第11話 白けた三人組
休日、ソファに腰掛け数日前に借りた本の読書をしていた。母の祖国の文化の本は中々に面白いものだった。知らない文化を知ることが出来るというのは知識欲を刺激されるものだ。
このガルシア王国では国教は女神を祀る一神教だ。一方でヒティリア国は多神教。ヒティリア国もガルシア王国もどちらも異教徒な訳だ。ただヒティリア国からすればガルシア王国の女神も多神教の中の一柱でしかないのだろう。あちらの国が受け入れられてもこちらの国からすればそうではないのだ。
そう言った宗教観の違いから、昔から小さな諍いがあったらしい。そうして私が産まれる以前に戦争が起こっていた。今は平穏に上辺は見えるが、水面下では国境付近はどうなっていることやら。辺境伯は有能な人物だとは聞き及んでいるが。
もう少し、多神教についての記述は無いかと探してみる。十二支のような神々と、支える女巫の話があった。
女巫は太陽と星に愛されし者のみに許された。と記述されているがどう言う意味なのかよく分からない。あまりにも漠然としている。
「太陽と星……月じゃあなくって?」
どう言う基準で巫を決めていたのか、私には理解出来かねる。もう少し巫について他の記述は無いかと探すが、目ぼしいものは見当たらなかった。
まあ母かサバタから聞くのが確実なのだろうが、答えてくれたことは一度も無かった。二人とも口を閉ざすのだ。父に問うたこともあったが、父も同様だった。
そこまで出自について隠すのは何か重要な意味を持っている可能性があったが、貴族の父と結ばれたのだから母も当然貴族出身だろうと私は考えていた。だって公爵家の跡取りと釣り合いが取れるのはそれ相応の地位にいる人間だろう。まさか、人攫いでもしてきたのならば話は別になるが、父はそんなリスキーすぎることをする人間ではない。地に足のついた人間だと私は思っている。
「はあ〜、どうして誰も教えてくれないのかしらん」
空を仰ぐ。自分のルーツはやはり気になるものだろう。異国の血を引いているのなら尚更だ。いつか母やサバタが語って聞かせてくれることはあるのだろうか。
ソファから立ち上がりベッドに移動する。倒れ込むとぼふ、と布団が音を立てた。ちょっとだけお昼寝でもしようかしら。いや、母のところにでも行くか。それともエンリケに挑みに。なんてもやもやした気持ちを追い払おうと何か別の行動を起こそうかと思ったが、うとうとと意識が遠くなってきた。
お嬢様、と声が聞こえてきた。顔を向ければサバタの姿があった。サバタは白い髪をひっつめてメイドたちとは違うシンプルなドレスを着ている。老年期に入るか入らないかと言う具合の女性。
つい、聞いても答えは返ってこないのは分かっていたが、聞いてしまった。
「お母様はヒティリア国のどちらの出身なの?」
「…………」
「どうしていつも答えてくれないの?」
「……私に腕相撲で勝てたら、教えて差し上げますよ」
「それって一生無理ってことじゃない! 皆意地悪だわ!」
「あなたのためでもあるのです」
「わたくしのためと言うのならば、教えてもらって理解するべきだわ。理解せず行動なんて起こせない」
「あなたは突っ走る癖がありますからね。暴走馬車ですよ。いや、戦車ですかね」
「皆酷いわ!」
もー! とベッドの上でばたばたと暴れるとおやめください。とサバタに叱られる。
「じゃあ勝負しましょうよ! 勝てたら教えてもらえるのよね!」
「一回勝負ですよ」
ベッドから起き上がり、いつもの机に向かう。サバタと向かい合って肘をついて手を組む。行きますよ。とサバタの合図で始める。最初は拮抗していたが、徐々にサバタに腕が倒されてゆく。この老女のどこにそんな力があるのか。ゆっくりゆっくりと腕は倒されてゆき、終いには手の甲が付いてしまった。
「どうしてサバタはそんなに強いのよ」
「さあ?」
「意地悪だわ意地悪だわ! もー! サバタ、今から街に行きましょうよ! ぱあっと、買い食いの旅にでも出たいわ」
