙を開ける。
内容はエリンが迷惑をかけた。と言う文言から始まり、得た素材が良質なものでとても感謝している。小さなものだが礼を、とのことだ。ラッピングされた袋を開ければ、小さな小箱が入っている。開けて見れば指輪のようだ。緑色の石がついているシンプルなデザインのピンキーリング。書かれていた効果としては、出力する魔力の質を上げることができるものだそうだ。
「キマイラから良質な素材を得ることが出来まして、両親から礼だと。あ、その、本当にアリシアさんからしたら安物だとは思うんですが」
「これはどなたが選んだの?」
「わ、私です。その、アリシアさんの瞳の色に似ていたから……」
恥ずかしげに俯いたエリンに、顔を上げてほしいと頼む。
「とても嬉しいわ。わたくしの瞳の色だなんて、わたくしのことを考えて選んでくれたのでしょう? お友達からもらって嫌なはずないじゃない」
「あの、でも」
「これ、付けていただいてもいいかしら?」
「え!」
「さあさ! 付けてくださいまし!」
エリンに両手を差し出してどちらの手につけるだろうか。と試してみると、おずおずと右手の小指に指輪をはめた。きらりと石が光を反射して、何だか胸に幸福感が満ちた。
しばらく右手を開いて眺めてみる。友人が選んでくれたものが嬉しくないわけがなかった。
「わたくし、今まで色々な方から贈り物をいただいてきたけれど、もしかしたら一番嬉しいかもしれない。本当に嬉しいわ。ありがとうエリンさん」
「は、はい。その、喜んでいただき光栄です!」
「あらあら」
顔を真っ赤にしながらぎゅっと目を瞑ってエリンが告げる。可愛らしいものだなあと微笑ましくなる。
予鈴が鳴って生徒たちが席に着き始める。席に座ってしばらく指輪を眺めた。胸が温かくなる気がする。ふふ、と笑っているとショメルが教室へと入ってきた。
「はい皆さん。おはようございます。久々の者もいるようですが、欠席者は居ないみたいですね。今日の午後は私の授業なんで久々の者以外に出していた課題の提出お願いします。アリシア嬢とエリン嬢は昼休み話があるので来るように」
昼休みに呼び出しがかかったことは自然なことだろうが、隣のエリンは少々青ざめている。エリンにもらった指輪のはめられた右手をエリンの左手に乗せる。顔を上げたエリンに微笑み、大丈夫。と口だけを動かす。少しばかり手の強張りが解けたのを感じて手を離してショメルの話を聞くのに戻った。
授業の遅れを取り戻すために授業に集中していれば、午前の授業は終える。食堂に向かうと相変わらず人波が割れて自分も中々にワルになったわね。と気分良く鼻歌なんか歌う。隣のエリンは昼休みの呼び出しに気を取られているのか思い詰めた顔をしていた。
食事を取り席について向かいに座ったエリンに話しかけた。
「そんなに緊張しないでくださいまし、エリンさん」
「あ、あの、私退学とかになったり……」
「そんなことあり得ないから大丈夫ですわよ。そんな宣言されたとしてもわたくしが根回しして差し上げますから」
「それはそれでどうなんでしょうか……」
そもそも退学になるのならば謹慎を言い渡される前になっているはずだ。心配しなくていい。笑みを浮かべて不安を晴らそうとする。
「わたくしが居れば大丈夫」
「……はい。し、信じますから!」
「ええ、友人なのだから信じて?」
恐らくエルマやカミラも呼び出しされるだろう。纏まって今後の話になるのではと予想する。ああ、もしかすれば、闘技会の推薦は無くなる可能性があるか。まあ出れずとも問題はさしてないが、実力者と戦える機会が無くなるのは少々惜しいかもな。と頭の隅で考えた。
「ねえ、エリンさん。今までにダンジョンに潜ったことのある生徒って居るのかしらね」
「どうでしょうか。私まだ王都に来て日も浅いですからなんとも」
「そうですわよねえ。まあ、前例を作れたからいいですわよね!」
「すごいポジティブですね……」
呆れた顔をしているエリンだったが、浮かない雰囲気ではあったが食欲はあるようでもりもりと食事を食べ終え、エリンと共に教員室まで向かった。ショメルの元にゆけば、学園長室に行こう。とのことで着いて行く。
学園長室までゆき中に入れば、エルマとカミラの姿があった。やはりダンジョンに潜った組が集められたらしい。久々に見た学園長の顔には疲労が見てとれた。
「ごきげんよう、学園長」
「お疲れさまです!」
「ああ、どうもね。集められた理由はお分かりかと思うが、四人とも並びなさい」
執務机の前に座っている学園長の前に四人で並ぶ。後ろにはショメルとリィークの姿があった。恐らくリィークはエルマとカミラのクラスの担任なのだろう。
