第16話 やっぱり君はバーサーカー

 接敵したキマイラに、おいおい、まじかよ。とベニグノが狼狽えた。


「上位モンスターだぞ。何でまだ第一階層なのに居るんだよ。奥から来やがったのか?」

「そ、そんなに危ないモンスターなんですか?」


 エリンの言葉に答えるまでもなくベニグノの反応で分かるだろう。構えろ! と先陣で構えたベニグノに全員で戦闘体制に入る。剣を鞘から抜きながらキマイラの様子を見る。今のところキマイラはこちらの様子を窺っているらしく攻撃はして来ない。が、どちらかが動かなければ拮抗状態のままだ。


 ベニグノが飛び出すと同時に、私とエルマも動いた。

 咆哮が轟く。体から力が抜けるのを感じたが構わず飛び込んだ。ベニグノとエルマは待て! と叫んだが構わなかった。一太刀浴びせればキマイラは悲鳴らしき鳴き声を上げる。


「……あっは!」


 口角が上がる。キマイラが前足を振り上げ攻撃しようとするのを避け、脇腹に突きの攻撃を放つ。再び上がる悲鳴にどんどん楽しくなってくる。


 ぎゃ、と攻撃が腕を掠めたが気にせず眉間に突きの攻撃を放つ。少しずれたが、左目に突き刺さった剣の元から血が噴き出す。ぎゃあぎゃあ騒がしい悲鳴に腹を抱えて笑いたくなった。


「あっはっぁははははぁあ!」


 楽しい。楽しい楽しい楽しい。これが欲しかったのだ。あんな甘く面倒なだけの世界なんかより、血生臭い腕だけで成り上がれる世界の方が性に合っている。


 首に剣を突き立てれば血飛沫が大きく上がった。キマイラの呻き声を聞きながら首の中程に刺さった剣を力強く下に切り裂いた。上がる血飛沫にけらけらと笑いながら、重い音を立てながら倒れ臥したキマイラを見下ろす。顔を蹴れば尻尾の蛇が威嚇の声を上げたが、軽く剣を奮って両断した。


 山羊の頭も削ぐように両断すれば、どこからか、ひ、と少女の声がした。


「……あら、わたくしだけ盛り上がってしまったようで、ごめんあそばせ」

「…………公爵令嬢にしとくには惜しいお人だよ、ホント」


 ベニグノは頭を抱えて大きなため息を吐いた。他の仲間の様子を見るに、エルマは呆然と私を見ている。エリンとカミラは怯えが見てとれた。自分の今の姿を見てみれば、制服が湿っている。キマイラの血だろう。顔を触れば血でししどに濡れている。髪も同じくだ。


「あらあら、随分と汚れてしまったようね」

「顔拭きましょうか、お嬢」


 ベニグノが近づいてきたと思えば、乱暴に布で顔を拭われる。


「ちょっと! 乱暴すぎですわ!」

「はいはい、血みどろでかぴかぴになってもいいならご自由に。……こりゃお嬢がいりゃあ攻略は可能だわな」

「あら、戦力として見ていただけたなら幸いだわ」

「……あっ、アリシアごめん。僕、力が抜けたと思ったら、……ああ、こんな血塗れで」


 エルマも近づいてきてタオルを出したと思えば私の髪を拭き始めた。よしてくださいよ。とは言うが、エルマは止める気は無いようで黙々と髪についた血を拭っている。


「アリシアさん、お強いですねえ」

「なんだってそんな……あながちバーサーカーって噂話、嘘じゃあなかったのね」

「わたくしバーサーカーと呼ばれているのです? いいご趣味だわあ」

「あ、出どころは聞かないで。関わりたくないわ今後一切」

「よくもその噂を聞いてタイマンを仕掛ける気になりましたわねえ。恋に恋していらっしゃる方は違いますのね」

「なんだってそんな嫌味しか出てこないのよ」


 つん、とし始めたカミラに、エリンはまあまあと仲を取り持とうとするが、特段カミラと仲が良くなろうが悪くなろうが損するものはないので放っておく。


「制服はもうどうしようもないから、後でサバタさんに叱られなよお嬢。腕の傷……は、制服切れただけみたいだな」

「怖いこと言わないでよベニグノ」

「サバタさんが怖いのにダンジョンは怖くないって? はー、中々どうして……」

「イカれてるわね」

「カミラちゃん、言わなくていいこともあんのよ。おじちゃんくらいの歳にならずともわかんでしょ」

「この女に言った言わないで気を使う必要も無さそうだから」


 反抗期だねえ〜。なんて呑気に言っているベニグノだったが、先に進みましょう。と私の髪を拭き終えたエルマが先を急かす。


「そうなんだがね。このキマイラが突然変異的に生まれて他は雑魚だけか、下の階に強いのがうようよしてんのか見定める必要があるな」

「もう少し接敵すれば分かるでしょう」

「ここで引き返す方が得策ではあるが、お嬢は言って聞かないだろうから進む他無いね」

「人を駄々っ子みたいに言わないでよベニグノ」

「実際そうだと思うけれど?」

「か、カミラさん!」


 エリンはカミラの言葉に諌めようとしているが、言って聞くカミラでは無いだろう。そこら辺は私と同類と見てもいい。


「じゃあ進もうか」


 エルマの言葉に五人、再び装備を整えて歩みを進める。


「そう言えばベニグノ。君はどこを旅していたんだ?」

「あ、それ聞く? 長くなっちゃうよ〜」

「おふざけはよろしいからお話しして」

「はいはい、ヒティリア国だよ」

「あなたサバタとお母様と共に来たのよね。それ以前ってことよね」

「それ誰に聞いたのお嬢」

「サバタが溢してたときがあったから」

「あーあ、サバタさんでも口滑らせる時はあんのね」


 あんまりイリス様のことは語れないからなあ。と呟く。


「待って、お母様、冒険者だったの?」

「違うよ〜。まあ訳ありなのは確かなんだけれどさあ」

「あなたお喋りそうなのに口は硬いわよねえ」

「酷くない? どう思うエリンちゃん」

「えっと、私からはなんとも……」


 あはは、と乾いた笑いを漏らすエリンに、母が何者なのかと益々分からなくなる。いいところの出なのは確かだとは思うのだが、どうしてそこまで秘匿するのか。時を待つ他無いのが歯痒いところだ。


「ヒティリアはこの国よか温暖でね。お嬢みたいな肌のやつは結構多いよ」

「そうなの。でもベニグノはこの国の方と大差ないわよね。肌の色」

「色白なのは先祖がこの国出身だったからだな。まあ、俺の先祖も冒険者だったらしいし」


 おっと、と先頭のベニグノが声を上げた。


「ここから第二階層に降りるぞ。いいか子供たちよ。変な真似すんなよ〜」

「ここに入り込んだ時点で変な真似だと思いますけど……」


 それを言ったらおしまいだよ〜! と上機嫌でエリンに突っ込むベニグノだったが、次の瞬間には真面目な顔つきに変わる。


「あのキマイラがただのマグレなら心配は無い。が、ダンジョンの種が強い物だった場合非常に危険だ。その時は引き返すからよろしく。特にお嬢ね」

「どう言う意味かしら」


 にこ、と微笑むとベニグノは再び笑みを作る。


「学園でバーサーカーってあだ名付けられてるって旦那様が知ったら面白いぞう」

「人をからかって。行きましょう皆さま」


 ベニグノにつんとしながら次の階層までの階段に足を踏み出した。

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