第8話 暖かな手は遠くに行くかもしれない

「最近クジュさんとはいかがなんですか? エリンさん」

「え?」


 エリンとカナンと共に昼食を摂りはじめ、エルマに探りを入れてほしいと言われた手前聞いてみる。


「クジュの家に行っておじさまとおばさまと昔話に花を咲かせましたよ! 懐かしくってちょっと泣きそうになっちゃいました」

「あら、ご両親にお会いになったのね。よかったですわ」

「クジュさんって方、獣人の方ですよね? 私はお会いしたことないから、今度紹介してくださいな」

「はい! とても優しい方なんですよ!」


 きっとカナンさんとも親しくなれますよ! とエリンが嬉々として告げる。今のところ恋愛感情のようなものは無いようだ。一方であちらは初恋の女の子に再会したわけだが、恋慕の情はエルマの話だとあるわけだし、ルート分岐を私の手で進めてもいいものなのかと悩む。


 アリシアルートに向かっては居る感じはあるのだが、クジュルートでも生存可能ならば推してもいい。私が前世持ちというイレギュラーな存在なのもあり必ずしも破滅を迎えるわけではないと思いたい。


「エリンさんは、こう、クジュさんを異性として見たりしないのかしら」

「え? クジュをですか?」

「あ、それ私も気になります! だって運命の再会でしょう? いいなあ。そんな幼馴染がいらっしゃって」

「クジュは友人としては好いていますが、異性、ですかあ〜……」


 うーん、と考え込んでいるエリンに、この分だと意識するとしてもまだまだ先だな。と思うなど。


「クジュは可愛いからそういう意味では好きですよ〜? でもなんだかお兄ちゃんみたいに思っているというか」

「なるほどね」


 獣人ってもふもふしているから、撫でると気持ちいいんですよね! と全く意識していないだろう言葉が出てくる。なんだかクジュに同情する。


「あ、そういえばなんですけど、リィーク先生、アリシアさんのこと探していたんですよ。教員室行ってみたら居るんじゃないでしょうか」

「リィーク先生……ですか」


 あまり関わり合いになりたくはないな。と思いつつも、食事が終わったら行ってみると告げる。


 食事後、エリンとカナンと別れて教員室を目指す。ノックをしてから扉を開けて、近くに居た教師にリィークは居るかと問う。自分の机にいるはずだと答えを得て向かうとマグカップ片手に書類を読んでいる。


「リィーク先生、お呼びだと聞いたのですが」


 リィークはこちらに気がつくと、ああ、アリシア嬢。とこちらを向いた。

 黒い短髪に黒い瞳、整った顔立ちをしているが、白衣を連想させるような服には少々様々な色の染みが付いている。錬金術に使う材料の染みだろう。


「錬金術の成績がいい君にちょっと頼み事が」

「ええ、何でしょうか」

「今度一年生で学外で材料の薬草集めをするんだが、エリンさんと一緒に目付けっていうか、サポート役をやってほしいなと思ってね。彼女も薬草の鑑定は得意らしいから」


 エリンと共に。か。そこで一瞬で思い出す。彼はアリシアを殺す犯人と共に、エリンの攻略対象でもあったことを。


 リィークルートでは、エリンは最後は彼と共に心中するのだ。最初エリンは罪を打ち明けろと諭すが、結局罪の重さに耐えられなくなり一緒に罪を被るというテイで心中を選ぶ悲恋ルートが待っている。


 絶対にこの人のルートだけは阻止しなければならないな。と強く思った。


「わかりました。学外と言っても裏の森ですよね」

「うん、魔獣とかもあまり寄り付かない場所だから薬草の採取にはうってつけなんだ」


 たまに珍しい薬草も見つかってね。とリィークは笑みを浮かべる。


「実験好きの先生ならばいいフィールドワークの場所なのですね」

「ははは、出来ることと言えばまあ錬金術くらいしか能がないからね」


 実際はそこそこ有能な人間なのだろう。一応ここは名門校だ。実力が無ければ教師にはなれない。


 ではこれにて。と教員室を後にして教室へと向かう。相変わらず人は私を避けるが、クラスメイトだともう慣れたのか話しかけてくる人間も多くなってきた。なんだかワルの道から外れてきていないかしらん。と思いつつ、話をするのは楽しい。


 教室に戻れば私のいつも陣取る席の近くでエリンとカナンが雑談中らしかった。


「ただいま戻りました」

「あ! おかえりなさい。何でしたか?」

「学外での薬草採取で鑑定を頼まれました。エリンさんとご一緒にと」

「ああ、私、家で薬草の仕分けとかするので、それでかな?」

「わたくし、錬金術の授業以外ではそこまで薬草に触れていないし出来るか不安ですわね」

「でも小テストなんかは満点じゃあないですか。私もサポートしますよ!」

「お願いしますわね」


 午後からの授業は世界史の授業になる。この国、ガルシア王国の歴史についての深掘りだ。世界史の授業は割と楽しめる。国の成り立ちや王政が始まった頃からの歴史など。一応屋敷でも家庭教師から学んではいたが、教師の小話などは意外な発見があるものだ。


 授業が終わりを告げ、放課後になれば教室から出てゆく生徒たち。図書室で薬草の図鑑でも読もうかと向かう途中、エルマに出会った。


「エルマ様」

「アリシア、どこかに向かうのかい」

「ええ、図書室へ。薬草の図鑑を読みたくて」

「奇遇だな。僕もゆこうと思っていたんだ。一緒にゆこう」

「構いませんわ」


 エルマと並び歩くと視線がそこらから飛んでくる。関係が関係だし仕方がないのだが。

 図書室へと着くと、エルマとは一旦離れて図鑑の棚へと向かった。薬草の図鑑を手に机へと向かって椅子に座る。本を開いてしばらくすればエルマが隣に座った。


 特に会話はなく、紙を捲る音が静かに響く。そういえば、と思い出したことを小声でエルマに伝える。


「エルマ様、クジュさんのことなのですが」

「うん」

「エリンは、異性としては見ては居ないようですね。兄のようには慕っているようでしたが」

「そうか……応援したいのだけれど、今はまだ難しいかな」

「そうですわねえ。どうやったら意識なさるかしら」


 例えばこんな風に? とエルマが机に置いていた私の手を握った。暖かな優しい手だ。少しだけ驚いてエルマを見る。


「ちょっとはどきっとした?」

「……さあ、どう見えます?」

「ふふ、僕はどきどきしているけど?」

「うふふ」


 二人でくすくすと笑い合っていると司書からお静かにお願いします。と声が飛んできた。二人してまた笑ってお互い本に意識を戻した。


 エルマのことは好ましい。穏やかな気分、自然体でいられる。きっと結ばれたなら楽しい日々が待っているだろう。

 もし、無事に生き残ることが出来たら、だが。

 何も問題が起こらず学園を卒業出来ますように。と密かに願った。

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