第9話 初めての死合

 学外、と言っても学校裏の森の中、一年生の生徒たちは薬草集めに励んでいた。私とエリンは方々の声に耳を傾け、呼ばれたら正しい薬草かとの疑問に応えて鑑定をする。


 錬金術の教師のリィークも同じく生徒に呼ばれながら方々に行っていたが、一旦休憩〜! と声を上げると生徒たちが集まってきた。


「薬草集めは二限使うからな、各々水分補給とか忘れずに」

「先生トイレ〜!」

「どっか奥でしてこい。けど変な草で尻拭くなよ。毒草だと表面の棘が刺さってひと月痺れが取れないのもあるからな」


 ええ〜、と声が上がる生徒たち。そんな草はここ近辺では自生していないから冗談のつもりで言ったのだろう。生徒は各々水を飲んだり軽食などを食べながら雑談を始める。


 数名森の奥へと向かう生徒は居たが近場にモンスターが居るのも考え難く、大丈夫だろうと人数だけ確認した。


 今回、腰に帯刀しているのは竹刀ではなく真剣だ。もしもがあった場合のために昔父から譲り受けた業物だ。昔試し斬りした際に切れ味の鋭さは確認済みである。


 私も水筒から水を飲みながら木陰に向かう。木に背を預けて座り込む。生徒たちの声に混じり、草木の擦れる音や鳥の囀りなどが聴こえてくる。長閑なものだ。


 エリンとカナンはどこだろう。と目を動かし探してみると他生徒と談笑中だ。薬草を手にしておりそれについて話しているのだろう。商家の出とは聞いていたが、何を中心に扱っているのだろうか。後で聞いてみるのも良さそうだ。


 休憩終了〜! とのリィークの声に散っていた生徒がだらだらと集まる。


「戻ってきてないやつはいるか」

「先生、ジェフリーが見当たらないです」

「クソが長引いてんのか?」


 貴族も通う学園で結構口が悪い教師だな、リィーク。なんて思っていたが確かにクラスメイトの男子のジェフリーが見当たらない。


 自然音の溢れる中、遠くで悲鳴が上がった気がした。それに気が付いた生徒が数名いる。


「先生、探しにゆきましょう」

「緊急事態かもしれない。生徒たちは一旦待機!」


 リィークと共に獣道に入ろうとすると遠くから気配がした。がさがさと草や枝を掻き分ける音。遠目にジェフリーの姿を木々の間から確認した。何かに追われている。


「下がってくださいまし先生!」


 リィークと共に生徒たちの元へと下がる。ここは大きな広場のようになっている。何かモンスターに襲われているのならば、広い場所で向かい打つべきだ。腰から真剣を抜く。


 ジェフリーが助けて! と声を上げながら獣道から出てきた。転がるように走ってきたと思えば、後ろから追いかけてきていたものの正体はオークだ。


「皆学園に迎え! 走れ!」


 恐慌状態に陥っている生徒は動けない者も居た。私はジェフリーの前に出てオークの前に立つ。


「アリシア嬢! 何をしている! 下がれ!」


 私はオークの胸元へと飛び込んだ。オークの武器は棍棒。動きは重鈍だがくらえば骨が粉々だろう。振りかぶるよりも前に、オークの首元に刃を突き立てた。貫通した刃を伝って血が溢れる。包丁で削ぐように、力一杯真剣を薙いだ。


 オークの首元が切れると共に血を多量に浴びる。倒れ込むオークの胸にも刃を突き立てて心臓を狙う。オークの自重と共に胸を貫き、横に真剣を引けば地面に大きな音を立てながら倒れ伏した。


「はあ、はあ、……っあっははははははははは!!!」

「あ、アリシア嬢……?」

「これ! これこそわたくしが求めていたもの! 血を浴びて泥に塗れ、命のやり取り、たまりませんわあ!!!」


 あはははは! と私の高笑いが森に響き渡る。命の奪い合い、高揚感。今生において手に入れ難いものが得られたことへの喜び。なんと清々しい気分だろう。ああ、自分が貴族で女だなんて呆れる。こんなに素晴らしいものがとんでもなく遠くにあるのだ。いっそ本当に旅人や傭兵にでもなってしまおうかと思ってしまう。


 真剣の血をスカートで拭って鞘に収める。振り返れば逃げ遅れた生徒やエリンにカナン、リィークが固まってこちらを見ていた。その目に映る恐怖に、更に笑いが漏れそうだった。


「ち、血を拭った方がいい。顔についている。これを」


 一番最初に正気に戻ったらしいリィークから、水筒の水で濡らしたハンカチを受け取る。ああ、申し訳ありません。と断りを入れ受け取って顔を拭く。


「あ、……あのっアリシアさん。髪にも付いてます。血。私が拭いますね!」


 エリンが次に近づいてきて私の髪を拭いてくれる。他の生徒たちはまだ恐慌状態らしく動こうとはしなかった。ただ目をこれでもかと開いて私を見つめていた。


「こういう時のために、制服を黒にしておいてよかったですわ。白だったら目立ちますもの」

「そんな意図でそれをお作りに……?」

「もしものためよ」


 まあこの制服は目立たずとも最早使い物になるか怪しい。サバタに予備の制服を出しておいてもらおう。と考える。


 あらかた拭いてもらい、リィークは生徒たちに声をかけて森を出るよう告げる。私は殿を務めて最後尾を歩く。たまに振り向く視線に笑顔を返せば、ひ、と声が上がる。ああ、なんて愉快だろうか。


