第10話 タイマンなんて大歓迎
「アリシア、君、オークを倒したって本当なのかい?」
エルマにそう問われ、笑みを浮かべながら肯定した。
オークに遭遇した授業の翌日。昨日のオークもう腐って食べられないかしら。なんて考えながら廊下を歩いていた。面白いほど生徒に避けられながら図書室に向かっている途中でエルマに出会い、エルマも図書室が目的だと分かり共に歩いていた時だった。
「君が強いのはわかっているが、無茶をしてはいけないよ」
「まあ! 無茶だなんて毎日執事長に挑んでいますのでしない方が無理ですわ!」
「ヒト相手とモンスター相手では勝手が違うだろう」
呆れ気味のエルマだったが、でも。と前置きをして言葉を続けた。
「そんなお転婆な君が僕は好きだよ」
「……ふふっ、照れてしまいますね?」
「お互いに、ね?」
くすくすと笑いあいながら図書室に着く。中に入ると自習中の生徒が数人見える。静かに何の本を借りに来たのかと問うと、モンスターの図鑑だとエルマは答えた。
「あら、何か気になるモンスターでも?」
「ああ、オークの話を聞いたから詳しい生態でも調べようかと」
「ああ、そうでしたのね」
エルマとは一旦別れ、司書に以前の希少な本はあるかと聞きにゆく。どうやら返ってきていたらしくそれを探すために本棚へと向かった。恐らくこの辺に……と目星を付けて探せば時間はかかったが見つかった。
本を手に読書卓へと向かう。先にエルマが座っていたので隣に失礼した。
「その本は?」
「母の祖国の文化の書籍ですわ。母、あまり祖国のことは話さないものですので」
「確か、お母様はヒティリア国のご出身だったね」
表紙を開いてぱらぱらとページを捲ってみる。所々挿絵など挿入された本だ。この本は本来はヒティリア国で発行された本だ。ガルシア王国ではほぼ流通していないもの故に、司書に初めヒティリアの本は無いかと諦め半分で聞き所蔵してあると分かった時には嬉しかったものだ。長らく借りられていたのだが、今日巡り会えて良かったと思う。
ヒティリア国はガルシア王国の南部に位置する。気候は南国のようで独自の文化が存在するそうだ。以前母に聞いた布支度なんかも一部なのだろう。海産物なども豊富で水路が多く内陸部でも魚は流通しているらしい。
ふと、国教のページに差し掛かる。巫女と呼ばれる神の使いが神託を受け、それによって民衆の生活習慣が年毎に変化するらしい。大きなものだと、ヒティリア国は多神教らしいのだが年の最初に神託を授けた神を祭りの主神に沿えるのだそうだ。
大体十二年周期らしいが、神託を授ける神の順番は決まっては居なく、本当に気まぐれに神託を降ろすらしい。何というか、雑な神々だな。
ヒティリア国とガルシア王国は長らく戦争状態にあったが、私の生まれる頃に終戦を迎えた。国境付近ではまだ警戒状態ではあるそうだ。植民地化のこともある。
しかし、戦争によって何かが変わったかどうかなど、王都に居る私にとってはほとんど影響は無い。そもそも、一生この国を出られない可能性すらある。いや、皇太子妃になれば外遊などあり得はするだろうが、旅人のように自由気ままになんて夢のお話なのだ。
母の両親、私の祖父母は生きているのだろうか。会ったこともない、今後一生会うことすら許されない人々なのだろうか。生きているかすらも分からない。
意識を飛ばしても遠い世界の話だ。ただ、母を知りたいだけ。それだけなのだ。
母は多くを語らない。父も同様に。何か理由があるのは理解出来る。突っ込んでいい話でもないのだろうと暗黙の了解の上で聞くことは憚られた。だから自身で調べる他ないのだ。
持ち帰って読むべきだろう。と一旦本を閉じた。隣に居たエルマに話しかける。
「エルマ様。オークのことはお分かりに?」
「地域によって肉食文化があると書いてあって興味が湧くね」
「あら奇遇だわ。わたくしも味に興味が。……やっぱり昨日ちょっと持ち帰っておくべきでしたわ」
「あはは、料理人が困りそうだ……」
控えめに笑うエルマに笑みを返すと、外で話さないかと誘われる。快諾して席を立ち、司書に借りるために一度渡す。返ってきた本をバッグに仕舞って図書室を出た。
中庭に出れば爽やかな風が吹いている。もう大分暖かい。夏が来るのも間近だろう。木陰の空いているベンチに並んで座った。
「君はワルを目指しているって言うけれども、ワルって言うよりは暴走馬かな」
「まあ酷い。わたくしスズキよりは大人しく出来ます」
「スズキの方がお利口にしていることが多いんじゃあないかい?」
つり目がちの赤銅色の目を細めて笑っているエルマを見るとこちらも可笑しくなってきた。馬よりも乗りこなすのが難しい女を妻にしようだなんて、懐が広いものだ。
「アリシア嬢」
