第17話 色んなあなたを知れたなら

 階段を降り終え第二階層にたどり着く。長い階段でしたね〜。とエリンが息を吐く。帰りが大変そうなダンジョンだなあ。なんて呑気に考えるが、サバタに怒られる方が怖かった。覚悟の上ではあったが、それでもサバタのあの冷たい目はいつになっても慣れないものだ。


「第二階層の途中辺りまでは騎士団が探索済みなんだよな。殿下」

「ああ、だから接敵も殆ど無かったんだろう」

「ここら辺から危険度が増すから、君らちゃんと指示に従ってね」


 引率の先生みたいなことを言っているベニグノに、なんだか似合わないなと笑うと突っ込みが飛んできた。


「なんだか先生みたいで」

「何よ先生みたいってさ。大人なんだから子供は守んないと」

「だったらダンジョンに立ち入る前に止めるべきだったわねベニグノ。お客様よ」


 こちらを向いていたベニグノが瞬時に後ろに振り向いた。剣と松明を構えて明かりで照らせば、ツノのついた犬のようなモンスターの姿があった。


「ホーンドッグかよ。下級モンスターだ」

「わたくしが相手をしますわ」

「お嬢は引っ込んでて、血を見たいだけでしょ」

「人でなしみたいな言い方しないでくださいな」


 まあ事実そうなのだが。

 ベニグノは威嚇しているホーンドッグにゆっくりと近づいてゆくと、容易く始末し終えた。倒れ伏したホーンドッグに近づけば、急所だろう首に一太刀浴びたようだ。

 そういえば、と思い出す。


「あのキマイラ、何か貴重な素材あったかしら」

「あ! 私が取っておきました!」

「あら、いつの間に?」


 私が血を拭われていた時に素材を取っていたらしいエリンに、流石商家なだけあるな。と少々感心した。よくよく聞くとモンスターの素材などを主に扱っている商家らしい。キャラバンで旅の最中に冒険者との交流もあったらしく、こう言った屍などから素材を剥ぎ取るのには抵抗が無いらしい。


 ホーンドッグは角が薬の材料になるから。と持ってきていたらしい小型の鋸でツノを取っていた。


 その後接敵するのは下級モンスターばかりで、ベニグノからあのキマイラは偶然発生した上級モンスターだと判断して良さそうだ。との言葉を頂く。私としては大層味気ない。キマイラ以上のモンスターとも戦って見たかった。と溢すとベニグノは勘弁してくれ。と頭を抱えた。


「ほんっとそう言うところそっくり……」

「? 誰とかしら」

「何でもないよ〜」


 はいはい、進みましょう進みましょう。とベニグノはどんどん歩みを進めて前に行く。

 第二階層の途中にロープが張ってあるのを見つけ、恐らくここから先は未踏なのだろう。とのことだ。今日の探索はここまでにしよう。とベニグノが言い、各々荷物を降ろした。


「何時間歩きましたかね」

「学園終わって放課後からでしょ? 今の時間は、多分もう九時十時にはなってるんじゃない?」

「時計だと、十時半だね」

「結構歩きましたのね。お腹もなんだか空いてきたわ」

「ベニグノクッキーング!」

「?」


 ベニグノが突然叫び出し、何事かと身構えたが、ベニグノクッキング。つまり何か作るのだろう。そういえば、ホーンドッグ拾っていたな。と思い出す。


「今日の飯、ホーンドッグの丸焼きです」

「犬食べるの私たち!?」

「まあドッグだけどモンスターだから」

「嫌よ!」

「わたくしは食べてみたかったわ。お願いねベニグノ」

「私も食べたことありますよ。結構美味しいんですからカミラさん!」

「へえ、そうなのかい?」

「嫌〜!!!」


 カミラがイヤイヤ期に突入したが、その他四名は乗り気である。血抜きはしてあるから、皮を剥いで、捌いて、ハーブ塩振って、とベニグノが進めてゆく作業にエルマとエリンと私の三人は無言で魅入るがカミラは外野でぎゃあぎゃあと喚いている。


 後は焼くだけ〜。と魔道コンロに火を付けて焼き出したベニグノに、いい匂いがしてきたね〜と呑気に三人で談笑し合う。カミラは未だうるさいが、きゅるる〜と腹が鳴ったのか恥で大人しくなった。


「カミラさんカミラさん、いい経験になると思うんですよ。食べるのも」

「……」

「そうだよカミラ。モンスターの肉を食べれるだなんて冒険者の専売特許だよ」

「…………」

「ああ、こんなに美味しそうなのに食べないだなんて、勿体無いですわねえ」

「………………」

「あ、カミラちゃん一番いいところあげるから食べなよ。お嬢には内緒」

「聞こえているわよベニグノ」

「で、殿下があーん、としてくださったなら」

「ま! 女の顔ですわよエリンさん」

「わあ……」

「えっと、僕は」

「わたくしがあーんとして差し上げますね!」

「お呼びじゃないわよあんたは!」


 カミラの口元に焼けた肉を差し出すと手を払われる。痛いですエルマ様〜! なんて泣きつくとエルマは非常に微妙な顔をしていた。怒りながらベニグノから肉を受け取り食べ始めたカミラは、目を見開いて、美味しい……と呟く。