「今からですか? もう午後ですよ。それにあなた、ご自分の身分をもう少し、いえ、大変理解した方がよろしいですよ」
「いいのよ。どうせわたくしなんて身内に秘密も教えてもらえない省かれっ子ですもの」
顔を背けていじけていると、サバタから深いため息が聞こえてきた。
「時が来たのならば、お教えします。今はまだ教えることは叶いません」
「それっていつよ」
「お嬢様がちゃんとひとりで立てるようになった時です」
「わたくしはもうひとりで立てるわよ」
赤ちゃんじゃあないのだから。とむくれ、準備をしますよ。とのサバタの言葉にいじけながら立ち上がる。
部屋着を脱いでお忍び用の服に着替え、帯刀ベルトに竹刀を仕込む。サバタにはそれを持って行く気なのかと呆れられたが私の命のようなものだ。
従者はサバタの他にいつもひとり同じ人物がつく。ベニグノと言う壮年の男性だ。いつも暇している。と言うと言い方は悪いが昼行灯の男性だ。実は有能な人間だとは度々起こるトラブルで分かってはいたが、ぼんやりとしたどこか掴み所のない人物で、私の奇行にも笑ってくれる。
屋敷を出てサバタとベニグノと共に歩き出すとベニグノに話しかけられた。
「お嬢、俺のこと使ってくれんのは有難いがね。たまには前もって予定立てるとかして頂戴よ」
「あなたいつも何してるのよ」
「暇してるねえ、がはは」
「ベニグノ、控えなさい」
「はいはい、サバタさんはおっかねえな」
肩を竦め悪びれる様子もないベニグノにサバタはきつく言葉を投げつけていた。この二人、仲が悪いんだか良いのだかよく分からないのだ。たまに笑い合っていることもあればつっけんどんな時もあるし、両者気分屋なのかと問いたくなる。
そういえばベニグノにもルーツのことを聞いたことがあったが、結局笑ってお伽噺を聞かされてはぐらかされた思い出がある。
ちぇ、ベニグノもサバタたちの仲間か。と拗ねていると、サバタが隣に並ぶ。
「お嬢様、いつまで拗ねているんですか。いい歳をして」
「だってわたくしあなたからしたら赤ちゃんなのでしょう? いいじゃないまだ子供のままで」
「……話すのがどんどん遠くに行きますよ」
「意地悪」
「まあたなんか揉めてんのかいお嬢」
「お母様の故郷のこと」
「おお、そりゃ言えねえわな。がははは!」
二人ともグルなのを再確認し気分はどんどん沈んでゆく。なんだって誰も語ってくれないのか。自分だけ知らないのが滑稽に思えてきた。
「そんなに知りてえの? お嬢」
「それはそうですわよ。だーってえ。わたくしの見目ご覧なさいよ。お母様に似て美しいけれども、この国では異国民と間違われる見目よ。言葉は通じても、仲間扱いしてくれない方も居るのよ」
「あー、そりゃ気になるかあ。そう言うお年頃だもんなあ〜」
「ベニグノ、口を慎みなさい」
「はいはいっと」
手をふらふらと振ってベニグノは先導する。中心街に近づいてくると段々人気が増えてくる。
歩き続けていれば芳しい匂いが漂ってきた。ああお腹が減ってきた。
市場にたどり着くと、そこら中に屋台が立ち並んでいる。食事を提供する屋台や果物や乾物の量り売り、射的など、市場と言うより縁日のような場所だった。
「あのケバブを食べたいわ」
「はいはい、お待ちになってくださいよ」
サバタが屋台に向かって歩き出してゆく。ベニグノにこっそりと、やはりルーツについて教えてはくれないかと問うてみた。
が、ごめんね〜。と答えが返ってきた。
「お嬢には絶対教えらんないよ。イリス様からお聞きよ。その時が来たら、さ」
「お母様、本当に話す気あるのかしら……」
イリスは母の名だ。何度聞こうが教えてくれる気配は全く無い。何故それほどまで徹底的に守秘するのか理由が私にはわからない。壁にどん詰まりなのだ。
「ま、飯でも食えば気が紛れるよ。ほら、サバタさん来たぞ」
「ベニグノ、余計なことを言っていないでしょうね」
