第7話 ルート分岐はどこかしら?

 エルマから話があると告げられ、中庭のベンチで並んで座る。木々の擦れる音と共に遠くから談笑する声が聞こえてくる。静謐とまで行かずとも穏やかな時間が流れているのがわかる。

 エルマが聞きたいことがある。と前置きして話し出した。


「アリシア、君エリン嬢とは仲がいいのかい?」

「ええ、ご学友ですわ」

「彼女、一般の出だが、その、クジュと上手くいくだろうか」

「クジュさんですか?」


 ああ。と相槌を打つエルマに、そうですわねえ。と考える。


「何か訳ありなのですか?」

「クジュ、以前恋バナってやつかな。した時に、幼馴染の女の子が初恋だったと言っていたんだ。それがエリン嬢だったのだと聞いてみたら面白くて」

「まあ、人の恋路に口出しするべきではございませんよ」

「まあそうなんだが。クジュとは一番仲が良いと思っているから応援したい気持ちが、ね」


 クジュルートに行くとなると、私は不慮の事件で死ぬことになるはずだった。学園内で殺人事件が起こるのだ。その被害者がアリシアであり、クジュに疑いが向くことになり事件解決にエリンが奮闘するストーリーだったはずだ。


 まあゲームではアリシアは寮住まいだったはずだから寮に入っていない私が犠牲になることはないとは思うのだが。


 犯人は確か、教師の誰かだったはずだ。ショメルでもルーザーでも無く、私に恋慕を抱いていた教師による強姦殺人。クジュはその時のアリバイが無く犯人扱いされてしまうのだ。


 この見目は神秘的と称されることが多い。だからこその起こってしまう殺人だった。他ルートでも同様の強姦殺人が起こる場合があったな。と思い出す。教師にも注意を払った方がいいだろう。まあ今の私には武力があるので撃退は可能であると言えるが。


「エリンさんにそれとなく聞いてみますわ。クジュさんをどう思っていらっしゃるか」

「お願いするよ。ああ、そうだ。次の闘技会、君出るんだってね。ルーザー先生に聞いたよ」

「情報が回るのが早いですわねえ。と言ってもまだまだ先のことでしょう? 闘技会って」

「まあね。秋あたりにあるはずだから、まだまだ先だよ」

「ふふ、エルマ様と手合わせ出来たのなら光栄ですわ。どうか推薦を勝ち取ってくださいませ」

「これでも一年生の時も出たんだ。今回も推薦をもらえるように頑張るよ」

「そうしてください」


 クジュのことを聞き出すことを約束したのち、手の甲に口付けを落とされ、それじゃあ、早く帰った方がいい。とエルマとは別れた。


 厩舎に向かいながら、帰ったらどうエンリケに勝負を挑むかと考える。上の空だったが、どん、と肩が誰かとぶつかってしまった。咄嗟に謝罪の言葉が出た。


「申し訳ありません」

「あ、ああ。アリシア嬢でしたか。こちらこそ申し訳ない」


 錬金術の教師、リィークだった。男性教師でたまに質問を聞きに行ったりしていた。どうして厩舎の方から来たのかと聞いてみると、私の馬を見てみたかったから。だそうだ。


「自分、馬が好きなものでね。綺麗な馬だったね。たまに暇を見つけては来てみるのさ」

「そうだったのですか。確かに馬は愛嬌があってわたくしも好きですわ」

「じゃあ明日の準備があるので。これにて失礼」

「ええ、ごきげんよう」


 校舎の方に帰っていくのを見送り、そういえば初対面の時からなんだか見覚えがあったのよね。と考える。


 そこで強姦殺人の犯人だったと思い出す。……あまり近づくべきではないな。と今後の身の振り方を考えた。


 私に気があるから馬を見に行った可能性も高い。何か仕掛けられていないといいが。厩舎に向かい、スズキを見回して異変は無いようで安心する。


 騎乗の準備をしてから横座りで乗り、スズキを走らせた。帰宅途中エリンとクジュを見つけてごきげんよう。と声をかけてから手を振る。遠ざかりながらも手を振ってくれるエリンに、あの二人なら介入せずともうまくいきそうだなと考える。