「あ、本当に食べれる味なのね。頂くわ」

「あんた私を実験台にしたの!?」

「ベニグノ、冗談言いそうだからね」

「うぐうぅ〜」

「あ、私は美味しいって知っていましたから! な、泣かないでください!」

「泣いてないわよ!」


 あ、美味しいわね。とホーンドッグの肉を食べながら、ぎゃあぎゃあ騒がしいカミラを見る。一番美味しいところを貰ったのだから、ちょっと貰えないかしら。と熱い視線を送ると、ゲェ、とでも言いそうな顔をした。


「何見つめてんのよ」

「一番美味しいところどのくらい美味しいのかと……」

「あげないわよ」

「まあまだホーンドッグの肉あるから。まだまだ焼くからさあ」


 ゆっくりお食べ。と微笑ましげなベニグノにあなたも食べなさいな。と告げようと思ったが、そういえばちょいちょいつまみ食いしていたのを思い出し、顔を背けた。……あの肉、生で食べていたが大丈夫なのだろうか。


「大丈夫大丈夫、ドッグって言っても正確には本当に別種だから」

「わたくしの考え読まないでくださいな」

「何か言いたげに顔背けたから」

「はあ……ベニグノ、美味しいわね」

「ありがとうねお嬢。殿下ももっと食べなあ」

「あ、うん」


 実家のおばあちゃんに成り果てているベニグノに、昼行灯とは言え結構人望はあったんだよなあ。と屋敷での生活で見ていたベニグノを思い出す。何故ああも人望があったのか謎だが、私の幼い頃に何かあったのだろうか。


 若手は舐めている人間はいたが、古株からの信頼は強く感じていた。母やサバタ関連で何かしらあったのだろうか。


 黙々と食べ進め、腹も膨れると眠気が襲ってくる。思ったよりも疲労が溜まっていたらしい。うとうととしているとカミラに肝据わってるわねと呆れられた。


「ダンジョンに潜ってるって自覚あるの?」

「言うてカミラちゃんも眠いんじゃない?」

「眠くないわよ。ばっちりよベニグノさん」

「さっきあくびしてましたよね」

「いらんこと言わないで!」


 交代で不寝番をしながら寝ようと言うことになり、先に寝かせてもらうことになる。ベニグノとエリンが始めに不寝番になると言うので従う。エリンとしてはベニグノに聞きたい話があったそうなので、遠慮なく寝かせてもらう。


 そう時間もかからずに寝入って、目覚めた時にはひとりエルマがランプを前に座り込んでいた。


「エルマ様」

「ん? どうしたんだいアリシア」


 弱々しいランプの光だが、エルマの顔を照らし出すには問題ない。驚いた顔をしていたが、次には優しげな笑みを浮かべて私を見た。


 起き上がってエルマの元へ行き隣に座り込む。ランプの光を見つめながら、今日はどうでしたか。と呟く。


「ん。知らない君を見れて良かったよ」

「……軽蔑なさったかしら」

「どうして?」

「だって、わたくしはしたなかったかしらと思って、バーサーカーだなんて呼ばれている噂もご存知だったのでしょう?」

「ふふ」


 知っていたよ? と小首を傾げて言うエルマに思わず笑みが漏れる。


「変な人。婚約者がそんな噂を流されているのに聞きもしないで」

「君のことだから知ってるんじゃって思ったんだけれど、知らなかったんだ?」

「まあ自覚はありましてよ。規格外だのなんだの言われていましたもの」


 ……僕はね。とエルマは優しげな声で話し出す。


「君のこと初めて見た時から、どんどん好きになるんだ。初めは見目からだったかもしれないけれど、知らないところを知っていくたびにどんどん。初めは君、僕の名前すら知らなかった。でも告白してから、次の瞬間には結婚して差し上げますね。って言われて、知らない人間なのにしちゃっていいの? って不思議に思った」

「それは、飛んだ失礼を」

「いいよ。でもね。君僕と泥だらけになって遊んだことあっただろう」

「ああ、城で……」


 幼い頃のことだ。婚約をした直後のことだった。庭園でかくれんぼをしていたのだ。エルマが鬼で、私を見つけた時に私が逃げた先に水溜りがあったのだ。そこでエルマが転んで泥だらけになってしまった。泣きそうなエルマに駆け寄り、私はわざと泥に突っ込んだ。


 そうして二人して泥だらけになってはしゃいで付き人たちに叱られるという出来事があった。


 エルマは、例え恥を見せたとしても同じ立場に立って笑い合ってくれる君を好きになったんだよ。と呟いた。


「今日の君にも見惚れてしまって、ぎこちなかったかも、僕」

「見惚れるだなんて」

「本当だよ? だからね。もっと君を知りたいって思うんだ」


 これからもずっと君だけを見ているよ。

 ……その言葉に私は思った。これエリンはエルマルートは無理だな〜と。


 ここまで入れ込まれているのにエルマルートへ進めるのは難しいだろう。あわよくば婚約破棄になって家を飛び出して冒険者に、なんて選択肢もあり得たかもしれなかったが、この盲目ぶりでは無理だろうな。


 今、何考えてる? とエルマが私の顔を覗き込む。


「僕以外のこと考えてただろう」

「いえ、……エルマ様も、恋は盲目ね」

「そうかな? はは、もっと色んな君のこと、教えてね?」


 私の片手を取って口付けを落としたエルマに、こりゃあ敵わないな。と笑みが漏れた。くすくすと笑うと、僕は大真面目だよ。とつり目気味の目を吊り上げた。


「それでは、わたくしにももっと知らないエルマ様を見せてね?」

「君のためなら」


 二人で静かにくすくす笑い合い、ぽつりぽつりと話を続けながら夜が明けようとしていた。

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