 淑やかな令嬢だなんて面倒極まりないな。なんて片隅で思いながら旅人や傭兵になるのを考える。叶わぬ夢だが考えるくらいはいいだろう。エンリケのように雇われ傭兵になってみたかったものだが、生まれを変えることは出来やしない。そもそもこの褐色の肌に銀の髪の見目は目立つから、両親に場所を特定されて連れ戻されるのがオチだろう。


 ああ、面倒だわ。と思いながら教室に戻ると多くの目が私を捉えた。逃げ切った生徒は既に話を聞いたのだろう。怯えが見てとれた。端の席に座って真剣を取り出すと驚きの目をする生徒が居た。ただ血を綺麗に拭き取るだけだ。自前のハンカチで拭いきれなかった血を丁寧に拭い鞘に戻す。


 ひそひそと私の噂話をしている生徒を観察していると、リィークが教室へと入ってきた。


「薬草集めは中止なので、自習にします。一応今回の薬草集め前半のことだけでいいから一週間後にレポート提出してください。それとしばらくは裏の森には近寄らないこと。分かりましたか」


 生徒たちの覇気のない返事を聞いてからリィークは教室を出て行った。クラスメイトたちは各々重い雰囲気で机に向かっている。普段騒がしいタルガすら黙っている。タルガは確かあの場に残って友人を立たせようと手を貸していた途中だった。だから私のことも目撃していただろう。


 くく、と控えめに笑うと前の席の生徒の肩がびくりと跳ねた。ますます面白い。

 その後自習が終わり昼休みに突入した。教員室に向かい、ショメルの席へと向かった。


「ショメル先生」

「どうかしたかい? アリシア嬢」

「裏の森、オークが居たのは情報は回って来ていますか」

「ああ……君が倒したって言う……。近々騎士団に頼んで調査してもらうことになったよ。恐らくまだいるはずだ」

「あら……でしたら良い狩場になりますね。騎士団が来る前に荒らし回ってもよろしくて?」

「それ、冗談? 本気?」

「本気ですとも」

「……君の身に何かあったのなら、この学園は潰れても不思議ではないから辞めるように」

「あら、つまらないの」


 話はそれだけですわ。と呆れていそうなショメルから話を切り上げて教員室を出た。食堂に向かうと今までよりも大きな海割りが生まれたのだった。ほんっとう、高笑いしてしまいたいわね。と美しいかんばせに笑みを貼り付けた。


 静まり返っている食堂に私の靴音が響く。食事を取り分けて端の席に着けば、エリンが現れた。カナンも居る。


「あ、あの、アリシアさん」

「大丈夫ですか。呼び出しとかあったのでしょうか!?」

「いえ、自主的に教員室へ」


 二人とも怯えが見てとれたが、友人と思ってくれているらしい。相手がバーサーカー女だと言うのに胆力があるものだ。


 ここ、失礼します。と二人は向かいの席に座った。共に食事をしてくれるらしい。


「あらあら、怖くないのかしら」

「う……その、ちょっとだけ怖いです」

「でも、アリシアさんに救われたのは本当ですもの」

「お優しいことで」


 嫌味のように告げるが二人は怯む様子もない。


「そういえば、オークの肉って食べたことありまして?」

「お、オークをですか!?」

「だって人型をしていても豚ではないの。食べる地域もあるのではないのかしらん」

「あー、私キャラバンで色々巡ってきたので言いますが、食べる場所はままあると言えばありますね」

「へえ、お味はどうなの?」

「お味って……、豚肉に似てはいるらしいですが」

「後で回収に行って持ち帰ろうかしら、あのオーク」


 引き気味の二人に微笑む。だって私は元日本人、毒持ちの魚すら食べる民族なのだ。他の国だって毒キノコを毒抜きして食べる国だってあったのだし、オーク程度なら問題なく食べられるだろう。


「しばらくしたら騎士団が調査するそうだから安心なさってね。狩場に出来たのならよかったのだけれど」

「もっとご自分を大事になさってください……」

「あらやだ、わたくしいつでも自分ファーストですわよ!」


 だって目的のために手段なんて選んでいる場合ではないもの! と告げると二人は疑問符を浮かべていた。アリシアルートへの誘導のためにワルになるべく研鑽をしているのだ。オークだってその過程に過ぎない。


 昼食は遠巻きに噂話をされながら過ごし、放課後になり家に帰るとサバタにそれはなんだ。と制服の汚れを指摘され、正直に話すと激怒された。父にも告げ口され諫言を受け、母はお転婆ねえ。と笑うのだった。


 私の楽観的なところは母に似たのだろうな、などと思うのだった。

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