 しかしクジュルートに行かれると少々身の危険がある。アリシアルートは全員攻略後の隠しルートなのもあり、今現在どう言ったフラグが立っているのかも分かってはいないのだ。


 ゲームの基本ルートと違い友人として関係を築けてはいるが、アリシアルートで見せたようなもっと軽い関係になるには時間が必要だろう。


 屋敷に帰り着いて、スズキを預けて自室で着替えをする。自室を出て母の部屋へと向かった。ノックの後に返事が返ってきて扉を開いた。刺繍をしていたらしく、顔を上げた母は柔らかく微笑んだ。


「アリシア、おかえりなさい」

「お母様。今日はね、わたくし闘技会に推薦されたのよ。まだまだ先のことではあるのだけれど」

「あら、素晴らしいじゃない。いつもエンリケに挑んでいる甲斐があったわね」

「エンリケにも後で伝えなくちゃ。きっと喜んでくれるわ」

「ええ、ええ、きっとそうね」

「今日は何の刺繍をしているの?」


 母の持つ刺繍を見ると、どうやら鳥か何かのようだった。これは鷹よ。と母が告げる。


「私の故郷では、結婚する時は布支度と言って刺繍をした布を沢山持って嫁ぐのよ。幼い頃から結婚した時のために作ってゆくの」

「……でもお母様は、布支度はこの家には持って来なかったのね」

「色々あったのよ」


 母も父も語ろうとはしない。いつか話してくれるのを待つことしかできない。無理矢理にまで聞く話ではないだろう。


「わたくしは布支度なんてやったら、大変なことになってしまうわね」

「あなた不器用だものねえ。剣と体術に特化してしまったから。まあお転婆なところも可愛いわ」

「お母様も可愛いわよ?」

「あら、ありがとうアリシア」


 今日はエンリケには挑まないの? と母に聞かれ、そうだった! と思い出すように母の隣から立ち上がった。


 挨拶をして部屋を出る。エンリケはどこだろうと父の書斎へと向かってみる。


「たのもー!」


 どん、と扉を蹴り開けると、父が呆れた顔をしていた。


「お前は普通に入れないのか?」

「お父様、エンリケはどちら?」

「あいつは所用で屋敷を出ている。諦めなさい」

「まあ! どうして言ってくださらないのかしらエンリケったら」

「お前が鬱陶しいからじゃあないか?」


 酷いわお父様! とぷんすこしていると、たまには私と手合わせでもしてみるか? と予想外の言葉が出てきた。


「お父様、昔真剣を使ってわたくしの大切な竹刀ちゃんを叩き切ったので嫌ですわ」

「真剣勝負だからな」

「娘に対して接待プレイくらいできないのですか? わたくしその時まだ七歳でしたのよ」

「私は負けず嫌いなんだ」


 書類に何か書き込みながら私の話を流し聞きしている父に、もう! お父様の意地悪! と言い捨てて部屋を出た。


「サバタに腕相撲でも挑もうかしら」


 明後日の方向に舵をきり腕相撲勝負なら受けてくれるだろうと考える。サバタには何故か腕相撲で勝った記憶がない。もう老年と言ってもいい歳だというのに、だ。


 サバタも中々に経歴不詳なところがある。なんでも母と共にこの屋敷にやって来たらしいが、それ以前のことを聞いても教えてはくれないのだ。


「兎に角勝負しなければこのやり場のない闘争心を収められませんわね。サバタどこかしら」


 廊下を歩きながらメイドにサバタの居場所を知らぬかと聞けば、私の自室に入っていくのを見たと聞き、自室へと向かう。入れば確かにサバタの姿があった。


「サバタ! 腕相撲しましょう!」

「……帰ってきて早々なんですかお嬢様」

「だってエンリケが居ないのだもの。このままでは翌日の朝まで素振りでもしたくなりますわ」

「はあ……一度だけですよ」


 渋々応じたサバタだったが、結局私は一瞬で負けてサバタにもうひと勝負を! とすがるが面倒臭がって受けてはくれないのだった。仕方なしに素振りを始めると夕食までなら許しますから外では絶対やらぬように、と呆れ返った返事が返ってきた。夕食まで素振りをし、返ってきたエンリケに挑み返り討ちにあって、その日は寝支度をして明日こと勝ってみせると意気込んでベッドに入って眠った。

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