「言ってねえよ〜。俺これでも口硬いもん」
じとっとした目をサバタはベニグノに向けながら、広場に向かいましょう。と告げてきた。広場に向かえば空いているベンチが見え、そこにサバタと並んで座る。ケバブの包みを渡され、思い切り齧り付いた。
「ん〜! こういうファストフードはやはりいいですわね〜」
「味音痴にならないといいねえお嬢」
「昔から舌を育てて来た私にいい言葉ですね。ベニグノ」
「嘘嘘、ごめんってサバタさん」
ベニグノの分らしき包みを渡し、サバタが隣でハンカチを取り出して私の口に端を拭き始める。全部食べてからでいい。と言うが気になるものは気になるらしい。
ベニグノもゆっくりと食べながら辺りを見渡している。
「サバタひと口食べて? あなたいつも食べないじゃない」
「そんな恐れ多いこと出来ませんよ」
「ベニグノは食べているのに」
「この男がうるさいから仕方なく買っただけです」
「酷いな〜サバタさん。でもまあやっぱりお屋敷務めだとお上品なお味のものばっかでねえ。こう言うのもたまには食べたいのよ」
「あなたの舌は残念らしいですね」
「酷くない?」
広場を見渡すと、時たま視線を感じる。やはり私は異国民に見えているのだろう。この三人、客観的に見ると関係が謎な三人だ。共通点があるのならば三人とも髪の色素が薄い。と言うところか。
しかしサバタは恐らく白髪だし、ベニグノは白に近い紫、私は銀だ。色は近くとも三者三様だ。……余計謎な三人組だ。
「本当にひと口も要らないの?」
「良いんですよ」
「次甘いものがいいわ」
「俺はもうちょっと塩気があるものを……」
「ベニグノ」
「すんません」
力関係的にサバタが圧勝だったが、結構ベニグノは意見するタイプだ。このやりとり死ぬほど見て来たな。と考える。
食べ終えると口を拭かれ、子供じゃあないのだから! と少々憤るが、まだあなたは子供ですよ。と白けた目が返ってきた。
立ち上がって次の屋台に向かおうとすれば、広場で悲鳴が上がった。ベニグノが警戒態勢に入り腰の剣に手を添えた。
男性二人と女性二人が何か言い争っている。と思えばひとりの男がひとりの女性の髪をがっしと掴んで振り回し始める。
思わず私は帯刀ベルトから竹刀を抜いて駆け出していた。お嬢! とベニグノの焦り声を聞いたが、体が勝手に動いた。
竹刀を振り上げて男の腕を思い切り打った。大きな悲鳴と共に女性二人を背に男二人と対峙した。
「んだあ!? お前!」
「お嬢! たっく、おたくら何あったのよ。ここは穏便に」
「ああ!? ブスの癖に俺らの誘い断ったんだよその女共がよお!」
「……はあ?」
腹の底から低い声が出た。ベニグノの腕を振り払って前に出ると男二人が近づいてくる。
「異国民の方はお呼びじゃあないんだよなァ。ま、お綺麗な顔してるからこれはこれで」
「まあ、うふふ。わたくし産まれも育ちもこの街ですのよ」
「へえ〜。スラムとか?」
「さあ? あなた方にお応えする道理はありませんね」
「お嬢やめなさいよ煽るの」
「ベニグノは黙って」
竹刀を構えると男二人は若干怯んだように見えたが、笑みは顔から消えない。
「なんだよ。女の子がそんなもの持っちゃって。かかってきなよ」
「ふ、言われずとも!」
「ちょ、お嬢!」
男の手の甲を竹刀で払い退け、首元に一本入れると男は昏倒した。続いて隣に居た男は一太刀は避けたが、隙だらけだと頭上に一本入れると悲鳴を上げてうずくまった。
「お嬢様!」
サバタの声に振り返ると、サバタはどうやら近場にあった騎士の駐屯所に行っていたのか、四名騎士を連れてやって来ていた。
事情をベニグノが説明すると、男二人は連行されて行った。残された女性は大丈夫だったのかと確認すれば、意外にも見知った顔だった。
「エリンさん……」
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