ふと、目の目に人が足を止めた。見かけたことのない女子生徒だった。水色の髪色にサファイアの瞳。垂れ目がちだが可愛らしい柔和な顔立ちだ。水色の制服に身を包んでいる。
彼女は、む、と口を真一文字に結んで、何か言いたげにしている。
「何かご用がおありでしょうか?」
「……っ、あ、あの、あたしと決闘して!」
「……へえ?」
思わず間抜けな声が出た。決闘……、何故なのだろうかと理由を聞く。
「皇太子殿下にふさわしい人間かどうか。力比べで決めるの! そっちが負けたら婚約破棄して!」
「そのようなこと、子供の一存では決めれませんよ」
「そうだよカミラ。君が言っているのは無茶苦茶だ」
「エルマ様は本当にこんな野蛮極まりない女がよいのですか!?」
「構わないが……野蛮は少し失礼だよ」
野蛮。別段失礼でもない事実だよな。と考えたが、彼女は興奮状態らしく決闘しなさい! と私に指を突きつけた。
「よいですよ。タイマンいたしましょう。歓迎します」
「アリシア」
「エルマ様はわたくしが負けるとお思い?」
「……想像つかないな」
「校庭に来なさい! 準備が出来たら!」
そう言うとカミラと呼ばれた少女は去って行った。知り合いかとエルマに聞くとクラスメイトらしい。
「その、何度か告白を受けていてね」
「婚約者が居ると分かっていて告白を、ですか。何と言いますか夢見がちな方ね」
「王族や貴族間の決まり事を覆すのは難しいと毎回言っては居るんだけれども、どうにも分かっていないようだ。一応貴族出身ではあるのだけれど」
「では参りましょうか」
「その格好のままで行くのかい?」
セーラー服に長丈のスカートを見てエルマは不安げだったが、スケバンがわざわざ運動着に着替えるなど格好がつかないだろう。このままで構いませんよ。とエルマと共に校庭へと向かった。
待っていたカミラは動き易い服装に着替えてきたらしく私を見て目を見開いた。
「あ、あなたそれで決闘を!? 舐めているの!?」
「いえいえ、そのようなことはございません。ただこの制服が一番動き易いのです」
私はカミラと向き合って帯刀ベルトから竹刀を抜いた。カミラも木刀を持って構えた。
「あたしのこと舐め腐りやがってえ!」
「わたくしはいつだって全力ですよ」
一瞬の見つめ合いから、同時に足を踏み出した。カミラは下段からの払いで腹部を狙ってきた。紙一重でそれを避けて手首に思い切り竹刀を振り下ろす。ばちんと大きな音が鳴り、カミラは木刀を落とした。
「ぐ、うっ」
「これで終わりではありませんよねえ」
「っ!」
き、と私を見上げて睨みつけたカミラは木刀を拾うと再び向かってきた。避けて二の腕に当て、肩に当て、頭に当て、その度カミラは泣きそうな表情になりながら向かってくる。
タルガよりも精神力はあるな。と思いつつ攻撃をやり過ごす。
段々と野次馬が増え始めて周りが騒ついてきた。ローズレッド嬢とやっている命知らずは誰だ。と野次馬が話している。
「俺ローズレッド嬢に賭けるぞ」
「俺もローズレッド」
「俺も」
「賭けになってねえよ馬鹿!」
野次馬に少し笑うと、それに腹を立てたのかやけになったのか。カミラが大ぶりで向かってきた。顔面に思い切り叩き込むとうずくまってしまった。
「ぐ、うう、うええええん……」
「もう終わりなのですか? 気骨の無い方だこと! 勝負勝負勝負!」
「野蛮人の癖にっ! どこが、どこがいいのよおおおおこんな女のおおお! ううううう」
カミラが泣き出してしまい毒気が若干抜けた。流石に泣いている女子相手に頬を張って続きを催促するのも良心が痛む。男子相手ならば話は別ではあったのだが。……私に良心が少なからずあることに驚いています? ただのバーサーカー女では無いのよ。
肩に竹刀を担ぎながら座り込むカミラに手を差し出した。
「わたくしは強いと自負がありますが、あなたも筋は悪くはありませんよ。ただ、相手が悪かった、と諦めなさい」
「…………っ」
私の手をばちん、と払い除けるとカミラは走って野次馬の間を潜り抜けて去って行った。
エルマが近づいてきて話しかけた。
「わたくし大人気なかったでしょうか」
「いや、あれくらいやればいい薬になるだろう。正直、毎回断るのも心苦しかったから助かったよ」
「そうですか。はーい! 皆さま解散ですわよ〜!」
ぱんぱんと手を叩くと野次馬たちは散ってゆく。今日はもう帰った方がいい。とエルマに告げられ、厩舎でスズキを迎えた後にエルマとは別れた。
恋した相手が、王子様というのも可哀想なことよね〜。なんて考えながらスズキでいつもの爆走をするのだった。
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