気だるげな学園長だったが、さて、と前置きをして話し始める。
「今回のダンジョンへの無断侵入だが、各々自分の立場を分かった上で行ったんだね?」
「はい、学園長」
「謹慎処分を行ったが、学園の生徒として規則を守らなかったのは問題行為だ。……しかし、騎士団でも手こずっていたダンジョン攻略。ダンジョンの種を持ち込んだ者は分かってはいないが、早急に種を回収したことは評価に値する。それに関しては礼を言おう」
学園長の言葉に、もう少し叱られるものだと思っていたので肩透かしだ。
「ダンジョンの深度が深ければ深いほど強力なモンスターが学園を脅かしていた可能性もある。その芽を摘んでくれたことは感謝しよう。しかしながら元冒険者の随行があったとは言え子供のみで潜ったことに関しては私は深く憤りを覚える」
「それは、失礼を」
「王太子殿下に令嬢、この国の未来を担う者に何かあっては私たち学園の者は断罪ものなのだ。自分の立場が周りに与える影響をよく考えなさい。……生きた心地がしなかった、と言うのが学園に勤める者の本音だ」
そりゃあ大事な生徒、と言うよりも要人を預かっているのだ。何かあれば職を追われ路頭に迷うだろう。軽率な部分もあったなと考える。
「……君たちが自由であれるのが学園に居る間のみなのは理解している。それ故の行動だったのだとも理解出来る。未来ある者に多くの未来を授けたいと我々教員は思っているが、決められた道しか歩けぬ者が居るのも理解しうる。今回のことから、多くを学べたのだと願っているよ」
「ええ、それはもう、血湧き肉躍る冒険でしたわ!」
「ちょ、アリシアさん」
「この場にいる者はわたくしがそそのかして同行を願った方々ですの。もし謹慎以上の罰をお与えになるのでしたら、わたくしだけでお願いいたしますわ」
「これ以上愚かな真似をした際には、それも考えよう。今回は不問とする」
「ご容赦、感謝いたしますわ」
スカートを持って礼をする。話は以上だとのことで学園長室を担任二名と生徒四人で出た。しばらく無言で廊下を歩いていたが、ぷ、とエルマが吹き出した。
「アリシア、君にそそのかされたのは確かだが、叱られたのも含めていい経験になったよ。君は誰にも責任を押し付けようとはしないんだね」
「だって真実ですもの。わたくしが皆さまをそそのかしたの」
「私に関しては脅し半分だったじゃないの。エリンなんか都合良さそうだから連れて行ったじゃない」
エルマとカミラが呆れながら私に突っかかる。エリンはわたわたと手を泳がせながら焦っている。
「ショメル先生もリィーク先生も問題児生徒を受け持って可哀想ですわねえ〜」
「本当そうだぞ。アリシア嬢に、リィーク先生の生徒は王太子殿下。二人して青ざめてあちこち探し回ったんだから」
「たまには問題児が居たって良いではないですか。張り合いがございますでしょう?」
「御免だな……。このまま路頭に迷うのかと思っていたんだからな……」
「あらあら、いっそ亡骸でも見つかれば、面白い二人を観察出来たかもしれないのね」
「ぞっとすること言わないでよ……」
私以外の全員が引き気味で私を見た。そんなに変なこと言ったかしらん。と小首をかしげると、カミラからあんた破滅願望でもあるの? と問われる。
「特にこれと言ってございませんが、人間が地べたを這いずり回って死ぬよりつらい人生を歩んで汚泥を啜りながら生きていく人間を見るのは好きですよ」
「ちょっとあんた歪みすぎじゃない!?」
加減ってものがないの!? とカミラに言われて笑みを返す。
「人間として大切なのは、他人の幸福を喜び不幸に悲しむことですが、わたくしはそこから逸脱している自覚はありましてよ」
「ちょっと歪みすぎなんだけれど、あんた幼少期何かあったの?」
「いえ、健全な教育を受けて参りましたが……性癖とでも言いましょうか……抗えないのです」
「物悲しいお話好きそうですね……」
満場一致の引き顔を得て、予鈴が鳴る。次の授業の準備をするから、と教師陣とエルマとカミラと別れてエリンと共に教室へと向かう。
エリンと教室に入れば、再び男子組の目が集まった。何か理由があるのだろうか? と不思議に思っていたが、授業が始まってから授業に集中し、放課後になった。結局男子組の視線の意味は分からなかったが、スズキで爆走して屋敷に帰るのだった。馬上でも考えはしたが理由は闇の中だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます